プロの”スジ屋”が教える「ダイヤ教室」のリアル感

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東武鉄道の春日部駅に到着した「ダイヤ作成教室」の臨時列車(記者撮影)

東洋経済記者 橋村季真

埼玉県春日部市にある東武鉄道の春日部駅は、東京都心と北関東を結ぶ大動脈である東武スカイツリーラインと、大宮駅から千葉県の柏駅を経て船橋駅を結ぶ東武アーバンパークラインが交差する要衝だ。駅の住所は昔ながらの地名「粕壁」にある。

「スペーシア」「りょうもう」「リバティ」といった特急車両、直通運転をする東京メトロや東急電鉄の通勤車両など駅で見られる電車の顔ぶれはさまざまだ。発車メロディーには、同地ゆかりのアニメ「クレヨンしんちゃん」のテーマ曲「オラはにんきもの」が採用されていて、電車が出発するごとに構内に鳴り響く。

春日部に現れた団体列車の正体

主人公の野原しんのすけが「みんながあわててる」と歌うようなパニックではないが、ひっきりなしに発着する電車と乗客で一日中にぎわう。周辺では連続立体交差事業による高架化の工事が始まっており、将来楽しみな駅でもある。

その春日部駅に、2021年12月11日、一般の利用者から見れば、妙な動きをする「団体」と表示した車両が現れた。車両は東武の大ベテラン「6050型」を改造し、大きな展望窓を備える634型「スカイツリートレイン」。以前は臨時特急として定期的に運行していた時期もあったが、現在は団体専用列車として用いられている。

春日部駅には正午過ぎ、ホームとホームの間にある「中線」と呼ぶ引き上げ線に南栗橋方面から入線してきて、5分ほど停車。乗客は乗っているが降り場がないのでドアが開くことはない。その後、来た方向へ走り去り、約45分後に戻ってきて、今度はホームのある4番線に到着した。

降りてきた乗客は小学生の親子を対象にした「ダイヤ作成教室」の参加者だ。当日の朝、春日部駅の16km北にある久喜市の南栗橋駅から徒歩15分、東武の車両基地に隣接する総合教育訓練センターで、実際に同社でダイヤグラム作成を担当する「スジ屋」と呼ばれる社員から列車運行の基本を学んできた。

東武は同じ場所で2020年12月にもダイヤ作成教室を開催している。2021年は大幅にパワーアップさせ、座学だけでなく臨時列車への乗車体験を付け加えた。小学生(3~6年生)とその保護者20組を募集。参加費は1組7000円に設定した。

募集開始時のプレスリリースには「自ら作成体験したダイヤをもとに運転される臨時列車にご乗車いただけます」の部分に下線を引いて強調してあった。もちろん臨時列車の運行スケジュールはあらかじめ決まっているわけだが、参加者は実際のダイヤの隙間に書き込む体験をしたうえで、その通りに走る臨時列車に乗車する“フィールドワーク”ができる。

総合教育訓練センターでの授業は朝9時から始まった。まずは東武鉄道の基礎知識を学ぶところからスタート。「駅は205駅もあるんだ」「1日に10万kmも走っているよ。これは地球を2周半と同じだよ」とスライドを使って紹介していく。

略称「トニコ」の駅とは?

先生役の社員も緊張がほぐれてきたところで、実際に使用しているのと同じ列車運行図表(ダイヤグラム)を手渡して、斜線の意味や列車番号など、ダイヤの読み方の初歩を説明していく。教師役の社員はクイズを織り交ぜて、生徒の興味を引く工夫をしている。

東武の「ダイヤ作成教室」の様子(記者撮影)

とくに盛り上がったのが各駅に割り当てられた「略称」のクイズ。「『トニコ』『ニコ』『ワコ』『オカマ』はどこにある?」といった質問に、子供たちは細かな字と斜線でびっしりの本物のダイヤに目を凝らしていた。略称は205の駅すべてにある。クイズの答えは東武日光、西小泉、和光市、小川町だ。

途中の休憩時間を挟んで、いよいよ自分でダイヤを作成してみることに。実際のダイヤを拡大して印刷した紙に、これから走らせる臨時列車の各駅の通過・到着時間が記された時刻表を見ながら定規で丁寧に線を引いていく。

臨時列車は、11時45分に南栗橋駅を発車。日光線を都心方面に進み、伊勢崎線と合流する東武動物公園を通過、春日部駅に12時12分に到着する予定。途中、杉戸高野台駅、北春日部駅で通過列車の待ち合わせをする。春日部駅では引き上げ線でしばらく停車した後、折り返して今度は伊勢崎線に入って加須(かぞ)駅へ。同駅でも5分ほど停車し、13時2分に再び春日部駅へ戻ってくる。ダイヤ作成教室の参加者はここで解散だが、時刻表には南栗橋に入線するまでの回送の分まで記されていた。

センターでの座学が終わると、いよいよ南栗橋駅へ徒歩で移動して臨時列車に乗り込む。車内でもアナウンスによる授業が続いた。

ダイヤ作成教室の車内。「追い抜いていく電車」は?(記者撮影)

「北春日部駅で通過電車の待ち合わせをします。さて、なんの電車に抜かれるか、皆さんの書いたダイヤで確認してみましょう」と、先ほど学んだ列車番号の読み方の応用問題が出題される。

「通過する電車はC1118Kです。Cは南栗橋の始発、Kは東急田園都市線の電車。1100というのは始発駅を11時台に発車することを意味しています」。直後、その言葉通りに東急の車両が追い抜いていく。ほかに「この後、東武動物公園と和戸の間ですれ違うのは東武の車両である、マルかバツか」というクイズもあった。どんな列車に抜かれ、どんな列車とすれ違うのか。参加した親子たちはせっかくの展望席の眺めそっちのけで、手元のダイヤを食い入るように読み込んでいた。

東武の運輸部運転課長、小林立樹さんは「実際に自分たちが走らせているかのような臨時列車に乗る体験をして興味を持ってもらい、ファンになっていただきたい」と企画の意図を説明。「東武動物公園に遊びに行く電車を走らせたいとか、着いた後のことを考える声も聞いて、ダイヤを引くのは電車を走らせることだけではないのだと我々も勉強になった」と話す。

京急も「ダイヤ作成体験」

現役社員が「ダイヤ作成教室」を開催する例は全国各地の鉄道会社でみられる。東京都心と羽田空港、横浜・三浦半島方面を結ぶ京浜急行電鉄も、2021年12月に「ダイヤグラムの作成体験」を実施した。会場は横須賀市にある久里浜工場だ。

京急のツアーは新造車両で久里浜工場に入線(記者撮影)

グループ会社の京急アドエンタープライズによる貸し切り列車ツアーのコンテンツの1つで、品川からトイレ付きの新造車両に乗って久里浜工場へ直接入線。教室代わりの食堂で、普段ダイヤ作成を担当している京急社員が教えてくれる。ほかに、工場見学や、引退車両で用いられていた部品の販売、屋外でのレアな並びの車両撮影会が用意されており、大人の参加者が目立った。

参加者には駅名が記された紙と3色のペン、定規が配られた。斜線を引くのは横浜―金沢文庫間。横浜以南の京急ユーザーには、普通列車が快特やエアポート急行の通過待ちをすることでおなじみの南太田駅を含む区間だ。担当者の「追い抜くにしても、普通列車が到着してから1分くらい必要です」といった説明を聞きながら普通、エアポート急行、快特の種別を色分けしてダイヤを作成していった。

京急のダイヤ作成体験は「初級編」との位置付けだったが、列車番号の記号が車両の所属会社によって異なることを説明すると、 “クラスの優等生”たちの好奇心に火が付いたようだった。

京急の「ダイヤグラム作成体験」の様子(記者撮影)

後半の質問コーナーでは「土休日朝の『667H』(京急久里浜発・品川行き)はなぜ自社線内なのに『C』でなく(都営乗り入れ車の)『H』なのか」といった日ごろの疑問が飛び出し、その都度、京急の列車運行を知り尽くす社員が「基本的には3ドア車での運用なので、(自社線内だけを走る)2ドア車と区別する意味合いがある」などと丁寧に解説していった。

「アプリで検索」は便利だが…

鉄道のダイヤを利用者が100%満足できる仕上がりにするのは難しい。そのため鉄道各社はダイヤ改正のたびに社内外と調整しながら「完璧」に少しでも近づける試行錯誤を重ねている。ある担当者は「速達性も大事だが、経路検索アプリを使う人が増え、昔より定時性が求められている。ダイヤに終わりはない」と話す。そうした一面を現場の社員に語ってもらい、利用者の理解を深めることは、ファンの拡大にもつなげられる。臨時列車の運行と組み合わせた「レア体験」を売りにできるのも鉄道会社ならではの強みだ。

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メリットはほかにもある。東武のダイヤ作成教室では、乗務員カバンの中身の説明などのためにベテランの社員が複数待機していたが、「自分たちもダイヤを教えたくなった」と感染予防対策のためのフェイスシールドを急きょ調達し、机を回ってアドバイスする場面があった。普段は直接利用者と接する機会が少ない社員でも、自らの仕事に対するモチベーションを高める機会になるといえそうだ。京急の工場見学は現場スタッフからの提案で実現した企画という。

最近では鉄道を利用する際、冊子の時刻表を参照する機会が少なくなった。目的地までのルートはスマートフォンの経路検索アプリが教えてくれる。だが、ダイヤ作成教室などでの社員とのコミュニケーションを通じ、一見無機質な数字にも「スジ屋」たちの工夫が込められていることを知れば、普段何気なく乗っている列車の楽しみ方が増えるに違いない。

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