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[棋聖戦コラム]河野臨九段「打たれずの大変化」

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 第45期棋聖戦七番勝負第4局。116手目、挑戦者の河野臨九段、長考中。「どうしてなんだろう」と控室ではいぶかる声が多かった。【図1】の白1と切るのが自然、かつ普通だと思われていたからである。黒は2とあてるくらい。白3と伸びられて、Aとつぐのではつらすぎるし、つがないと左辺の一団が死んでしまうし……。「これで優勢じゃないか」と思っていたところでの長考。「何が引っかかっているのだろう」と話していると、「【図2】の黒2とここを伸び出したら」と立会人の羽根直樹九段が言い出した。

第45期棋聖戦七番勝負第4局。緊迫した攻防を繰り広げた井山棋聖(左)と河野九段
第45期棋聖戦七番勝負第4局。緊迫した攻防を繰り広げた井山棋聖(左)と河野九段

図1
図1
図2
図2

 素人はあまり考えない手である。白3、黒4の後、白はAとかけてもBに追っても、単体では大したことが起こりそうにないからだ。ただ、色々と味が悪いのも確か。白1と切られた瞬間、返し技が飛ぶ可能性がある。「何かありそうですね」と、羽根九段は解説の伊田篤史八段らとともに本格的な検討に入った。

 まず「ダメ」なのは、【図2】のBと追いかける手だ。【図3】の白11(黒12は、黒10の下をつぐ)まで下辺を渡った形が「低位」だし、「いろいろ断点が多くて味が悪い」と意見が一致した。例えば白13とかけついだとしたら、黒14の伸びで、最初に切った白1が取られてしまう。白15と動き出しても黒16でおしまいである。

図3
図3
図4
図4
図5
図5

 なので、白は【図4】の5とかける。ただ、白は7とあてた後、9とこちらをつがなければならない。【図5】の白9では、黒10とあてられてしまうからだ。白11と逃げ出しても、黒12と打たれると、ダメ詰まりで白Aと打つことができない。せっかく白1と切った石が取られてしまうのでは、失敗である。

図6
図6

 白が【図4】の9とついだ後の想定図が【図6】。この【図6】が、この後の読みの基本形である。黒はここで1と出て3とつぐ。よく見ると、白の形も方々に節が入っていて気持ち悪いが、4とかけつぐのが「形」である。

図7
図7

 【図7】の白1と固くつぐのでは、黒2~6で困ってしまう。白7と3子と取るしかないが、黒8のアテの後、10の打ち欠きから12と押さえられ、ダメ詰まりで進退不自由になってしまうからだ。黒14に白15と打たないと、下辺は「3目ナカデ」の死。黒は大石が生還できる上に、ビタビタと下辺を決めてしまえるのだから、悪い理由がない。

井山棋聖(左)と河野九段
井山棋聖(左)と河野九段

 ということで、【図6】の白4も、まず必然である。黒5~9は【図7】と同じ筋。3目にして手数を伸ばしたうえで捨てる意図だ。白も10と取るのは仕方がない。黒11に白12も、この1子を取られるとそもそも切った意味がなくなるので当然。ここで「これが筋ですかね」と羽根九段が次の手を示した。

図8
図8

【図8】の黒1が、その一手。白2が最強の応手だが、黒3とはねられると、下辺のダメ詰まりの関係で、白4と3子を取らざるを得ない。そこで黒5と伸び、白6の押さえに黒7とへこむのが、この変化のハイライトなのであった。

 これは一体、どうなっているのか。

図9
図9

 下辺のダメが詰まってしまい、白は【図9】のイの所のコウに負けると、白△の6子が取られてしまうのである。では、そのコウがどうなるかというと――。

 【図10】が結論である。

図10
図10

 あまりにもコウの価値が大きいため、白からA、Bといったコウ立てはもはや効かない。黒、白ともにソバコウがどれだけあるかが勝負だ(黒4、10、16は白1の左にコウ取り、白7、13は白1にコウ取り)。そして、最後に白19と1の所にコウを取ったとき、黒からのコウ立てがない。

 「ギリギリしのいでますね」と、日本棋院の理事として、対局地を訪れていた柳時熏九段。白の切りに対する黒の伸び出しは、「とても味が悪いが、大丈夫なのでは」。検討陣が一応の結論を出した時に、河野九段は【図11】の白1とこちらを切った。

両者とも考え込む場面も
両者とも考え込む場面も

 【図10】の結論まで直線で49手。枝葉の変化を考えると、その10倍は読まなければいけない手があるだろう。「一応、白はこの図で大丈夫なのですが、一手でも間違えると崩壊する危険性がある。河野九段は子細な形勢判断をしたうえで、この図を採用するのをやめたんでしょうね」と柳九段。ちなみに【図11】の黒3までが実戦の進行だが、控室の評価は「白よし」だ。

図11
図11

 【図10】までの検討は、「打たれずの大変化」となったわけだが、ちなみに【図1】の時点では、白から2とコスミ出る手もあり、これまた大難解。河野九段は、それらの図をいくつも検討し、穏当な【図11】を選択したわけである。

 結局、この碁は202手までで河野九段の中押し勝ち。河野九段の判断は正しかったといえる。しかしまあ、タイトル戦に出る棋士が、表面に現れないところで、どれだけの手を読んでいるのか。その一端を見せてくれたのが、「打たれずの大変化」なのだった。

(編集委員 田中聡)

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1876337 0 棋聖戦 2021/03/01 15:00:00 2021/03/01 15:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210226-OYT8I50090-T.jpg?type=thumbnail

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