東大・近藤、ほろ苦かった最初で最後の箱根駅伝

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東大生ランナーとして関東学生連合の1区を走った近藤(最後方中央)。前方の東洋大ゼッケンは2年連続で1区の区間賞となった西山和弥(2019年1月2日、若杉和希撮影)
東大生ランナーとして関東学生連合の1区を走った近藤(最後方中央)。前方の東洋大ゼッケンは2年連続で1区の区間賞となった西山和弥(2019年1月2日、若杉和希撮影)

 東大4年・近藤秀一の最初で最後の箱根駅伝はほろ苦かった。

 関東学生連合の主力選手として、大事な1区を任された。

 しかし、思うようにいかない。序盤こそ集団にくらいついていたものの、他校のエース級の走りについていけなかった。

 「8キロくらいでペースが一気に上がった局面があって、そこに対応しようとしてリズムが崩れた。その後の走りに響いた。実力不足で対応できなかった」

 鶴見の中継点には、23人中22番目でゴールした。

 「スタートラインに立てたのはうれしかったが、ベストの走りとはほど遠い。それがすごく残念。勝負するレベルになかったということを突きつけられた」

 念願の箱根を走れた喜びより、悔しさが募った。

東大で箱根を走りたい

 静岡県立韮山高2年時に、5000メートルで14分台半ばの記録を出して、箱根駅伝を目指すようになった。私大からの勧誘もあったが、最初から国公立の大学に進むつもりでいたので、心はぶれなかった。

 東大を選んだのは「一般入試で大学に入って陸上をしているということは、本当に陸上が好きな人が集まっているということ。そういう環境でのびのびやらせてもらえれば、充実度を考えてもプラスになる」と判断したからだ。箱根出場は苦しくなるが、「最初から学連狙いだった。それがあるから踏み切れた」と、近藤は2016年秋のインタビューで認めている。

 現役では不合格。浪人を余儀なくされたが、練習時間が減るのがいやで、予備校には通わなかった。その狙いを、近藤は次のように語っていた。

 「東大に入っても、長いブランクがあるとまた時間がかかってしまう。そうすると出場できる可能性が少なくなってしまうので、浪人中も陸上の力をつけて、現役で入った場合より一歩上のレベルで大学陸上に挑戦したいという思いがあった。1年過ごすなら、陸上面でもプラスの方向に出したいと思った」

 成果は現れた。

 1浪後に合格すると、1、2年生で連合チームに(補欠)。3年生ではついに1区の走者を勝ち取ったが、インフルエンザにかかって、無念の欠場となった。ようやくたどりついたのが、今回の1区だった。

マラソンで2時間10分を切るのが次の目標

 近藤は14年ぶりに箱根路を走る東大生ランナーとなったが、そこに特別の意味を見いだしてはいない。

 「僕にとって価値はない。だから何?という感じ。スタートラインに立てば、同じ土俵で同じ選手。東大生だから、というところに意味はない」

 ただ、周囲の見方は違うことも自覚している。

 「他の人が、勇気や希望を感じてくれたら、自分にとっては、間接的なものにはなるがうれしい。走りがいになる」と認め、今回のレース後は「東大にも4年お世話になった。自分が1区を走ることで東大の部員に勇気を与えられたらうれしいな、と思いながら走った」と振り返った。

 箱根への挑戦は終わったが、近藤の陸上人生は終わらない。

 卒業後は、青山学院大の森田歩希らとともに「GMOアスリーツ」に所属する。「他校のエースに歯も立たなかった悔しさを次につなげたい」と言い、「マラソンで2時間10分を切る」のが当面の目標だ。

 同時に、大学院にも進んで勉強は続ける。

 東大生ランナーは大学院生ランナーになる。(読売新聞編集委員・三宅宏)

59682 0 読み物 2019/01/02 13:50:00 2019/01/02 13:50:00 2019/01/02 13:50:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190102-OYT8I50008-T.jpg?type=thumbnail

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