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コロナ禍でケニアに足止め、試練越え再び駆け出す駿河台大…箱根駅伝への道

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 第97回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝=読売新聞社共催、来年1月)の予選会が10月17日、東京都立川市で開かれる。本大会初出場まであと一歩のところまで来ている駿河台大は今、コロナ禍で見舞われた想定外のトラブルを乗り切り、埼玉県飯能市を練習拠点に予選会突破を期している。(岡田実優)

肌寒い気温の中、30キロ走を行う駿河台大の選手たち(8月16日、福島県北塩原村で)
肌寒い気温の中、30キロ走を行う駿河台大の選手たち(8月16日、福島県北塩原村で)

箱根路を彩った男・徳本一善監督と10年目

 駿河台大駅伝部は、大学開学と同じ1987年の創部以来、本大会の出場経験はない。昨年の予選会は12位と、2017年の23位から躍進したが、選手たちには喜びより悔しさが広がった。夢の舞台に近づいてきた選手たちを11年から指導しているのは、法政大時代に箱根駅伝のスター選手として活躍した徳本一善監督(41)だ。

 徳本監督は箱根駅伝に4年連続で出場し、2年時は1区の区間賞、3年時はエースが集まる「花の2区」で2位の好成績を残した。その後、日清食品でプロ選手として競技人生を歩んだ経験から、「今の自分に何が必要かを自分で考えることができる選手が強くなれる」と考えていた。

 「箱根駅伝に連れていってほしい」。2010年、法政大時代の同級生だった駿河台大陸上部の邑木むらき隆二監督から、駅伝部の監督就任を打診された。しかし、当時の選手のレベルでは箱根路を一から目指す苦労は計り知れなかった。周囲の反対もあり、2度断った。それでも熱心に監督就任を請う駿河台大の姿勢に、覚悟を決めた。

 12年から監督に就任すると同時に、外食大手モンテローザに籍を置いて現役を続ける。マラソンを経験したことがなく、選手たちを自ら引っ張っていける一つの要素にもなると考えたからだ。

サボらず、やる気を出し始めた選手たち

 練習のコースをあえて間違えてサボる、隠れてたばこを吸う、練習後に飲みに行く――。就任当初は、だらしない選手たちを怒る日が続いた。

 3年目に差し掛かった頃、選手たちの行動理由を考えてみた。たどり着いた答えは、「走る目的が違う」ということだった。箱根駅伝出場を目指して走る選手と、楽しむために走る選手。そこを分けなければ、目標に近づけるチームに生まれ変われないと気づいた。

 チームの目標を個人の意識に落とし込むためにどうすればいいかを選手に考えさせた。心理学や組織学を独学し、選手にやる気を持たせ続ける方法を自分も考え続けた。チームの士気を落とすと判断した選手には、退部を勧告したこともある。

 現在の駅伝部をまとめる石山大輝主将(4年)は、「与えられた練習メニューのほかに、選手同士で走ったり、早朝から筋力トレーニングをしたりする選手が増えた」と力を込める。

やり切って立つスタートライン

 福島県北塩原村の桧原湖ひばらこ。8月16日早朝、駅伝部の選手たちは、湖岸の美しい風景には目もくれず30キロの集団走を行っていた。ペースメーカーを買って出る選手や、負荷を増やすためダンベルを持って走る選手の姿に、徳本監督は「今年のチームは強い」と目を細めた。

 新型コロナウイルスの影響で、上半期に予定された大会は軒並み中止となった。選手たちの成長の度合いを測りづらいが、徳本監督は「やることをやるだけ。俺たちはやり切ったと言ってスタートラインに立ちたい」と前を見据える。

帰国不能に任意同行、想定外のアフリカ合宿

ケニア合宿で見舞われたトラブルについて語る徳本監督(8月16日、福島県北塩原村で)
ケニア合宿で見舞われたトラブルについて語る徳本監督(8月16日、福島県北塩原村で)

 今年2月、チームのエース吉里駿選手(4年)や石山大輝主将(同)ら駅伝部の主要メンバー7人は、ケニアで合宿に取り組んでいた。今年で3年目のケニア合宿は、標高2000メートルで現地の選手と約2か月間、寝食をともに過ごす。長距離大国の選手たちにどこまで食らいつけるか。合宿に帯同した徳本一善監督(41)も「高地のアップダウンを走り込めるので、より追い込んだ練習ができる」と期待していたが、今年は帰国直前に思わぬトラブルに遭った。

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、ケニアでも感染者が出たことから、政府はロックダウン(都市の封鎖)の措置を取った。厳戒態勢となり外出禁止に。ナイロビ空港も閉鎖された。

 3月26日の帰国予定を過ぎても状況は変わらず、スワヒリ語や英語で発信されるテレビの情報を頼りに行動していたが、街頭ではアジア人というだけで心ない言葉をかけられることがあった。4月に入り、数人が帰国できるめどが立ち、誰を先に帰国させるかホテルの部屋で話し合っていたところ、「密になる」と通報され、地元警察に任意同行を求められたこともあった。徳本監督も想像を超えるトラブルの連続に頭を抱えた。

「ステイホテル」で筋トレの日々、国内組は帰省自粛

 監督やコーチが対応に追われ、外出もままならない中、ケニアに足止めされた選手たちはホテルで筋力トレーニングやランニングマシンによる練習を行っていた。吉里選手は「毎日予想外のことが起きる中で練習を続けてこられたのは、チームの意識付けがちゃんとできていたからだ」と話す。

 「予選会もないのでは」「怖い、家に帰りたい」。一方、日本に残った選手からは、こんな声も上がっていた。徳本監督はすかさずオンラインによる全体会議を開き、「原則として帰省はさせない」と明言した。帰省した選手が新型コロナに感染するリスクがあり、先行きが見えない中で選手たちをばらばらにすることも最善とは思えなかった。

4月中旬に帰国「コロナで結束強まった」

 ようやく残り全員の航空券を取得できたため、徳本監督や選手たちは4月中旬に帰国した。合宿に参加したメンバーは2週間の自粛の後、5月に選手寮に戻った。徳本監督は「平和にスポーツができることのありがたさを実感した」と振り返る。

 トラブルには見舞われたが、ケニアでの練習は予定の7~8割を消化できた。日本に残った選手たちもオンラインでコーチやマネジャーと連携がとれていたため、練習目標をほぼ達成できていたという。

 本格的な全体練習が再開できたのは6月頃だったが、石山主将は「コロナでの出来事がみんなの結束を強めてくれた」と確信している。徳本監督も「あれだけのことを乗り越えたメンバーなら何があっても大丈夫と思わせてくれた」と語る。過去最強を自負するチームで、予選会に乗り込む。

(9月27、28日の埼玉県版紙面に掲載された記事です)

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1528007 0 読み物 2020/10/07 11:00:00 2020/10/09 09:20:38 肌寒い気温の中30キロ走を走る駿河台大の選手たち(8月16日午前10時46分、福島県北塩原村で)=岡田実優撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201005-OYT8I50047-T.jpg?type=thumbnail

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