読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

[観る将が行く]“持ってる”観戦記者は22歳

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 将棋の対局風景として多くの人が思い浮かべるのは、盤を挟んで火花を散らす両対局者と、息を潜めるようにそれを見守る記録係による3人の世界だろう。

 ただ、竜王戦七番勝負の各対局では終局間際、ここに“第4の人物”が加わる。

 後日、対局の模様を紙面でリポートする観戦記者だ。対局開始から感想戦にいたるまで対局者に密着し、ライブ中継では伝えきれない対局中の駆け引きや対局室を包む空気感を文字にして伝える。

仁和寺で開催された竜王戦七番勝負第3局の対局室。ここに終局間際、”第四の人物”が加わる
仁和寺で開催された竜王戦七番勝負第3局の対局室。ここに終局間際、”第四の人物”が加わる

 現在、プロ棋士を中心に8人いる読売新聞の観戦記者の中で、今期から新たにメンバーに加わったのが藤井奈々女流初段(22)だ。京都・仁和寺で開催された第3局を取材していた際、文化部将棋担当のY記者から、「読売新聞の将棋観戦記の未来を背負って立つ逸材です」と紹介された。

 観戦記者になったきっかけは2年前に京都府福知山市で開かれた竜王戦七番勝負第4局。大勢の観衆が詰めかけた大盤解説会で、大先輩の男性棋士相手に物おじせず聞き手を務めた彼女の度胸と頭の回転の速さにY記者が“一目ぼれ”したのだという。

 当時は20歳で女流2級。本人も最初は「新聞の観戦記なんて、ちゃんと読んだことないし、無理です」と断ったが、Y記者はどうしても譲らない。結局、それから約1年にわたり、あの手この手で打診が続き、今年2月に読売新聞朝刊で観戦記デビューを果たした。

 新聞記者には「持っている記者」と呼ばれる者がいる。何の巡り合わせか、やたらと行く先々で大事件や感動的な人間ドラマに出会う記者のことだ。

 私のような「持っていない記者」からすれば、ライターとしての経験も積めるそういうタイプの記者は、うらやましい限りなのだが、この藤井女流初段。観戦記者として、ものすごく「持っている存在」だと感じる。

 まず、朝刊観戦記のデビューは、今をときめく藤井聡太二冠(当時は七段)と畠山鎮八段による竜王戦3組1回戦(記事はこちら)。

 こちらもオファーを受けた時は「めちゃくちゃ注目されるし、自信がないです」と固辞したものの、Y記者の「いざとなったら、僕が全部サポートするから」という言葉で引き受けたという。ところが……。

 対局当日、会場となった関西将棋会館に頼りにしていたY記者の姿はなかった。体調が優れないな、と思って検査をしたら、インフルエンザで陽性反応! 最悪のタイミングで出勤停止となってしまったのだ。

 当日の昼過ぎに「僕は行けません」とY記者からメールを受けた藤井女流初段。「話が違う」と怒ってみても、あとの祭りで代役はいない。新聞解説を務めた池永天志四段に助けてもらいつつ、初対面の藤井二冠には「申し訳ないですが……」と対局後に時間をとってもらい、なんとかデビュー戦を乗り切った。

 朝刊の観戦記第2戦は、竜王戦6組準決勝の星野良生五段(当時は四段)―西山朋佳女流三冠戦だ(記事はこちら)。

 この対局、西山女流三冠が勝てば、女性として初の5組昇級となる注目の一戦であったばかりか、西山女流三冠は藤井女流初段の姉弟子でもあった。

6月11日、第33期竜王戦6組準決勝・西山朋佳女流三冠-星野良生五段戦で観戦記を担当した藤井女流初段(後方中央)
6月11日、第33期竜王戦6組準決勝・西山朋佳女流三冠-星野良生五段戦で観戦記を担当した藤井女流初段(後方中央)

 序盤から苦戦を強いられながらも、最後の最後まで、5時間の持ち時間をほぼフルに使って必死に抵抗した姉弟子の姿を彼女は間近で見守った。

 死力を尽くした激闘の末、西山女流三冠が投了を告げたのは午後11時10分。「いつか最高の舞台で対戦してみたい」と目標にしてきた尊敬する姉弟子に、目に涙を浮かべながら感想戦を取材した。

 「将棋の内容も濃密で、自分が言葉にしていいのだろうか」。そんな葛藤を心に抱えていたという。

 そして、幻となった朝刊の観戦記第3弾が、福島市の吉川屋で行われる予定だった竜王戦七番勝負第4局だ。

11月11日、福島市の吉川屋で行われた「歓迎の夕べ」で急きょ大盤解説の聞き手を務めた藤井女流初段
11月11日、福島市の吉川屋で行われた「歓迎の夕べ」で急きょ大盤解説の聞き手を務めた藤井女流初段

 羽生善治九段の体調不良で、前日に延期が発表されたこの対局。現地入りしていた藤井女流初段も、急きょ、開催された代替イベントで大盤解説の聞き手役を務めた。

 豊島将之竜王を筆頭に、日本将棋連盟の佐藤康光会長もサプライズ出演するなど、関係者が総力を挙げて、取り組んだファンサービス。「人の力ってこういう時に出るんだと思いました。いまこうして将棋が多くの人に愛されているのも一人一人の人としての温かさがあるからなんだと」

 観戦記を担当するようになって、将棋に対する向き合い方はどう変わったのだろうか。

 「今でも自分の置かれている状況が信じられないですけど」と前置きした上で、こう話してくれた。

 「絵の具の色でもパレットに何色もあった方がわくわくしますよね。読者のみなさんに楽しんでいただくためにも、いろんな色を仕入れていきたいなと思うようになりました。私の職業は女流棋士ですけど、私自身は女流棋士だけではない。いろんなことを勉強して人としての幅を広げていきたいんです」

 実は竜王戦七番勝負第4局の観戦記にも、東日本大震災から10年を来年3月に控える「福島の今」を盛り込もうと、福島の歴史や復興の現状を予習して会場入りしていた。観戦記者だからこそできることだと思ったからだ。

 持っている観戦記者であり、持っている棋士、そして持っている人に――。観る将として、その挑戦を応援したくなる存在がまた一人、現れた。(藤)

無断転載・複製を禁じます
1649567 0 竜王戦 2020/11/24 18:59:00 2020/11/24 20:35:46 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201119-OYT8I50008-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)