往路名物「山登りの5区」とは?

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最初に「山の神」の異名をとった選手は、順天堂大の今井正人。2006年の第82回大会でも、前の選手を抜いてトップに立つ快走をみせた
最初に「山の神」の異名をとった選手は、順天堂大の今井正人。2006年の第82回大会でも、前の選手を抜いてトップに立つ快走をみせた

 往路名物の5区(20・8キロ)は、選手の健康面への配慮などで第93回(2017年)大会から2・4キロ短縮された。

 それでも、小田原中継所から標高874メートルまで16キロ以上の距離を駆け上がって、今度は芦ノ湖へ最後の4・5キロを下るという難コースだ。

 日本陸連公認のハーフマラソンのコースは、スタートとフィニッシュの2地点の標高差が1000分の1以内(5区の約21キロに当てはめると約21メートル以内)と決められていることを考えれば、箱根の5区の山登りがいかに過酷なコースであるかがわかる。

 現在の距離になってからの区間最高記録は、95回(19年)の浦野雄平(国学院大)で1時間10分54秒だ。

 ほぼ同じ距離の20・9キロだった81回(05年)には、「元祖・山の神」と言われる今井正人(順天堂大)が11人抜きの1時間09分12秒という驚異的なタイムをたたき出した。

 今井の後で「山の神」と呼ばれた柏原竜二(東洋大)が4年連続区間賞を達成した88回(12年)当時、5区の距離は23キロ以上あった。さらに20メートル長いコースだった91回大会(15年)で柏原の記録を上回った神野大地(青山学院大)も「山の神」の系譜に加わった。

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