文字サイズ
    スポーツ

    プリンスから真のマラソン王者へ…服部勇馬の脱皮

    読売新聞運動部 西口大地
     12月2日に行われた福岡国際マラソンで、服部勇馬(25)が日本歴代8位の2時間7分27秒をマーク、日本人としては2004年の尾方剛以来、14年ぶりの優勝を飾った。東洋大時代に箱根駅伝の「花の2区」で2度の区間賞に輝いた大器は、マラソンでは不完全燃焼の走りが続いていたが、4度目の挑戦でついに能力を開花させた。その道のりは甘さを残していたプリンスが、たくましい王者へと成長する過程でもあった。

    これまでは「終盤の失速」が課題だった

    • 36キロ過ぎでアフリカ勢2人を振り切って先頭に立った服部(2018年12月2日、浦上太介撮影)
      36キロ過ぎでアフリカ勢2人を振り切って先頭に立った服部(2018年12月2日、浦上太介撮影)

     11月30日に行われた囲み取材で、服部が報道陣に繰り返し質問を受けたのが、過去のマラソンで課題となっていた「終盤の失速」についてだった。

     筆者も、東洋大4年だった服部が初マラソンに挑んだ2016年2月の東京マラソンが、強烈な記憶として残っている。

     服部は、リオデジャネイロ五輪代表を意識してけん制し合う日本勢の大集団を抜け出し、35キロ地点で日本人トップを奪取。学生マラソンランナーが五輪切符をつかむのか――。そんな期待に、記者室は沸き返った。

     しかし、残り3キロを切り、「絶対にオリンピックに行ける」と意識したあたりから、まさかの急失速。後続に次々とかわされ、日本人4番手の12位に終わった。1年後、実業団の強豪・トヨタ自動車のルーキーとして雪辱に挑んだ2度目の東京マラソンも、38キロ過ぎで失速し、再び失意に暮れた。

     福岡のスタートラインに立った今回の服部は、まさに「別人」だった。

     ペースメーカーが外れた直後の31キロで、ツェガエ(エチオピア)が仕掛けると、日本勢でただ一人反応した。優勝争いが3人に絞られると、ペースを上げるために「みんなで一緒に行こう」と海外勢にジェスチャーで促すほど、余裕を持ってレースを進めた。

     36キロの給水を取るためにリズムを切り替えた時、海外勢2人が遅れたのを見て、「もう、行ってもいいかな」と満を持してギアを入れ替えた。1メートル76、63キロの恵まれた体格を生かした力みのない大きな走りはそのままに、ピッチを上げた。35~40キロの5キロは14分40秒で、直前の5キロより37秒も速いペースで通過した。

     最後は笑顔でゴールテープを切った。帽子を高々と放り投げてあふれる喜びを表し、優勝インタビューでは「課題を克服できて、すごくうれしい」と万感の思いで振り返った。

     

    2018年12月05日 10時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    PR
    今週のPICK UP
    PR
    今週のPICK UP