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脱・体育会気質でめざす古豪再建…大東文化大の箱根駅伝ロード

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 第97回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝=読売新聞社共催、来年1月)の予選会が10月17日、東京都立川市で開かれる。大東文化大(練習拠点=埼玉県東松山市)は1990、91年の連覇をはじめ、過去4度の箱根駅伝総合優勝を誇る。だが、時代の流れとともにチーム力にも変化が生じ、昨年の予選会はまさかの18位と惨敗した。8年ぶりに本大会出場を逃した名門で、今年4月にコーチから昇格し、再建の重責を担うのがOBでもある馬場周太新監督(38)だ。(吉見光次)

学生時代には逃げ出したこともある合宿所で「今の部員を箱根の舞台で走らせたい」と決意を語る馬場監督(8月16日、東松山市で)
学生時代には逃げ出したこともある合宿所で「今の部員を箱根の舞台で走らせたい」と決意を語る馬場監督(8月16日、東松山市で)

脱走・好走・そして搬送…経験豊富な馬場周太監督

 埼玉県上尾市出身で、小学生の時にテレビで見た箱根の舞台に憧れた。特に山登りの5区を走るランナーの姿にひかれ、「出てみたい」と思うようになった。

 2000年に伊奈学園総合高を卒業し、大東大へ進学。期待に胸を膨らませて東松山市の合宿所(寮)に入居したが、そこで待っていたのは「走ること以外がきつい」という生活だった。

 部屋にはエアコンもなく、1、2年生は約40人の部員の食事作りが課せられた。門限は午後8時。昔ながらの体育会気質で、先輩から1年生へ向けられる視線は厳しく、「常に自由がなかった」と打ち明ける。

 同年5月の大会でメンバー入りしながら、前日に発熱して試合を欠場した。これがきっかけで競技への意欲が薄れ、6月末には合宿所から脱走。大学も休んで、親類が住む新潟へ移った。「夢はなくなったが、解放された」との思いで、久しぶりの自由を味わった。

 01年1月、録画していた箱根駅伝の映像を見ているうちに、心の奥に眠っていた「走れなくてもいいから、やっぱり箱根に関わりたい」との思いがよみがえってきた。叱られるのを覚悟で2月に合宿所へ戻り、当時の監督や部長らに頭を下げて復帰させてもらった。

 新たな気持ちで練習に励んだ結果、03年の本大会は夢だった5区を走り、区間5位と好走。04年は優勝候補に挙げられる中、同じ5区を任されたが途中で脱水症状を起こし、区間最下位の20位と大失速。ゴール後にヘリコプターで病院に運ばれる悔しさも味わった。

 9区を走った05年も含めて、本大会に3度出場した。夢をかなえる原動力となったのは、「逃げ出した7か月の間に陸上の大切さを痛感したからこそ、覚悟を決め、何事にも耐えられた」との思いだった。

選手目線で雰囲気改善

 卒業後はJR東日本で競技を続け、引退後の10年にコーチとして母校に復帰した。ところが、チームはこの年の予選会で11位と振るわず、本大会連続出場は43で途切れた。今はネットで大学の部活動の情報が細かく伝わる。「厳しい体育会気質は敬遠される」と、有望な高校生のスカウトに影響が出ていることを痛感した。

 合宿所に住み込み、選手と近い目線で話し、体調を崩している選手にはすかさず助言を送るなど雰囲気の改善に努めた。伝統校ではあるが、気質は昔と大幅に変えている。すべては、自らも夢舞台と憧れた箱根へ、再び選手を導くためだ。

目覚めた予選会対策、集団走導入

生い茂る稲穂の緑に溶け込むような、グリーンのユニホーム姿で早朝練習を行う大東文化大の選手(8月16日、東松山市で)
生い茂る稲穂の緑に溶け込むような、グリーンのユニホーム姿で早朝練習を行う大東文化大の選手(8月16日、東松山市で)

 8月16日早朝。夜明け前から蒸し暑かったこの日、東松山市葛袋周辺の田園地帯を走る大東文化大陸上競技部員の姿があった。

 約30人が1周約5キロのコースを4周する。スタートからしばらくの間、緑のユニホーム集団は一つに固まり、軽快な走りを見せていた。

 しかし、時間とともに照りつける太陽が選手の体力を奪い、後れをとる選手が出てきた。ゴール後に倒れ込む部員たちを介抱しながら、馬場周太監督(38)は「暑いのによく頑張った」と、ねぎらいの言葉をかけた。

 馬場監督の現役時代も含め、本大会出場が当たり前の強豪校にとって、予選会対策は全く無縁だった。たまに予選会へ回っても調整は選手の意思に任せていたといい、個々の選手の地力で本大会出場を決めていた。

 しかし、馬場監督がコーチに就任した2010年だけでなく、11年も大東大は予選会で敗れたため、考えを改める必要に迫られた。本格的な予選会対策に取り組み、設定タイムや給水の研究、最初の5キロをどのようなペースで入るかといった分析を繰り返した。他大学が導入していた、全体のペースを決めて走る「集団走」を採り入れたのもこの頃だ。

コロナに負けず、心身強化

 監督に昇格後も、今年はさらに新型コロナウイルスの感染拡大という予想外の事態に見舞われた。チームは一時解散を強いられたものの、7月以降の練習で挽回を図っている。

 走りの基本となる体づくりに力を入れ、ウェートトレーニングのほか肩甲骨や股関節を使ったエクササイズを導入した。そして、より重視しているのが精神面の安定だ。馬場監督は「コロナの問題もそうだが、不確実な情報に左右されると自分を見失う。どんな状況でも自分たちがやるべきことをやりたい」との思いで指導にあたっている。

 今年の本大会で関東学生連合のメンバーに選ばれ、8区を走った吉井龍太郎主将(4年)は「馬場監督は、スピードをつける練習と距離を走り込む練習のメリハリをつけてくれた」と語る。部員たちへの配慮にも感謝しているといい、部員の間で話し合って決めた「予選会をトップ通過、本大会でシード権獲得」という目標を達成するため、鍛錬を続けている。

 箱根駅伝までの道のりは、決して楽ではない。それでも、馬場監督は「あの舞台で走るとすべての苦しみが報われる感じがした」と振り返る。その上で、「今の部員を夢の舞台で、のびのびと走らせてあげたい」。それが指導者としての責務であり、OBとして大学への恩返しにもなると信じている。

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1531581 0 読み物 2020/10/09 11:00:00 2020/10/09 09:15:16 学生時代には逃げ出したこともある合宿所で「今の部員を箱根の舞台で走らせたい」と決意を語る馬場監督(8月16日午前8時51分、東松山市で)=吉見光次撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201006-OYT8I50018-T.jpg?type=thumbnail

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