混じり合う現代と古代…古市古墳群(大阪府羽曳野市、藤井寺市)

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寄り集いまつわりつく新時代の現象など、まつわりつくに任せ――――川村二郎「河内幻視行」(1994年)

モザイクのような人家の屋根が、応神天皇陵古墳(中央)を始め古市古墳群に迫る(本社ヘリから)
モザイクのような人家の屋根が、応神天皇陵古墳(中央)を始め古市古墳群に迫る(本社ヘリから)

 聖域と日常を隔てるのは、低い柵だけだ。

落差133メートル 流れるご神体…南紀熊野(和歌山県那智勝浦町など)

  日本武尊やまとたけるのみこと の墓として宮内庁が管理する白鳥陵古墳が、 周濠しゅうごう の向こうに濃緑の起伏を横たえている。小道の反対に目を向ければ、日本のどの都市にもありそうな宅地で、住人が忙しく、洗濯物を干し、庭に水をまいている。

 古市古墳群ではどこへ行っても、密集する人家が古墳のぎりぎりまで迫る光景が見られる。羽曳野市でボランティアガイドを務める細見克さん(81)は「窓を開けたら古墳がある景観こそ地域の宝」と、訪れる人に話す。

 「河内幻視行」を著した川村二郎さんは、大阪市内から乗った電車の車窓に驚いた。〈両側に緑の集塊が、盛り あが って迫るかと思えば遠ざかり、起伏をくり返しながら次々に現れては消えて行く〉。30年前のことだ。宅地化がさらに進んだ今も、近鉄南大阪線の 土師はじ ノ里駅と古市駅の間では、人家の向こうに次々と大古墳が現れ、目が離せない。

 古墳が宅地に蚕食されるような姿は、文化財の保護という立場からは、危ういものに違いない。だが、変哲のない家並みを抜けると突然周濠が広がり、木々に覆われた丘が視界を塞ぐ光景に、川村さんは夢中になる。そして、超然とした巨大古墳のたたずまいを〈寄り集いまつわりつく新時代の現象など、まつわりつくに任せながら、屈託もなく大地の上に休息している巨獣の姿を連想させる〉と表現した。

 応神天皇をまつる 誉田こんだ 八幡宮は、応神天皇陵古墳(誉田 御廟山ごびょうやま 古墳)と隣り合う。江戸時代には、後円部頂上の六角堂まで参道が続いていた姿が絵図に描かれ、今も境内と古墳の間の石橋が残る。毎年9月15日の秋季大祭では、地元の氏子たちが担ぐみこしが、外側の堤まで渡御する。中盛秀宮司(67)が「天皇陵という聖域の中でおまつりを行っている神社はここだけでしょう」と言うように、地域が古墳と一体で歴史を刻んできた象徴だ。

誉田八幡宮から応神天皇陵古墳への参道に架かる石橋
誉田八幡宮から応神天皇陵古墳への参道に架かる石橋

 柏原市の玉手山公園の展望台から、古墳群が一望できる。応神陵古墳を始め緑の丘が、人家の海に浮かぶ島のよう。時折、電車の乾いた音が響く。現代と古代が混じり合う景色こそ、川村さんがあこがれ心地に酔った〈河内の神髄〉なのだろう。

  川村二郎(かわむら・じろう)
 1928~2008年。文芸評論家、ドイツ文学者。ブロッホ「ウェルギリウスの死」などの翻訳や「内田百閒論」などの評論を手がけ、読売新聞の読書委員も長年務めた。古社を訪ねて「日本廻国記(にほんかいこくき) 一宮巡歴」を著すなど日本文化の古層への関心も強く、「河内幻視行」は大阪の大学で講義を持ったのを機に河内地方の古墳、古社寺、古道を歩いた紀行文だ。

 誉田八幡宮
 ((電)072・956・0635)では毎週土曜午後1~4時、古墳時代の馬具など国宝を収める宝物庫が拝観できる。

 文・清岡央
 写真・中村光一

何げない裏山が文化遺産

古市古墳群の周辺は、東高野街道などの古道が東西南北に通る
古市古墳群の周辺は、東高野街道などの古道が東西南北に通る

 虫捕り網を持った子供が、草の上を駆けていく。古室山古墳は、陵墓に指定されておらず立ち入り自由だ。

 全長約150メートルの前方後円墳に、梅、桜、柿などが木陰を作り、里山の趣だ。後円部に登ると、東南に二上山の双峰が優美な山容を見せ、西に大阪平野が広がる。河内の初夏はのどか過ぎ、立ち去るのが惜しい。「古市古墳群の中で最も早い時期に築かれ、高台のいい場所を真っ先に占めたんです」。案内してくれた、考古学者の西川寿勝さん(57)の解説にうなずく。

  百舌鳥もず ・古市古墳群の49基は、2019年に世界文化遺産に登録された。このうち古市には26基。世界遺産の登録対象にならなかった古墳も多く、歩くと、巨大な前方後円墳から、重苦しさを少しも感じさせない方墳まで、様々な古墳に出会える。

 応神天皇陵古墳を始め宮内庁が陵墓に指定している古墳は、立ち入れずとも、 周濠しゅうごう 沿いに歩くだけで巨大さを実感できる。陵墓が現在の姿に整えられたのは、幕末から明治のこと。以来、人は立ち入れず、様々な樹種が原始林のように茂る。〈めざめたまま見ることを強いられている暗い夢の塊のよう〉と、川村二郎さんが記したそのままだ。

 せめぎ合いの形も様々だ。近鉄 土師はじ ノ里駅前に、一見空き地のような一角がある。わずかな高まりは、 唐櫃山からとやま 古墳の前方部だ。古墳の大半は、戦後の道路開発などで削られた。09年、歩道整備に先立つ発掘調査が行われ、府教育委員会の職員だった西川さんが担当した。「皆さんの生活と文化財保護の折り合いをどうつけるかで悩むのは、都市化した大阪の宿命。最大限努力して残せるものは残してきた」。調査では、 埴輪はにわ き石が出土した。残っている部分は現在、国が史跡に指定している。

 何げない裏山が、文化遺産に。歴史の厚みが、よそ者には、うらやましい。

周濠に水をたたえた白鳥陵古墳。この古墳も住宅街の中にある
周濠に水をたたえた白鳥陵古墳。この古墳も住宅街の中にある

 ●ルート 東京から新幹線で新大阪駅を経由し、天王寺駅まで約3時間。大阪阿部野橋駅から近鉄南大阪線準急で古市駅まで約20分。

 ●問い合わせ 羽曳野市観光協会=(電)072・947・3725 藤井寺市観光協会=(電)072・952・7801(月曜休み)

[味]河内ワイン 「粉もん」と合わせて

 ブドウ栽培が盛んな河内は、ワインの産地としても歴史が古い。羽曳野市駒ヶ谷の「河内ワイン」((電)072・956・0181)は、1934年創業。約1ヘクタールの畑で様々な品種を栽培し、直売施設「河内ワイン館」などで販売している。

「河内ワイン」の工場には、かつてワイン醸造に使われた樽(たる)も展示されている
「河内ワイン」の工場には、かつてワイン醸造に使われた樽(たる)も展示されている

 金銅重行社長(43)は「和食と飲んでもらえるよう、酸味がある飲み飽きしない造りが基本」と話す。金銅社長が「河内の地酒中の地酒」と呼ぶのが、「デラウエア」(1760円)=写真=。ワインだけを飲んでも新鮮なブドウをほおばるようだが、「大阪のソウルフード『粉もん』によく合います。お酒は郷土の料理と合わせてほしい」。

 では、タコ焼きと。素材に寄り添う果実味が、小麦の香ばしさを引き立て、 鰹節かつおぶし の風味と溶け合い、ソースの香味と絡む。風土の懐深さに、心地よく酔える。

ひとこと…都市化と保存 両立

 都市化と遺跡保存の両立は、常に難題だ。百舌鳥・古市古墳群が世界遺産登録される時、ユネスコ諮問機関は、古墳のそばまで迫った宅地が「保護にとって圧力にもサポートにもなりうる」と、肯定を交えた意外な評価を下した。古代と現代が交錯する景観に、いち早く価値を見いだしたのは、川村さんの 慧眼けいがん だった。

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3096895 0 2022/06/26 05:20:00 2022/06/20 10:12:51 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/06/20220616-OYT8I50070-T.jpg?type=thumbnail

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