車掌を辞め鉄道模型YouTuberへ転身した男の人生

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大人気ユーチューバー「ススクマ」さんが作成したローカル線ジオラマ(写真:susukuma)

大手鉄道会社の乗務員から鉄道模型ユーチューバーへと転身し人気を集めている男性がいる。「susukuma 鉄道模型チャンネル」を運営するsusukuma(ススクマ)さん(32歳)だ。

「木々の間を抜ける列車の風景がリアルで模型であることを忘れさせてくれました!」

ユーチューブへの書き込みを見ると、視聴者からの賛辞が相次ぐ。ススクマさんの動画は、実物さながらのジオラマのクオリティが大きな魅力で、その説明のわかりやすさと作業の丁寧さ、そして誠実な人柄からじわじわと人気が広がってきている。ススクマさんはなぜ、鉄道会社の職を辞しユーチューバーに転向したのか、話を聞いた。

ホームドアの普及が運命を決めた

2011年4月に首都圏の大手鉄道会社に新卒入社したススクマさんは、1年間の駅員生活を経たのち2012年の春から車掌としての乗務員生活をスタートした。「電車に乗って仕事をする夢」がかなった瞬間だった。在職中には運転士への登用試験を2回受けたものの「適性試験の段階で落ちてしまった」が、社内にはベテラン車掌として長年乗務を続け、職業人として尊敬できる先輩も多かったことから、自分自身も「プロの車掌としてスキルを磨き定年まで勤め上げる」つもりでいた。しかし、時代の変化は思っていたよりも早く訪れることになる。

「車掌という仕事がなくなるかもしれない」――。

最初に変化を感じたのは、2018年頃のことだった。各駅にホームドアが設置され、車両へのワンマン運転準備工事やATO(自動列車運転装置)の搭載が始まったことから、「今後、鉄道業界において機械化の流れが加速し、将来的には鉄道乗務員という仕事そのものがなくなるかもしれない」と危機感を感じ始める。とりわけ車掌という仕事は、決められた作業をミスなくこなすスキルが要求されるもので機械化をしやすい職種である。

2020年代半ばからは都内でもいよいよ人口減少が始まるという予測が発表されている。今後、会社の売り上げが減少に転じることも容易に想像できたことから「社員の賃金カットや最悪の場合にはリストラが加速するのではないか」との不安を抱えながら乗務を続けるようになる。2019年に入るとトヨタ自動車の豊田章男社長から飛び出した「終身雇用は難しい」という発言が追い打ちをかけ「日に日に不安が増し真剣に転職に向けて動き始めました」とススクマさんは当時の心境を語る。

ススクマさんは、さっそく転職活動を始めたが、「これまで鉄道会社で車掌の道を極めようとして働いてきた自分には他の業種で活かすことのできるスキルがない」現実に直面した。

自作の鉄道模型をバックに笑顔のススクマさん(写真:susukuma)

とはいえ、このまま車掌を続けても10~20年後には確実に自動化の波に呑み込まれていずれは車掌の仕事はなくなってしまう。そうしたことから「いろいろな仕事にゼロからチャレンジして、その中から自分に合った職業を見つけよう」と2019年末、覚悟を決めて退職という決断に至った。

退職後は、就職活動を続ける一方で、まとまった時間が取れるようになったことから、それまで趣味の一環でたまに行っていたNゲージ鉄道模型の動画投稿を本格的に始めた。2020年2月に自宅の鉄道模型ジオラマの紹介動画を投稿したところ思いのほか再生回数が伸び、そのまま動画投稿を継続。当初は100人ほどだったチャンネル登録者が2020年4月には1000人を突破した。しかし、本業とするには収入が少なかったため、この時点では「ユーチューバーとして生きる道はあくまでも選択肢の一つ」と考えていた。

「まわりを見返してやりたい」

その後も順調に登録者数は伸び続けた。途中「再生数が伸び悩み、つらい時期もあった」ものの「まわりを見返してやりたい」という思いが動機となり、成果が出るまでやり抜くことができたと振り返る。

また、当時は都内にある親戚の空き家を借りて住んでいたが「諸事情により2020年内には引っ越さなければならなかった」こともあり、長期的なユーチューバーとしての活動も視野に入れ広いスペースを求めて地方移住を決意。北関東のとある町に自分の貯金の範囲内で買える格安の中古の一戸建てを見つけた。共働きの妻からも「これまでの不規則な勤務形態が解消されて生活の基盤をしっかりと築くことができればそれでよいのでは」と背中を押してもらうことができた。

鉄道会社を退職してから約1年。ユーチューブの収益がようやく安定してきた。さまざまなチャレンジと試行錯誤の結果、見つけることができた適職。それが鉄道模型ユーチューバーとして生きる道だった。

ススクマさんと鉄道模型との出会いは幼少期に遡る。「亡き祖父がHOゲージ鉄道模型をやっていて幼いころから鉄道模型が身近にある環境で育ちました」と祖父との思い出を語る。また、「小田急線沿線に住み、眼下をゆく電車を見ながら育った」ことも鉄道に興味を持つ自然な流れだった。

実際に鉄道模型を始めるきっかけになったのは小学2年生のとき。祖父から「成田エクスプレス」の旧型車両である253系電車のNゲージ鉄道模型をプレゼントされたことだ。「精密な連結器の造形に驚いたことを今でも鮮明に覚えている」といい、そのまま鉄道模型の世界にのめり込んだ。

その後、神奈川県内の中高一貫校へと進学したススクマさんは、中学時代には車両キットの制作を、高校時代には鉄道模型ジオラマの制作を始めることになる。「学校祭で精密なジオラマによる鉄道模型の運転会を行ったことが一番の思い出です」と語るように勉強よりも鉄道模型一色の高校生活を送っていたそうだ。

この間に車両工作やジオラマ工作の技術に磨きをかけ、鉄道模型という趣味は専門学校に進学し社会人になった後も続いていく。そして、この工作技術がこれからの社会を生き抜いていくための新たな武器となるのである。

鉄道模型ハウスでの活動

地方移住を決めたススクマさんが最初に行ったことは、Nゲージ鉄道模型のジオラマ作りをするための環境整備だった。鉄道模型ユーチューバーとして注目されるためには「視聴者さんがこれまでに見たことのないジオラマ作りが重要になる」と考え、前例の少ない上下2段式の巨大ジオラマ作りを決意。そのために、自宅2階の壁を抜いて2部屋を鉄道模型専用の部屋として改装を行った。

武蔵野貨物線ジオラマ。上段部がローカル線ジオラマ、下段部が幹線鉄道ジオラマと貨物線ジオラマという構成(写真:susukuma)

制作中のジオラマは、上段部がローカル線ジオラマ、下段部が幹線鉄道ジオラマと貨物線ジオラマという構成で、さまざまなジャンルの鉄道ファンに興味を持ってもらえるよう設計している。武蔵野線の地下区間へのアプローチ部分をイメージした貨物線ジオラマ制作動画は再生回数が30万回を超えた。

ユーチューブ界においてニッチなジャンルである鉄道模型で再生回数を稼ぐために、ススクマさんは、海外視聴者の獲得にも力を入れている。ジオラマ作りで使用している線路が世界中の鉄道模型ユーザーに広く普及している英国PECO社製であることから、線路工作の動画には海外の鉄道模型ファンも興味を示してくれる傾向があることに気付いたのだ。そのため、2021年秋頃からは英語字幕も動画に入れるようにした。

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元エンジニアの父が制作するオリジナルの鉄道信号機や線路の分岐器を操作するポイントマシンの工作動画も人気コンテンツだ。3Dプリンターで制作した躯体にオリジナルの回路やプログラムを組み込んで実物の鉄道さながらの動きを再現しようとするものだ。ススクマさんは「信号機など専門的な電気知識が必要な工作については父の助けがなければ実現できなかった」と自身のユーチューブ活動には父も大きな役割を果たしていると話す。

家族、友人、そしていつも動画を見てくれる視聴者に支えられながら、ススクマさんの鉄道はこれからも力強く延伸を続けていく。

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