AIで「お世話になっています」を英訳してみると

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AIによる英語翻訳が進めば、語学スキルはいらなくなる?(写真:Jessie/PIXTA)

レノボ・ジャパン社長 デビット・ベネット

こんにちは。ちょっと間が空いてしまいましたが、久しぶりに寄稿させてもらっています。デビットです、今年もよろしくお願いします。

さて、先日アメリカのラスベガスで開催された世界最大のテクノロジーの見本市CESに行ってきました。実は新型コロナのオミクロン株蔓延の影響で私の会社レノボは出展を取りやめました。しかし、ハイテク業界の1人としては、CESはできれば生で見ておきたいので予定を変更せず行ってきました。

AIによる英語翻訳は「ほぼ完璧」

そんなCES会場にいましたら、会社の広報担当のSさんからチャットが飛んできました。「AIによる翻訳が発展すると語学スキルはいらなくなるか、東洋経済がデビットの意見を聞きたいそうです」。

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なんと。実は最近私がハマっている活動は、eSportsと任天堂の伝説の技術者横井軍平さんと、そしてAIの勉強があります。今回のCESでもAIについて勉強していたので、ちょうどいいお題をいただけたと思います。今、AI、特に翻訳の世界はどこまで進化しているのでしょうか。

現在GPT-3というAIや、DeepLというAIの評判がかなりよく、率直にいって英語の翻訳については「ほぼ完璧」と言えます。DeepLはフリー版が公開されていて、ウェブ上で簡単な翻訳に利用することができますので、どのくらいすごいのかここに1つ例文を出します。

In a single decade, from 2010 to 2019, the number of farmers in Japan dropped by nearly a million, leaving the country at a crossroads. Meanwhile, there are global challenges looming on the horizon: shrinking amounts of arable land, a growing global population, and of course, the ever-present specter of climate change.

これはレノボのサイト上のコンテンツで、日本のヤンマーさんのDXの取り組みを紹介した文章の冒頭部分です。

これを翻訳した日本語を比べてみます。

① 2010年から2019年までの10年間で、日本の農家は100万人近く減少し、日本は岐路に立たされています。一方で、耕地面積の縮小、世界人口の増加、そしてもちろん、気候変動という世界的な課題も迫ってきています。
② 2010年から2019年までのわずか10年ほどで、日本の農家人口は約100万世帯ほども減少し、危機的な岐路に立たされています。そしてそれと同時に、耕作可能な農地の減少、世界人口の増加、そして気候変動といった世界規模の課題にも直面しています。

さて、どちらがAIの自動翻訳かわかりますか?

AIと人による翻訳の微妙だけと重要な違い

実は①がDeepLによる翻訳、②はレノボの日本語ページでネイティブがチェックを入れた日本語です。甲乙つけがたいという感じではないでしょうか。もう自動翻訳もここまできているということです。

わずかな違いとしては、例文で示した「leaving the country at a crossroads」をAIは「日本は岐路に立たされています」と訳しています。日本という単語が入っていませんがThe countryはTheがついていますから、文脈上それ以前に出てきている「日本」のことであるとAIは解釈しているのでしょう。そして「岐路に立っている」とは言わず「岐路に立たされている」という受け身が一般的な日本語の言いまわしてあることも知っているのでしょう。こうした意訳をしてしまえるところまでAIは進歩しています。

しかし一方で人間が訳した文は「わずか10年ほどで」「危機的な岐路」と意図的に加筆しています。環境問題、農業人口問題の深刻さをテーマとしたこの文章の重みを理解したうえで必要な意訳をしたと言えます。

AIの意訳が言語のルールに則って行われているのに対し、人間の意訳はその文の意図を理解して適切なトーンにするための意訳です。この違いは微妙ですが、結構重大な違いではないかと思います。

実は私は前述したとおり任天堂の横井軍平さんを尊敬していまして、横井さんにまつわる評伝を勝手に英訳するというひそかな趣味を持っていたりもするのですが、翻訳をして毎回苦労するのがこの日本語と英語のニュアンスを合わせるということです。

ここでお題である「英語スキルは今後も必要なのか?」という点について考えてみます。

結論として私は引き続き外国語のスキルは必要だと思っています。むしろ本当の意味でバイリンガルであることが重宝がられる時代になるのではないかと思います。

例文で見た通り、翻訳のレベルは上がっていますので、単に情報を理解してもらうために翻訳をするのであればおそらく読み書きで英語のスキルは求められなくなるでしょう。しかし一方で文章というのは意味さえ伝わればいいというものでもありません。

例えばですが、「How are you?」という言葉は本来「あなたはどうですか=元気ですか?」という意味です。しかし突然「元気ですか?」という挨拶をする日本人は私の知るかぎりアントニオ猪木さんくらいで、他にはあまりいませんね。

このくらい一般的な言葉であればAIは学習していて「こんにちは」と訳します。ただ、これがビジネスの場であればどうでしょう。おそらく「こんにちは」といきなり挨拶をする営業マンがいたらざわつくのではないでしょうか。

この場合「いつもお世話になっています」が一般的でしょうか。そしてこれをAIが翻訳すると「Thank you for your help」となるわけで、今度はいきなり第一声でそんなことを言われた英語話者界隈がざわついてしまいます。

日本独自の言い回しと英語独自の言い回し

もう1つ例文です。

I hope that your company is doing well.

さて、これはもとの日本語は何だと思いますか?

「貴社ますますご清栄のこととお喜び申し上げます」です。大切なビジネスレターの書き出しでよく使われる表現ですね。一方英語のレターでいきなりこんなことを書く人はいません。

日本語には日本文化のバックグラウンドがあり、それに沿った表現が多数用意されて、知らず知らずに状況に応じた言葉を使っています。同じように英語にも英語の文化と豊かな表現があり、これらは一致している場合もありますが、食い違っているケースも多々あるでしょう。それが反映されていないと「なんとなく変」な文章になってしまい、いいことは言っているのでしょうが、腹にストンと落ちるようなメッセージにならないのではないかと思います。

ビジネスの報告をする時、対立する意見を持つ人と意見交換をする時、あるいは異性に交際を申し出る時、こうしたシーンをAIに任せる気にはならないです。これってテクノロジーの問題なのかというと、そうではなく「場の重要さを理解する」そして「相手を思いやる」ということと関係しているのだと思います。ここについてはAIが人間においつくことはないような気がします。

一方、語学学習の方法も単語を知っているかどうか、文法が正しいかということもさることながら、異なる文化の理解や場面に応じた表現を理解することが、より一層意味を持つことになるのではないでしょうか。

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