デフォルトのロシア鉄道、遠のく「旅情満点」の旅

東洋経済オンライン
スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

ウラジオストクを出発、日本海を左手にモスクワへ向かう「ロシア号」(写真:谷川一巳)

ロシア鉄道が今年4月、デフォルト(債務不履行)に陥ったと報じられた。ウクライナ侵攻への西側の経済制裁効果といえるが、いったいこの先、ロシアはどうなってしまうのであろうか。仮に戦争が終わったとしても、ロシアが失った信用は計り知れないものがある。

筆者は以前、当時のアエロフロート・ソ連航空(現アエロフロート・ロシア航空)の航空券販売に関わり、ロシアになってからもロシア製旅客機スホーイの取材でロシアを訪ねたりしたが、接したロシア人たちは、体制の違いはあれど、紳士的かつ友好的だった。どこでどうなってしまったのかという思いである。

先日、年配の鉄道ファンから「一度シベリア鉄道に乗ってヨーロッパへ行きたかったが、生きているうちは無理になった」と呟かれた。せっかくコロナ禍の収束が見えはじめ、各国でこれから観光が盛り返せるかという時期に、ロシア観光はかなり先に遠のいてしまった。実はロシア鉄道の旅は魅力がいっぱいで、ロシア鉄道自体も今後、鉄道を観光素材に展開しようとしていた矢先だっただけにウクライナ侵攻はその努力を無にするものであった。

ロシア鉄道といえば「ロシア号」

ロシア鉄道というと真っ先に頭に浮かぶのが、モスクワ-ウラジオストク間9000km以上を7泊8日かけて走る世界最長の列車「ロシア号」である。かつて、冷戦時代、現在のように航空運賃が割安でなかった頃、日本の若者は横浜からナホトカへ船で渡り、ロシア号に乗車、遥かモスクワ、そしてさらに列車に揺られて西ヨーロッパを目指したのである。ウラジオストクではなく、ナホトカだったのは、ウラジオストクには重要な軍港があり、外国人は立ち入れなかったからだ。

やがて航空路の発展でこのルートは船の部分がなくなり、「ロシア号」は鉄道でシベリアを旅したいという需要に支えられていた。さらに、ゴルバチョフ政権下のペレストロイカはじめ、ロシアの開放などとともに、おもにヨーロッパの鉄道ファンなどに世界最長の列車として人気がじわじわと伸びていた。

「ロシア号」は2019年にはシャワー付き車両が大幅に増備され、2020年には毎日運行へと増便されたばかりだった。それまでは隔日運行で、「ロシア号」が走らない日は途中のエカテリンブルクで乗り換えであった。

超長距離を走る列車はほかにも人気のルートがあり、モスクワ-ウランバートル間の「ゴールデン・イーグル・トランス・シベリアン・エクスプレス」は、運営にヨーロッパ企業も名を連ねる豪華観光列車で、沿線を観光しながらこの間を15日間かけて運行、料金もクルーズ船ほどの高額であった。

庶民的な列車もあり、モスクワ-ウランバートル-北京間には定期列車が週2便(夏季は3便)、この列車はモンゴル・中国国境で乗客を乗せたまま台車交換が行われるため、世界の鉄道ファンにとって「一度乗ってみたい」列車だった。

このほか、ウランバートル-イルクーツク間は毎日運行の列車があり、2泊3日の行程と比較的距離が短いので、人気の列車であった。

ロシアは国土が広いため、縦横に寝台列車が数多く走り、庶民の移動を支えている。西ヨーロッパの鉄道が対航空機を意識した高速列車ばかりになってしまうなか、ロシアの長距離列車は電気機関車が引く寝台列車だ。都市近郊や都市間を結ぶ「エレクトリーチカ」と呼ばれる近郊電車も全土に走っていて、汽車旅は旅情に満ちていた。近年は空港アクセス鉄道にも力を入れ、主要都市の空港へ「アエロエクスプレス」を運行していた。アエロエクスプレスは前述のエレクトリーチカより運賃が高く、多分に外国人旅行者などを意識した運行であった。

かつての旧ソ連は体制の違いから、怖いイメージもあったが、現在のロシア鉄道はソフトなイメージが先行し、外国人旅行者が鉄道の旅をしやすい環境になっていただけに、今回のウクライナ侵攻は残念で仕方がない。

日本から気軽な渡航地になるはずだった

日本から見ると、極東ロシアと呼ばれる地域が注目されていた。2013年からロシアのS7航空が成田-ウラジオストク間に就航(後にハバロフスクからも)、S7航空は日本航空と同じ航空連合「ワンワールド」に参加していたため日本航空とのコードシェア便であった。

ウラジオストクは成田から約2時間30分、日本に最も近いヨーロッパとして人気上昇中だった。何しろ成田からの飛行距離はソウルより近いのだ(東京からソウルが758マイルに対し、ウラジオストクへは676マイル)。制度面でも日本からウラジオストクエリアのみの渡航にはビザも免除された。

2020年からは日本航空とANAが揃ってウラジオストクへ就航、S7航空は就航地を羽田へ変更して毎日運航となるはずだったが、こちらはコロナ禍によって運休となっていた。おそらくコロナ禍が収まっても運航再開は遠い先であろう。

忙しい日本人の感覚からすると7泊8日のロシア号乗車は簡単ではない。しかし、極東ロシアに行きやすくなったことから、気軽なロシア鉄道ルートも確立していた。成田からS7航空を利用すれば、往路ウラジオストク、復路ハバロフスクからといったルートが可能だったが、ウラジオストク-ハバロフスク間には夜行列車「オケアン号」が毎日運行している。食堂車でロシア料理を味わいながらの寝台車の旅が楽しめたのである。

ちなみに「オケアン」は英語の「オーシャン」と同じ意味である。ロシアは国土が果てしなく広いものの、泳げるような海にはあまり接していない。この列車は内陸の地から海へ行こうという意味が込められている。

欧州各国への国際列車も運行停止

一方、ヨーロッパ側のロシア、ベラルーシとポーランド、ハンガリーなどを結ぶ列車は運行停止になっている。もちろんロシアーウクライナ間もであるが。ロシアを発着する国際列車で最も頻度が高く、利用者が多かったのがサンクトペテルブルク-ヘルシンキ間の「アレグロ」だ。ロシア発着国際列車唯一の昼行高速列車で、イタリア製の電車で運行。1日4往復あったので、ヘルシンキからサンクトペテルブルク日帰りさえ可能であった。しかし、ロシアへの経済制裁の影響で3月28日から運行停止に追い込まれている。

バルト三国への列車も運行停止になり、ロシアの飛び地であるカリーニングラードへの列車は運行しているものの、ロシア人はロシア領内以外での下車ができないという処置で運行しているという。

その他のヨーロッパへの列車はポーランド、ハンガリーなどへ寝台車のみが広軌から標準軌の台車へ履き替えて運行していたが、ロシアの列車のヨーロッパ乗り入れは行われなくなってしまった。

「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから

その昔はパリまでロシアの客車が直通、夏季はアムステルダムまで直通していた時代があるが、現在は毎日運行だったベラルーシを経由するワルシャワへの夜行列車さえも運行停止になった。ロシアからウクライナ、ハンガリーを経て旧ユーゴスラビアのなかでは親ロシア派の国であるセルビアのベオグラードを結ぶ列車もあったのだが、現在では経由するウクライナが国際列車運行どころではなくなってしまった。

かつて、東西冷戦時はソ連はじめ、現在の中欧地域(当時の東欧地域)の国へ行くのでさえビザが必要で、さらにソ連を旅行するには、ソ連の国営旅行社を通じて、国内移動や宿泊施設などを手配、滞在中の日程をすべて事前に決めないとビザが取得できなかった。そして、外国人が宿泊できるホテルなども限られていたので、西欧に比べて旅行代金も高額になったのである。

 しかし、それでもモスクワやレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)などへ観光で訪れる旅行者は少なくなかった。旅行先としてそれだけの魅力があったのである。

そして現在、「冷戦時に逆戻り」などと報道されているが、私は現在のウクライナ侵攻が終わったとしても、かつてのような交流が戻るにはかなりの時間を要するのではないかと思っている。そう考えると旅行需要でいえば「逆戻り」どころではなく、限りなく「後退」させてしまったと思う。

早期に戦争が終結し、和平への道筋を模索し、再び外国人が気持ちよく利用できるロシア鉄道が戻ってくることを切に願うばかりである。

スクラップは会員限定です

使い方
「深読み」の最新記事一覧
3119678 0 東洋経済オンライン 2022/06/30 09:57:00 2022/06/30 09:57:00 2022/06/30 09:57:00

ピックアップ

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)