驚きと感動「同時多発」…箱根駅伝が愛される理由

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 1月2、3日に行われる第95回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝=読売新聞社共催)を前に、作家の堂場瞬一さんがBS日テレ「深層NEWS」に出演(12月17日放送)し、箱根駅伝の魅力を語った。堂場さんは、来年のNHK大河ドラマ『いだてん』の主人公で、箱根駅伝の最優秀選手賞にもその名を残す 金栗四三(かなくりしそう) (1891~1983)の人生を描く『 (はし) る男 小説 金栗四三』を読売新聞夕刊に連載中。箱根駅伝の大ファンで、駅伝を題材にした作品もある。印象に残る過去の名シーンから、95回大会の見どころにまで及んだ「箱根駅伝 (ばなし) 」を紹介する。(文・構成 読売新聞編集委員、BS日テレ「深層NEWS」キャスター 丸山淳一)

スポーツは人生の縮図

――堂場さんは多作で知られていますね。これまでに書いたのは130作とか。

2018年の箱根駅伝往路。大手町を一斉にスタートする選手たち
2018年の箱根駅伝往路。大手町を一斉にスタートする選手たち

 だいたい2週間で1作を書き上げます。原稿用紙に換算すると、日に50枚程度かな。警察小説が8、スポーツ小説が2の割合です。

 駅伝を題材に書いた『チームII』にも「駅伝は、単なるスポーツではない。人生の縮図なのだ」という言葉がありますが、どんな競技でもスポーツは人生の縮図です。うれしいこと、悲しいこと、試練、裏切りや友情が、ひとつの試合に凝縮されています。

 ただ、書きやすい競技と書きにくい競技があります。マラソンはほかの競技より時間がゆっくり流れ、野球も正味のプレー時間は20分ともいわれるほど「()」があるので、そこにさまざまな心理描写を入れ込めるし、人気があって多くの人が情景を浮かべやすいので、試合の描写以外の要素を加えやすい。反対に、卓球、サッカー、バスケットボールで書くのはすごくつらいです。反射神経のスポーツで「間」がなく、ずっとプレーが続くので、動きの説明で終わってしまいますから。

初めて実在の人物で書きたくなった

箱根駅伝やスポーツへの思いを語る堂場さん(「深層NEWS」より)
箱根駅伝やスポーツへの思いを語る堂場さん(「深層NEWS」より)

――『奔る男』のリアルな描写は、ご自分の経験をもとにしているのですか。

 冗談じゃない。走るのは大嫌いです。全部、想像で書いています。警察小説で人を殺さないと殺人犯のことを書けないか、というとそんなことはないのと同じで、実際の経験を書かないから小説なんですよ。選手から「意外と当たっている」と言われると、ありがたいとは思いますが。取材もあえてしません。取材結果に引っ張られて、ある特定の選手が小説のモデルになってしまうのが嫌なんです。


――特定の選手をモデルにしないのに、なぜ金栗四三を書こうと思ったのですか。

箱根駅伝の“生みの親”金栗四三(熊本県玉名市役所提供)
箱根駅伝の“生みの親”金栗四三(熊本県玉名市役所提供)

 きっかけは2020年の東京五輪です。2度目の東京オリンピックの前に、基本に立ち返って創成期から日本のスポーツを調べようと、箱根駅伝の生みの親で「金栗四三杯」にも名前を残す金栗について調べてみたんです。そうしたら、実に面白い。初めて実在の人物で小説を書いてみたいと思いました。

 金栗は日本最初の五輪代表選手としてストックホルム大会でマラソンを走りますが、レース当日は記録的な猛暑でした。参加者の半分しかゴールにたどりつけず、死者まで出た過酷なレースで、金栗もコースアウトしてしまいます。次に出場したアントワープ大会は逆に気温が10度くらいしかなく16位。その次のパリ大会は選手としてのピークは過ぎていて、棄権に終わっています。日本国内では敵なしでしたが、3度の五輪の成績は散々でした。

 ストックホルムでは棄権の手続きすらとられず、金栗は五輪マラソンの長い歴史で唯一の「行方不明選手」になっています。55年後にストックホルムに招待されてゴールしますが、「54年8か月6日5時間32分20秒3」というタイムはマラソンの最も遅い世界記録です。本当にエピソードの塊みたいな人です。

――日本初の国産ランニングシューズの開発者でもありました。金栗が開発に携わり、履いたとされる靴を熊本の所有者にお持ちいただきました。素材が薄くて軽いですね。裏には「ハリマヤ」とあります。

金栗が開発に携わったランニングシューズ。裏にハリマヤと記されている(「深層NEWS」より)
金栗が開発に携わったランニングシューズ。裏にハリマヤと記されている(「深層NEWS」より)

 この靴は、金栗の意見を取り入れて東京高等師範学校の近くにあった播磨屋足袋店「ハリマヤ」が足袋をベースに開発しました。ストックホルムの予選会では足袋の底がはがれて痛い思いをし、オリンピックでは外国人選手のランニングシューズを見ています。国産の靴がなければ海外の靴を買えばいいのに、「自分が履く靴は自分で探す」こだわりを持ち続けたのもすごいところです。「日本の足袋や国産の靴を育てよう」という気持ちがあったのかもしれません。

 

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