日本人がよく使う英語の挨拶が実は不自然な訳

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試験問題の答えとしては正解でも、実際に使うとしっくりこない言葉もあるようです(写真:metamorworks /PIXTA)
“Why did you come to Japan?”など、日本人に普段使われることの多い英語の表現がいくつかありますが、これらのフレーズを聞いた外国人の中には違和感を感じる人もいるようです。東京大学文学部広報委員会編『ことばの危機――大学入試改革・教育政策を問う』を一部抜粋・再編集し、背景にある原因をひもときます。

現在議論されている国語教育改革の中で、実用的な国語が重んじられ、文学がないがしろにされるのではないか、という懸念を表明する専門家がいます。私は文学の研究者ですが、なにも文学の利権を固守するために「もっと文学を!」などと声を張り上げるつもりはありません。

しかし、文学の表現の特徴として忘れてはならないことがあって、国語教育や国語の試験の際にもきちんと考慮されるべきだと考えます。それは、いろいろな問題に対して、答えは1つではないということを文学ほどはっきり示すものは、ほかにないということです。文学表現では曖昧であること自体にむしろ意味がある場合さえあります。しかし、試験問題は形式的な論理を無視してはいけないし、当然のことながら、試験問題には必ず1つの正解がないといけない。

1つの正解にこだわりすぎてもいけない

まれに(いや、しばしば?)大学入試などで出題ミスがあり、1つの正しいものを選べという選択肢問題なのに、正しいと言えるものが2つあったり、逆に1つもなかったりすることがあり、そういう場合、大学の責任者がいちいち謝罪することになります。数学や物理などはそれも当然かもしれません。しかし、人間の言語表現に関する限り、「1つの正解」にこだわりすぎると、おかしなことになる危険があります。

狭く「文学」と限定せずに、もっと広く言って、人間の言語に本来そなわっている豊かさや複雑さ、曖昧さ、多義性を無視する恐れがあるからです。試験というものはそういった危険を十分に意識したうえで作るべきであって、人間の言葉の素晴らしい豊かさと複雑さに対する驚嘆の念を失ってはならない、というのが私の主張したいことです。

「1つの正解」があるわけではない、ということについて、わかりやすい例を挙げましょう。「YOUは何しに日本へ?」というテレビ東京の番組があります。日本に来た外国人をつかまえて、いきなり「インタビュー、OK?」というカタコト英語で話しかけ、日本に何をしに来たか、聞いて取材するというもので、けっこう人気があるようです。

しかし、その質問の英語にはじつは問題があります。「YOUは何しに日本へ?」という珍妙な日本語は面白おかしくするためでしょうからそれはしかたないとして、それが英語では“Why did you come to Japan?” となっているのです。

これは文法的には正しいし、おそらく「あなたはなぜ日本に来たのか?」という日本語を英訳せよ、という試験問題に対する解答としては満点でしょう。しかし、それで正しいと思って疑わないことが実は非常にまずい。

このことは日本に住む英語ネイティヴ・スピーカーたちの間では、「日本人の英語の不自然さ」の一例としてすでに広く話題になっているようなのですが、要するに、こんな言い方で質問をいきなりされたらあまりいい気持ちがしないという点が問題なのです。

もちろん、空港に降り立った時、いきなり訳のわからないTV番組の人間と称する日本人につかまって、「何をしに来たのか?」と聞かれたら、むっとして“None of your business!”(余計なお世話だ)と返したくなる人も少なくないでしょう。

文法は正しいが丁寧な聞き方ではない

でも番組で取材を受けている人たちはみなにこにこ答えてくれている。こういう変な出迎えも日本の面白いところの1つと楽しんでいるのかもしれない。こういうやりとりを見ていると、私は「日本て、なんていい国でしょう!」と自画自賛するよりも、むしろ「日本に来てくれている外国の皆さんは、なんていい人たちなんだろう!」と感謝すべきではないかと思ってしまいます。

しかし、ここで指摘しておきたいのは、“Why did you come to Japan?” という言葉づかいそのものの問題なのです。確かにこの英文は間違っていません。しかし、英語としては、問いただしているような感じがして、歓迎しているようには聞こえません。

では、こういうことをもしたずねるとしたら、英語ではどう言ったらいいのでしょうか? 英語のネイティヴ・スピーカーたちが共通して指摘しているように、英語で一番自然な言いかたはおそらく、“What brings you to Japan?”(あるいは過去形にして“What brought you to Japan?”)でしょう。

“bring” という動詞は「連れてくる、持ってくる」という意味ですから、直訳すれば「何があなたを日本に連れてくる(きた)のか」ということです。簡単な構文ではありますが、「何が」といったモノや抽象語を動詞の主語にする発想法は、日本人にはなじみにくく、使いこなすのは難しいようです。

ちなみにこの種の「何」を主語にして聞く言いかたは、英語だけの特殊な発想法ではなく、ドイツ語やフランス語など、他のヨーロッパの言語にも共通しています。日本では「外国語」というと自動的に「英語」をイメージすることが多いのですが、英語は世界の言語の1つにすぎません。もっとさまざまな言語を視野に入れながら、言葉の世界の豊かさを考えていくのは大事なことです。

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ロシア語でも《Что привело Вас в Японию?》(シトー プリニエスロー ヴァスヴヤポーニユ)と言うことができますが、これは英語とまったく同じで、「何があなたを日本に連れてきたのか?」という意味です。

もっと面白い私の好きな言いかたでは《Каким ветром занесло Вас в Японию?》(カキーム ヴエートロム ザニエスロー ヴァスヴヤポーニユ)というのもあります。

「どんな風にあなたははるばる日本まで運ばれてきたのか?」といった感じで、日本語の慣用句「どんな風の吹き回しで」に妙に似ています。もちろんこれは半ば冗談で使ってください。

試験への正解を追い求めてしまう危うさ

閑話休題。いずれにせよ、今の英語教育では“Why did you come to Japan?” ではなぜダメなのか、感じ取れるようになるところまではなかなかいかないようです。おそらく試験問題に対する「正解」を追い求めるあまり、言葉によるコミュニケーションが実際にどのように行われるものなのかに注意を払う余裕がないからではないでしょうか。

ある言い方をしたら、相手がどんな気持ちになるかを理解する共感能力を育てなければ、良好なコミュニケーションは成立しません。そして、何をどう言うべきかについては、発話の場に応じて、いくつものさまざまな正解があるのです。世の中はグローバル人材に必要な英語力だとか、四技能だとか、議論がかまびすしいのですが、たった1つのフレーズの訳し方を見ても、それ以前の大事な問題がここにあることがわかるでしょう。

無断転載禁止
1349861 0 東洋経済オンライン 2020/07/28 11:05:41 2020/07/28 11:05:41

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