[監督の思い]<5>4年間の努力 人生の糧に…駒大 大八木弘明 61

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

おおやぎ・ひろあき 福島県出身。高校卒業後、実業団を経て24歳で駒大へ進み、箱根駅伝では3回の出場で2度の区間賞に輝いた。1995年から駒大の指導にあたり、箱根駅伝では4連覇を含む6度の優勝を達成。
おおやぎ・ひろあき 福島県出身。高校卒業後、実業団を経て24歳で駒大へ進み、箱根駅伝では3回の出場で2度の区間賞に輝いた。1995年から駒大の指導にあたり、箱根駅伝では4連覇を含む6度の優勝を達成。

 私自身、一度は箱根を諦めて就職しましたが、憧れは消えず、駒大を受験しました。目標へ向かって過ごす4年間は何事にも代えがたく、今の子どもたちもそこは変わりません。本番を走れない4年生も出てきますが、彼らには「これが最後じゃない」と次の人生に生かす大切さを伝えます。

 監督として一番悔しかったのは、12位に終わった前々回大会を含めて2度、予選会へ回った時。選手に申し訳ない気持ちでいっぱいで、「お前は本気で取り組んだのか」と自問自答しました。自分の迷いがどこかで影響したのかもしれません。指揮官は、常に選手に自信を持たせてやる必要があると感じました。

 選手は私の前では緊張しがち。サウナが好きなので時々、一緒に入ります。ざっくばらんに話すと、ぽろぽろ本音や悩み事が出てくるものです。

 箱根駅伝が終わると、女房と温泉へ行きます。日頃、迷惑をかけているから「女房孝行」をしないと。行き先ですか? もちろん、箱根ですよ。(おわり)

無断転載禁止
978542 0 読み物 2019/12/31 05:00:00 2019/12/31 05:00:00 2019/12/31 05:00:00 東京マラソン2019。駒大の大八木弘明監督に見守られ、調整練習をする中村匠吾(富士通、左)。数日前に米国高地合宿から帰国して調整に励む中村に、「上げすぎるなよ、楽に走れっ」と駒大の恩師、大八木弘明監督の声が飛んだ。3度目のマラソンを前に、好調をうかがわせるまな弟子に「ようやくマラソンランナーになり始めてきたかな」と笑みがこぼれた。東京・駒大陸上競技場で。2019年2月24日撮影。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/12/20191230-OYT8I50026-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み_東京2020オリンピックパラリンピックキャンペーン

アクセスランキング

 


東京オリンピックパラリンピックオフィシャル新聞パートナー

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
The Japan News
発言小町
OTEKOMACHI
ささっとー
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
YOMIURI BRAND STUDIO
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
挑むKANSAI
読売新聞社からのお知らせ