けた外れの覚悟があれば5区はいける…山の神・柏原竜二の回想

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 平成最後となる箱根駅伝が間近に迫ってきた。前回まで29回を数える平成の箱根路を最も熱狂させた選手の一人に、東洋大の柏原竜二が挙げられる。「天下の険」と呼ばれる 急峻(きゅうしゅん) な箱根の山を4年続けて駆け上り、見る者の心を揺さぶった激走は鮮烈だった。今は現役を離れた「新・山の神」に、当時の模様を振り返ってもらった(敬称略、聞き手=読売新聞運動部・西口大地)

入寮した春先から山を走りたかった

1年生の時の第85回大会で東洋大を初優勝に導いた柏原(2009年1月2日、上甲鉄撮影)
1年生の時の第85回大会で東洋大を初優勝に導いた柏原(2009年1月2日、上甲鉄撮影)

 柏原が箱根駅伝に興味を持つきっかけとなったのは、福島・いわき総合高2年の時にテレビ観戦した2007年1月の第83回大会だった。往路の1区。刺激を受けたのは、スタート直後から飛び出して区間新記録を打ち立てた東海大の佐藤悠基ではなく、彼をただ1人追って、区間2位に入った東洋大・大西智也の姿だった。

 「持ちタイムの面で佐藤さんが飛び抜けていて、普通、びびるじゃないですか。誰もついていこうとしない中で、無謀かもしれないけれど挑戦する心に、『うわっ、この人すごいな。この大学、格好いいな』って、純粋に思いました」

 

 東洋大への進学が決まり、高校3年時に参加した全国都道府県対抗男子駅伝。同じ福島代表で、順天堂大時代に箱根5区での大活躍で、最初に「山の神」と呼ばれた同郷の今井正人に山上りの魅力を尋ねると、「あの坂は挑みがいがある」と言われ、憧れる気持ちがわいてきた。

 「(東洋大の陸上部に)入寮した春先からずっと、5区を走りたいと言っていました。今井さん(の記録)と勝負がしたい、勝負がしたいと思っていました」

 

 念願がかなって、2009年の第85回大会で、1年生ながら5区を託された。首位と4分58分差の9位でタスキを受けると、今井の区間記録を47秒縮める衝撃の走り(1時間17分18秒)で往路優勝のゴールテープを切った。東洋大はこの大会で、初の総合優勝に輝いた。

 「スタート地点に立った瞬間、そんなに『勝つぞ』なんて思っていなくて、前の選手を一人一人抜いていくだけという感じでした。ペース配分は全く気にしていなくて、時計も1キロと5キロで見て、それでおしまい。トップだった早稲田の三輪(真之)さんを抜いて、初めて『あっ、勝てるかも』って思ったぐらい、いい感じに気持ちが冷めていました」

 「今井さんが歩んできたところを走ることができて、区間記録を更新できてよかったと思う半面、一緒に走る機会じゃないと満足しないんだと感じました。世間から見たら『今井を超えた、すげえ!』ってなるかもしれないけど、自分の主観では、人間性を含めて絶対に超えられていない。あの時、『今井さんと一緒に走っていたら、分かりませんよね』って自分で言ってから、(数字の上だけで比較するのは)ナンセンスなことだなと初めて気づきました」

 

 箱根デビュー戦、しかも最難関の5区で、いきなり快走できた要因は何だったのか。

 「1年間、誰よりも覚悟を持って練習をしてきた自負があったし、自分がやりたいと言ったことだから、(5区への)ネガティブな印象は一切なかった。そうじゃなきゃ(厳しいコースに)心が折れますね。ちょっと、けた外れの覚悟を持てれば、5区はうまくいくんじゃないかなと思います」

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