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    「伊賀越えの仇討ち」慰霊祭

    武士の子孫 釧路に

    • 慰霊祭に参加した守屋さんと、古文書などの資料(7日、釧路市の鳥取神社で)
      慰霊祭に参加した守屋さんと、古文書などの資料(7日、釧路市の鳥取神社で)

     歌舞伎や浄瑠璃の人気演目で知られる江戸・寛永11年(1634年)の「伊賀越えの仇討あだうち」に関わった武士らの慰霊祭が7日、関連の古文書がある釧路市鳥取大通の鳥取神社で行われた。

     仇討ちは、同僚の岡山藩士、河合又五郎に弟を殺された渡辺数馬と、大和郡山藩の剣豪・荒木又右衛門が、伊賀国(現在の三重県)で敵を討った話。又右衛門は後に鳥取藩に迎えられた。「曽我物語」「忠臣蔵」と並び「三大仇討ち」に数えられる。

     鳥取藩士族105戸が明治17年(1884年)から釧路市に移住した際、数馬の子孫が、古文書などと一緒に藩主から賜った黒塗りの小箱を持参。移住から4代目の守屋紀子さん(78)宅に保管されていたが、資料の散逸を防ごうと1955年、鳥取神社に奉納された。

     その後、専門家が古文書を分析したところ仇討ちの記録が見つかったため、鳥取神社では仇討ちが行われた11月7日に慰霊祭を行っている。守屋さんは「歴史を伝える貴重な資料。大切に保存していただいてうれしい」と話していた。

    2018年11月08日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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