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東日本大震災10年、被災地をシリウスで北上【操縦席からの景色】

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 「もうこの経路を何度往復しただろう」

 今年もまた3月11日を迎えます。災害時に取材の最前線に立つわれわれ航空部も、東日本大震災には特別な思いがあります。鮮明なあの日の記憶を心に刻み、復興へと歩む東北を見つめ、徐々に増えていく(あか)りに自分たちが勇気づけられながら、その道程を定点空撮の形でも記録してきました。福島県いわき市小名浜地区から宮城県仙台市にかけての海岸線は何度も飛んだ経路です。

 

 14時46分に地震が発生したあの日、航空部は各基地の部員、機材を総動員して取材にあたりました。東京と当時、大阪にも配備していたジェット機を仙台以北に投入。ヘリの第1陣として羽田から仙台方面にむけて出発したのがメッサーシュミット(ドイツ)製のJA134Y(通称:ベルコウ)でした。今回の動画は当時のベルコウとほぼ同じ経路をたどっています。部員それぞれに震災への思いがありますが、今回はベルコウの乗員の手記の一部を紹介します。(航空部飛行課・大谷典正)

デスクから指示で進路を北に

 宮城沖を震源とした地震は、関東地方へも震度5強の揺れをもたらし、当機は15時15分に羽田空港を離陸し九段会館、新橋など都内を取材していた。取材開始後まもなく、航空部デスクから仙台へ向かうように指示を受ける。お台場や千葉県の東京湾沿岸から、地震の影響と思われる黒煙が上がっている光景を横目に見ながら進路を北に取った。

被害に絶句、機内は無言

 携帯用のテレビに映し出される仙台の津波被害状況を見て、後席の写真部員は絶句している。機内クルー4名は無言だったが「これはただごとではない」と感じ取った。日立市あたりから海岸線に出た。取材時には、窓ガラスのゆがみの影響を避けるため、撮影用の窓を開けて取材を行うのが通常だが、窓を開けると飛行速度にも制限を受けることになる。辺り一面に広がる膨大な取材対象に窓を開けての取材は賢明ではないと判断し、できるだけ速度を落とさずに飛べるよう、取材窓は閉めたまま撮影を継続した。

 北茨城市では逆流する河川を撮影しながら右手に広がる太平洋を注視した。まさかこの目で津波を見てしまうのではないか、この身が決定的瞬間に遭遇するのではないか。報道機関に勤める者でありながら、複雑な心境だった。

 実はこの時点では発生していなかったのだが、この後福島県広野町の手前を飛行中、福島第一原発に決定的なダメージを与えた巨大津波を目の当たりにしてしまう。しかも、津波の発生の場面からだ。

水の中に管制塔、行き先を変更

 途中通過した小名浜港は、津波の影響で海岸線と陸地の区別が全くつかなかった。福島県新地町や宮城県山元町あたりから北側の地域は、航空図の地図情報と全く変わってしまい判別がつかない。以前は何度も離着陸した仙台空港を探したが、上空からはよく目立つ滑走路が2本とも見当たらない。水の中に管制塔だけが孤立していた。エプロンに駐機していたと思われる小型機がおもちゃのようにあたりに転がっている。

 当初目的地として考えていた仙台空港は半分以上が水没し、もはや使用は不可能だ。閖上地区の取材を終えると目的地を変更し最寄りの場外離着陸場へ向かった。(航空部飛行課・千葉啓輔)

 ※)場外離着陸場:航空法第79条ただし書きに基づいて、運航者の申請により国土交通大臣から一時的に航空機の離着陸に使用することが許可された場所。周辺の障害物が離着陸経路に影響しないなど一定の基準を満たすことが要求される。


※360度撮影できるカメラからの映像です。再生ボタンを押し、画面を押して動かすことで全方位の画像を見られます。(お使いのパソコン、スマートフォンの使用条件によっては再生できないこともあります)

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1900974 0 操縦席からの景色 2021/03/10 18:42:00 2021/03/10 23:36:07 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210310-OYT8I50031-T.jpg?type=thumbnail

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