光の記憶

デジタルカメラが捉えたオリンピアン躍動の記録

4年に1度の大舞台に人生を懸けて臨むアスリートたち。その姿は優れた報道写真によって世界中に届けられ、記憶に刻まれてきた。長らくフィルムカメラが担ってきた役割はやがて、デジタルカメラへと引き継がれることになる。

デジタルの革新はとどまることを知らず、表現の可能性を広げ続けてきた。

ともに時代を駆ける5人の読売新聞写真記者が、胸に残る「それぞれの瞬間」を語る。

[ デジタル黎明期 ~ 銀塩フィルムに追いつくまで ]

TIMELINE
  • picture:1984年ロサンゼルス

    1984

    ロサンゼルス

  • picture:1998年長野

    1998

    長野

  • picture:2000年シドニー

    2000

    シドニー

1984年ロス五輪。圧倒的な強さで4冠を達成、超人と呼ばれた男がいた。アメリカ代表、カール・ルイスの人気は国籍を超え、日本人にとってのヒーローでもあった。「その姿を一刻も早く、読者に届けられないか」。読売特派員の熱い思いに応えたのが、キヤノンが開発中のデジタルカメラだった。男子200メートルを力走する超人の写真は、はるか海を越えて読売新聞のフロントページを飾った。フィルム全盛の時代に、デジタルが静かな一歩を踏み出した。

その後も技術開発は休むことなく続けられ、98年長野冬季五輪の開会式で聖火点灯した伊藤みどりの姿を、そして2000年には大きく手を広げてゴールする、高橋尚子の女子マラソン金メダルの快挙をデジタルカメラが記録。本格的なデジタルの時代の幕開けとなった。

そして――

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picture:アテネ五輪
EOS-1D MarkII | EF 400mm F2.8L IS USM | F2.8 1/800 ISO3200

2004

2004年 アテネ五輪

銀塩を超えたデジタルが、革新を始めた時代

男子マラソンハプニング

picture:松本 剛 記者

写真部松本 剛 記者

2004年アテネ五輪の最終日、男子マラソンでトップを走っていた選手が前代未聞のハプニングに巻き込まれた瞬間を、カメラに収めました。

この年に登場したカメラは、高感度で撮影してもノイズが少なく、明らかに画質が良くなりました。ついに、デジタルがフィルムカメラを超えたと感じました。同年のアテネ五輪にこの最新機を持参したことが、特別な写真につながります。

先頭集団と並走しながらレースの様子を撮影する報道車両に乗って、世界中のメディアに所属する報道カメラマンと並んで男子マラソンを取材していた時のことです。アテネの夏は暑く、マラソン競技は日没後にスタートするので、コースを照らすのはライトや街灯の明かりだけ。当時の多くのカメラは暗くなると画質が低下して撮影が難しくなることに加え、デリマ選手(ブラジル)の独走が続く展開だったため、ほとんどのカメラマンはすでに撮影を止めて、それまでに撮影した画像のトリミングや送信作業に取りかかっていたようです。しかし、当時の最新機種だった私のカメラは高性能で暗くても撮影可能だったので、ファインダーにトップの選手を捉え続けていました。

そこに突然、沿道から何者かが飛び出し、あっという間にデリマ選手に抱きついたのです。予想もしていない出来事でした。状況も理解できないまま、デリマ選手が歩道に押し出されるまで、夢中でシャッターを切り続けました。乗っていた車両は、テロの可能性を感じてか、スピードを上げて現場を離れました。

五輪最終日。本来なら華やかな閉会式の様子が伝えられるはずだった翌日の朝刊1面では、大きな写真とともにこの前代未聞の事件が報じられました。「どんな状況でも撮り続けることができる」と、カメラの機能を信じて撮影を続けていたからこそ生まれたスクープ写真だったと思います。

デジタルカメラの劇的な進化によって表現の可能性が広がりました。誰でも撮れる時代だからこそ、報道カメラマンには被写体のニュース価値を判断する力が問われます。「何を撮るのか」「どのように伝えるのか」。より高度な役割が求められるようになったと感じています。

picture:EOS-1D MarkII | EF 400mm F2.8L IS USM | F2.8 1/800 ISO3200

EOS-1D MarkII | EF 400mm F2.8L IS USM | F2.8 1/800 ISO3200

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picture:ロンドン五輪
EOS-1D X | EF200-400mm F4L IS USM エクステンダー1.4×
| F4 1/1250 ISO1600
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2012

2012年 ロンドン五輪

高画素・高性能を1台で実現したモンスターマシンが登場

グラスゴーの奇跡

picture:富田 大介 記者

写真部富田 大介 記者

2012年のロンドン五輪で、男子サッカー日本代表が初戦で優勝候補のスペインを1-0で破り、世界中を驚かせた「グラスゴーの奇跡」。その唯一の得点シーンと、ゴール直後の生き生きとした笑顔を至近距離から撮影することができました。

この日の取材では、試合開始の4時間前に会場入りし、場所取りなど入念な準備をしました。新聞紙面では、得点時の写真が使われることが多く、シュートを決める瞬間は外せません。ですが、入れ込みすぎると、目の前のことしか見えなくなってしまいます。試合中は、ファインダーを左目でのぞき、右目では周りを見まわし、ピッチ上の決定的な瞬間を見逃さないようにしながら、「冷静になれ」と何度も自分に言い聞かせていました。

日本が攻めこむゴールの近くで、日本選手の得点を逃すまいと撮影していましたが、優勝候補と目されていた相手なので、100メートルも離れた逆エンドから、スペインのゴールシーンを撮る状況も覚悟していました。当時最新の200~400ミリ望遠ズームレンズを使っていましたが、それでも遠く、選手が小さく写ってしまいます。大幅なトリミングが必要なので、従来のカメラだとどうしても画質が粗くなります。「サッカーカメラマン泣かせ」な展開が予想されたのですが、ロンドン五輪に合わせて登場した最新カメラは超高画素機。広いピッチのどこで起こったシーンでもきれいに撮れるので、安心感がありました。

1点を守り切って「奇跡」を起こした日本はグループリーグを突破してベスト4まで進み、1968年メキシコ五輪以来のメダルにあと一歩まで迫りました。連写機能が向上し、夜間の試合でも鮮やかさを失わない高解像度カメラ。快進撃の中、この1台で試合を決めるシュートシーンを何度も捉えました。

一方、2011年のワールドカップで優勝し、五輪でも「金」が期待された女子サッカー日本代表(なでしこジャパン)は、決勝でアメリカに1-2で敗れ、惜しくも銀メダルとなりました。表彰台ではさぞ落胆しているだろうと思ったら、全員が手をつないで登場し、明るい笑顔を見せてくれました。その時のホッとした思いは今でも忘れられません。表彰台で歓声に応える約20人の選手らと、スタンドから日の丸を振りながら健闘をたたえる無数の観客たち。1枚の写真には数え切れないほどの喜びが満ちていますが、私のカメラはそのすべてを精細に描き出してくれました。

picture:EOS-1D X | EF200-400mm F4L IS USM エクステンダー1.4× F4 1/1250 ISO1600

EOS-1D X | EF200-400mm F4L IS USM エクステンダー1.4×
| F4 1/640 ISO2500

picture:リオ五輪
EOS-1D X MarkII | EF 400mm F2.8L ISII USM
| F4 1/2000 ISO5000

2016

2016年 リオ五輪

高性能をフルに発揮させるカスタマイズの時代

陸上リレーニッポン
歓喜の銀メダル

picture:竹田津 敦史 記者

写真部竹田津 敦史 記者

リオデジャネイロ五輪では、陸上競技の男子400メートルリレーを、フィニッシュライン近くのフォトポジションから撮影しました。いつになく緊張していたのは、わずかな時間に、ジャマイカのアンカー、ウサイン・ボルト選手と日本のケンブリッジ飛鳥選手の両方とも撮影する、という使命があったからです。

リオ五輪で大会3個目の金メダルを狙うボルト選手は言わずと知れたスーパースターです。同時に日本チームのメダル獲得への期待も高まっていました。撮影には様々な状況をイメージして臨みます。アンカーの2人の間に大差がついているのか、それとも接戦なのか。それによって、撮り方が変わってきます。どちらか片方しか撮れなかったという結果だけは、絶対に避けなければなりません。

どうすればいいか。ハードルが高いからこそ、集中力が高まりました。レース展開を見て、アンカーにバトンを渡す第3走者の状況によってオートフォーカス(AF)の設定を変えることにしたのです。事前に2つのモードを設定しておいて、適切なものを呼び出せるようにして臨みました。ジャマイカの独走だった場合は、ひとつの被写体を追い続けられる設定にします。日本が接戦に持ち込んだ場合は、被写体に合わせて瞬時にフォーカスが合う設定を使います。結果的に、ジャマイカと日本は大接戦となり、両選手に次々とピントを合わせて撮影、ジャマイカの金メダルと日本の銀メダル両方の瞬間を捉えることができたのです。

デジタルカメラのAF機能は、好みや状況に応じてかなり細かく設定を変えて、保存できるようになりました。設定の良し悪しが成否を分けると言っても過言ではありません。この時の優勝タイムは37秒27ですから、もちろんレース中にカメラをいじっている暇なんてありません。常日頃から撮影のたびに設定を変えて研究を続けるなど、撮影の前に多くの準備時間をかけています。まさに、その準備の成果が出た取材でした。

picture:EOS-1D X MarkII|EF 600mm F4L ISII USM|F5  1/2000 ISO1600

EOS-1D X MarkII|EF 600mm F4L ISII USM
|F5 1/2000 ISO1600

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picture:平昌五輪
EOS-1D X MarkII(ロボティック装置に搭載)
| EF 100-400mm F4.5-5.6L ISII USM | F11 1/1000 ISO6400
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2018

2018年 平昌五輪

“鳥の目” ロボティックカメラが存在感

カーリング女子 大躍進

picture:加藤 学 記者

写真部加藤 学 記者

2018年の平昌五輪では、カーリング女子で日本(LS北見)が初めて五輪メダルを獲得しました。このカーリング競技では、五輪取材で初めて「ロボティックカメラ」を使用。カメラを競技会場の天井からつり下げ、遠隔操作で動かすことで、これまでにないアングルの写真撮影に成功しました。

ロボティックカメラはモーターでカメラの方向を変えたり、ズームを作動させたりする装置ですが、登場したばかりだったので、事前の取材経験は国内大会で1度のみ。練習もままならないまま、ぶっつけ本番で平昌五輪を迎えました。誰も経験したことがない取材現場では、試行錯誤の連続。プレスセンターでコントローラーを使い、約30キロ離れた競技会場のカメラを作動させます。会場の様子はパソコンのモニター画面でしかわかりません。1週間前から現地入りして操作を練習しましたが、特にカメラの向きが心配で、最初は会場にいる技術スタッフと何度も確認をしながら撮影を進めました。

カーリングは、通常のカメラマン席から撮影すると、ストーンを投げている場面が中心になってしまいます。ロボティックカメラでは、勝敗を決める「ハウス」と呼ばれる円形の的を真上から捉え、試合の流れが一目で分かる写真を撮影できます。話題になっていた、ハーフタイムに軽食を取る「もぐもぐタイム」の様子もばっちり捉えました。イギリスとの3位決定戦の最終エンド、日本の黄色いストーンがハウスの一番中央に残り、歴史的な銅メダルが決まった瞬間、モニターを見ながら力が入りました。勝敗を分けた黄色と赤のストーンを挟んで、日本とイギリスの選手が握手を交わす構図は、今までにない記念すべき1枚となりました。

今後は、水泳、柔道、レスリング、バドミントンなどの競技で、ロボティックカメラを使った撮影を考えています。上から選手の表情を捉え、試合の様子もよりわかりやすく伝えるためです。カメラの技術の進化によって、撮影できる写真の絵柄も変わってきていますが、被写体の動きを予測することや、一瞬を逃さずに確実に捉える感覚など、実際に自分の目で見て撮影を重ねてきた現場の経験が、間違いなく生きていると感じています。

picture:EOS-1D X MarkII(ロボティック装置に搭載) | EF 100-400mm F4.5-5.6L ISII USM | F11  1/1000 ISO6400

EOS-1D X MarkII(ロボティック装置に搭載)
| EF 100-400mm F4.5-5.6L ISII USM | F11 1/1000 ISO6400

picture:四大陸選手権
EOS-1D X MarkIII | EF 400mm F2.8L ISIII USM
| F3.5 1/3200 ISO6400

2020

そして、デジタルカメラの洗練は続く

フィギュア四大陸選手権で舞う羽生結弦

picture:若杉 和希 記者

写真部若杉 和希 記者

2020年2月、韓国ソウルで行われたフィギュアスケート・四大陸選手権で、氷上に舞う羽生結弦選手の姿を追いました。取材では、いつも現地で見ることができないファンの方に向けて、僕が代表して撮影させてもらっているという気持ちでいます。そのため、準備は怠りません。

羽生選手は、スケートの動きがとても速い選手です。そのため、動きと表情、構図のバランスで納得のできる写真を多く撮影するのが、とても難しい。良い写真を撮るため、過去の演技の映像を見て、撮影できそうな場面を頭に入れて構図を考えています。新聞掲載向けには、「顔が正面を向き、手に動きがある」写真が好まれる傾向にありますが、フィギュアスケートは、競技の性格上「(被写体の)全身が入った方がいい」という考え方もあり、構図には特に気を使います。フリーの演技時間、約4分間でおよそ800枚のカットを撮影しているのですが、その中から、手の指先まで写っているか。表情はどうか。ピントは合っているか。こうした点に注意しながら、最終的に選んでいます。

最新鋭のカメラはAFの追従精度がさらに上がり、選手の素早い動きに追い付いて撮影できています。顔をかなり端においても、そこにピントを合わせてくれるので、絵柄に意図して空間をつくるなど、構図の自由度が上がりました。レンズも軽くなり、望遠レンズをかなりのスピードで振りながら撮っています。表彰式やエキシビションでは会場の照明を落とす演出もありますが、現在はISO8000の高感度でもノイズが出ずにきれいに撮影できるようになり、選べるコマがこれまでと比べて倍くらいに増えました。

羽生選手は、この2020年2月の四大陸選手権で初優勝し、ジュニアとシニアの主要国際6大会を全て制覇しました。羽生選手の演技に合わせた表情をうまく捉えた写真を撮影することもできました。これからも、羽生選手の魅力を伝えていきたいと思っています。

picture: EOS-1D X MarkIII | EF 400mm F2.8L ISIII USM | F3.5 1/3200 ISO6400

EOS-1D X MarkIII | EF 400mm F2.8L ISIII USM
| F3.5 1/3200 ISO6400

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デジタル技術は目覚ましい進化を遂げる。画質においてフィルムをはるかに上回り、ピント合わせのスピードや暗闇でも写し出す性能についてはヒトの眼の能力を超え、なおも歩みを止めない。

最先端の性能をフルに引き出し、歴史的な現場から読者に感動を届け続けること。

読売新聞の写真記者たちもまた、その使命を胸に革新を続けていく。