【俺はググらない】時代によって変わる暴力のスタイル…宗教学者・石川明人准教授

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 11月29日号の「俺はググらない」では、「戦争はどのように起きるの」というテーマで取材をしました。

 宗教学者で戦争と宗教の関わりについての著作もある桃山学院大学の石川明人准教授にお話を聞きました。石川さんの回答は……

宗教と戦争

石川・桃山学院大学准教授
石川・桃山学院大学准教授

 私自身がキリスト教の信者で、宗教学について研究しています。まず、キリスト教と戦争の関係でお話ししますと、2000年の歴史の中で、多くの有名な神学者たちは条件付きで戦争を認めてきているんです。宗教の名において武力行使、暴力を正当化することはこれまで当たり前に行われてきました。

 キリスト教の主流派が「いかなる場合でも戦争はいけない」という平和主義に傾いてきたのは、歴史的に見れば、ごく最近の話です。宗教に限らず、「暴力はとにかくいかん」というのが、ここ数十年の傾向としてあるのではないでしょうか。

暴力のタブー化

 今回いただいている問いは「どのように戦争が起こるか」という話ですが、実は、戦争というのは反対に起こりにくくなっています。人類が定住生活するようになってから1万年ほどがたちます。この1万年の中で、人間の死因の変化を辿(たど)っていった研究があるのですが、この数百年間は急激に暴力による死亡率が減っています。

 これは、16世紀あたりから、世界でしっかりした統治機構を国家が持つようになってきたことが一因としてあげられます。警察や軍隊が整備されることによって、国家による暴力の管理が行われるようになったのです。

 この数十年間というスパンで見ても、暴力に対するモラルは約70年前の太平洋戦争の頃と比べて大きく変わっているのは実感として分かると思います。

 暴力が無条件でタブー化される傾向は今後も強まるでしょう。戦争体験が活字化されたり映像化されたりすることで多くの人に共有され、「自分はこうなりたくない」と思う人が増えたのではないでしょうか。世界人権宣言が1948年に採択されたのち、公民権運動、女性の権利、こどもの権利、LGBT(性的少数者)の権利と、さまざまな立場の人の人権に世界が敏感になってきたという流れも、こうした暴力のタブー化と軌を一にするものではないかと考えられています。

戦争のスタイルの変化

 とは言っても、人間社会から暴力がなくなることはありえないでしょう。暴力、すなわちここでは戦争のことを論じていますが、そのスタイルは時代によって変わっていきます。

 第1次世界大戦、第2次世界大戦では、国民全体を巻き込む「総力戦」が行われました。70年以上、戦争の当事者ではなかった日本では、戦争というとこのスタイルを思い浮かべがちですが、今後はテロや小規模な軍事衝突が中心になるのではないでしょうか。サイバーテロのように、これまで戦場とは思われていなかったものが戦場になるケースもあります。

 次にどんなスタイルで戦争が行われるかを研究・予測することが、必要になってくると思います。これからはミサイルを1発持つよりも、相手国の大統領のスキャンダルの情報の方が大きな武器になるということもあり得ます。

 ただ、今後はますます戦争が起きにくい世界になるのではないでしょうか。世界中の経済の結びつきが強くなり、互いに分業するようになっています。すると、相手を殺して持ち分を奪ってしまうよりも、相手を生かしておいて経済を回していく方が自分の利益になるわけです。

戦争の始まる3要素

 古代ギリシャの歴史家・トゥキュディデスは、戦争の要因として次の三つを挙げました。つまり、「利益」「恐怖」「名誉」の三つです。古典的に挙げられるものですが、究極的にはこの三つにおさまるのではないでしょうか。

 しかし逆に言うと、この三つは、戦争のときだけ出てくるものではないですよね。会社の経営者やスポーツ選手が自分の仕事をこなすときのモチベーションにもなるわけです。そう考えると、戦争というのも平和な世界に生きている人間が考えるほど特殊なものではないのかもしれません。

 ただ、個々の戦争の原因は戦争の数だけあります。結局そこを突き詰めていくと、どこで納得するかという話になります。

 一つ面白いのは、「戦争はなぜ起こるのか?」という問いを大学生に投げかけると、「価値観が違うから」と答える人が多いんですね。しかし、我々はロシア人の音楽やフランス人の小説に感動し、分かり合うことができます。なぜ戦争のときだけ価値観の違いを持ち出すのか、納得いきませんね。

なぜ戦争を許してしまうか

 私たちは、暴力は絶対的な悪だ、許すべからざるものだ、というふうには実は心の底では思っていないのかもしれません。たとえば、子ども向けの正義のヒーローが活躍するアニメなどを見ると、「正義の味方であれば、暴力を用いてもいい」と多くの人は考えていると思います。太宰治の「走れメロス」に出てくるメロスは、邪知暴虐な王を除こうと決意してお城に入り込みます。メロスは見方によってはテロリストとも言えますし、自由と正義を求める闘士とも言えるわけです。

 それから、私たちはどうしても軍事や兵器に対する憧れや興味を抱いてしまいます。それは非日常への憧れでもあり、そうした心理が戦争を許容してしまう面もあると考えられます。

 また、人間の想像力や愛情、他人を思いやる気持ちに限界があることも、戦争を後押ししていると言えます。自分の大切な人が死ぬことは耐えられませんが、敵のことであれば共感力をシャットアウトして思い切りケンカすることができるわけです。

 このような人間や社会の極限的な状況があらわになるという点で、私は個人的に戦争と軍事には大いに興味を抱いています。

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52219 0 お知らせ 2018/12/03 17:00:00 2019/06/06 13:03:25 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181203-OYT8I50089-T.jpg?type=thumbnail

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