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    なぜ起きた?伝説のコースミスの真相

    • 正規のコースと間違ったコース(スポーツ報知)
      正規のコースと間違ったコース(スポーツ報知)

     今回で94回目を迎える箱根駅伝では、さまざまなドラマが生まれ、中には“珍事”も発生した。1990年の第66回大会では1区で先導する車両がコースを間違えて、全15選手がそのまま誤ったコースを走るというハプニングも。区間賞を獲得した日大OBの谷川義秀さん(48)らの証言をもとに28年前の真相に迫った。

     例年、1区の勝負どころとなる六郷橋でハプニングは起きた。1990年1月2日午前8時56分。多摩川を越えて残り3キロ、先頭を走る日大の谷川(当時2年)は正規のコースから外れた。

     六郷橋の神奈川県側は多摩川と並行する国道409号線と一部が立体交差している。正規のコースは409号線を立体交差で越えるが、谷川の前を走るテレビ中継車、白バイは多摩川を越えてすぐの側道に入り、409号線の競馬場前交差点に進入してしまった。

    • 90年大会1区でしのぎを削った(左から)順大OB巽さん、日大OB谷川さん、東洋大OB出水田さんは、思い出話に花を咲かせた(スポーツ報知)
      90年大会1区でしのぎを削った(左から)順大OB巽さん、日大OB谷川さん、東洋大OB出水田さんは、思い出話に花を咲かせた(スポーツ報知)

     「コースが間違っているなんて全然、分からなかった。チームのために絶対に区間賞を取りたい。それしか考えていなかった」。あれから28年。48歳になった谷川は当時を語る。2位以下の選手も続々と誤ったコースへ。六郷橋を最下位で通過した駒大の大場康成(当時2年)は「調子が悪くて意識がもうろうとしていた。後でコースが間違っていたと知りました」と振り返る。

     ただ、中には異変に気づいた選手もいた。13位で多摩川を越えた東洋大の出水田洋(当時2年)は冗談を交えて回想する。「『コースが違うんじゃないか』と分かった。(競馬場前の)交差点は交通規制されてなく、車が通っていた。レース後、付き添いをしてくれたチームメートに『お前だけ正しいコースを走っていれば区間賞だっただろ!?』と言われたけど、前を走っている選手と違うコースを走ることはできませんよ」

     14位で六郷橋を通過した順大の巽博和(当時2年)もアクシデントに気づいた。5連覇を目指す順大の1区として期待を背負っていたが、12キロで先頭集団から遅れていた。「ボーッとした頭の中で『あれ、ここは直進だったような…』と思った。ただ、大会関係者が側道へ誘導していたことは覚えています」

    • 第66回(1990年)箱根駅伝1区成績(スポーツ報知)
      第66回(1990年)箱根駅伝1区成績(スポーツ報知)

     先導車のミスで谷川が誤ったコースに入ったことに気づいた大会関係者が、後続の選手を同じコースへ誘導していた。当時の出場枠は15校。結局、1位の谷川から15位の大場まで全選手が正規のコースを走らなかった。

     その大会を制した大東大の青葉昌幸・元監督(現関東学生陸上競技連盟名誉会長)は「往路直後の監督会議でコース間違いの説明があった。全チームが同じ条件となったので成績に問題はないと認められた」と話す。関東学連関係者によると、80年代まで側道が正規のコースだったことも誤誘導の要因だったという。

     当然、選手に全く非はない。谷川は1時間4分38秒で鶴見中継所に飛び込み、区間賞に輝いた。この年度は出雲駅伝、全日本大学駅伝と合わせて学生3大駅伝全て1区を走り区間賞。今でも史上唯一の快挙だ。今年11月下旬、1区7キロ地点の品川で谷川、出水田、巽の3人は28年ぶりに顔をそろえ、酒を酌み交わした。

     「今回、日大が予選会で敗退したことは残念ですが、どんな時も陰ながら母校を応援します。箱根駅伝を目指す全ての学生ランナーが自分の力を出し切ることを願っています。箱根に出られたことはかけがえのない財産。コースを間違っていたということも今では最高の思い出ですよ」

     珍事の主役を張った谷川は柔らかな笑みをたたえながら話した。珍事は長い時間をかけて熟成し、ひとつの“伝説”になったのかもしれない。(竹内 達朗)=一部敬称略=

     ◆第66回(90年)箱根駅伝VTR 後に96年アトランタ五輪マラソン代表となる大東大のエース・実井謙二郎が、2区で6人を抜き3位に浮上。4区で首位に立ち、5区の奈良修(現監督)が区間賞の激走で往路制覇。復路も堅実に走り、14年ぶり3度目の優勝を飾った。6分18秒差の2位は日大。日大から3秒差の3位に中大。5連覇を狙った順大は5位に終わった。

    ◆箱根駅伝の主な珍事

     ▽暴漢? 1987年、男が沿道から飛び出し、首位を快走する順大の10区・工藤康弘と接触。工藤は転倒したが大事に至らず優勝のゴールテープを切った。

     ▽タスキ忘れ 90年は復路でも珍事が。亜大の6区・田中寛重はタスキを忘れてスタート。約50メートルを走った時点で気づき、タスキを取りに戻って約1分遅れで再スタートした。

     ▽コースアウト 2011年、国学院大の10区・寺田夏生がゴール手前150メートルでコースを間違え11位に後退。その後、必死のスパートで1人を抜き10位。初のシード権を獲得した。

     ▽ジョジョ立ち 13年、順大の10区・堀正樹は人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の登場人物が見せる独特のポーズでゴール。インターネット上で話題に。

    (スポーツ報知)

    2017年12月06日 14時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun