けた外れの覚悟があれば5区はいける…山の神・柏原竜二の回想

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3年の夏に体調不良に見舞われた

第87回大会の5区で早稲田大の猪俣(左)を抜いて首位に立つ柏原(2011年1月2日撮影)
第87回大会の5区で早稲田大の猪俣(左)を抜いて首位に立つ柏原(2011年1月2日撮影)

 1年目の快走を受け、2年目の箱根ではいやが応でも5区への再挑戦と、さらなる記録更新への期待を感じていた。プレッシャーと闘う日々が続いた。

 「チーム事情を考えても、もうわがままは言えなくなったなと感じました。ただ、主将の釜石(慶太)さんら最上級生が『お前はチームのためにとか、自分の負担になるようなことは考えるな。気楽に行こうぜ』と、口酸っぱく言ってくれて。それに加えて、酒井俊幸監督が就任した年だったので、チームが勝つためにもう一回5区を走りたいと思いました」

 

 2度目の箱根では前回の記録をさらに10秒短縮し、6人抜きの快走で再びトップを奪取した。総合2連覇に大きく貢献し、2年連続で最優秀選手賞(金栗杯)を獲得した。しかし、順風満帆に見えた大学でのキャリアは、3年目に暗転する。前半戦から調子が上がらず、夏場には体調不良にも見舞われ、10月の出雲駅伝を欠場した。

 「チームが自分に対して、『やって当たり前だろう』みたいな、そういう部分のリスペクトが全く感じられなかった。(対校戦の)関東インカレでも『柏原、頼むぞ』って言われ続けて、俺は何のために陸上をやってるんだっけ、というのを感じさせられた一年でした」

 

 悩みを抱え、苦しむ柏原をどん底から救ったのは、1年生の頃から自分を特別扱いすることなく、対抗心むき出しで競り合ってきた同学年の仲間たちだった。

 「僕を気にかけてくれて、いろいろ言ってくれるんですよ。『柏原のおかげで出雲(の出走メンバー)がひと枠空いたからな。助かったよ!』とか。他の人に言われたら嫌みかもしれないけど、同期のやつらがそういうふうに言ってくれたことが、やっぱり助かったなって思います。箱根駅伝の前には、『お前が遅れてきたら、俺らがおいしいところだもんな』みたいなことも言ってくれました」

 

 不調を引きずりながら迎えた3年目の箱根では、区間記録の更新はならなかったが、3年連続の区間賞で2人を抜いて往路3連覇を達成。ゴール地点の芦ノ湖での優勝インタビューでは「本当にこのチームにいて良かった」と語り、うれし涙を流した。

 「正直、ウォームアップの段階から『体が動かないな』という感じがありました。ネガティブな気持ちが湧き上がるたびに押し殺して、そこのせめぎ合いだった。レース中も胸焼けで吐きかけていた部分もあった。(インタビューで涙を流したのは)福島の人たちや仲のいい友人、話を聞いてくれて踏ん張る力をくれた人たちに恩返しをしたかったから。そういう人たちに(感謝を)表現できたという思いがあったのかな」

 

 3年目の5区は、別の意味でも過去2回とはひと味違った。16キロ過ぎで首位を奪われた側の早稲田大・猪俣英希は粘り強く柏原を追い、下りで差をつめ、東洋大のリードを27秒にとどめた。この力走が、早稲田大の逆転総合優勝と大学駅伝3冠達成に大きく寄与した。

 「早稲田さんが(同じ福島県出身で会津高卒の)猪俣さんを配置してきた時点で、『何かやってくるだろうな』と感じていました。抜いた瞬間に顔を見たら、すごい覚悟を持っている表情だったので、絶対離れてくれないなとすごく思った。駒沢大の大八木弘明監督や、北京五輪男子マラソン代表の佐藤敦之さんなど、会津の人間は歯を食いしばって苦しみに耐えられる。そういう地域性も含めて、やっぱり猪俣さん、すげえなって思いました」

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