【俺はググらない】「まず、全力でやりたいものを探さないといけない」…マンガ家・羽海野チカさん

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 「ハチミツとクローバー」「3月のライオン」で知られるマンガ家・羽海野チカさん。今ヤングアニマルで連載中の「3月のライオン」では全力で将棋に打ち込む高校生プロ棋士を主人公に描いています。彼女の描く「全力」は、ある種の「業」のようなものかもしれません。「3月のライオン」のファンでもある記者が、締め切りを終えて一息ついている羽海野先生の仕事場に伺い、お話を聞きました。

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 お話は「3月のライオン」を描き始めた頃や今後のお仕事の話にまで及びました。でも、まずはこの問いから始めましょう。

 「全力って何ですか?」

全力とは…

(C)羽海野チカ/白泉社
(C)羽海野チカ/白泉社

羽海野 全力かあ。私自身も、私がマンガに描いている将棋の棋士の方たちも、みんながなりたい職業を一生の仕事にしていますね。だから、とりあえずできるだけのことをしないと、と思います。じゃないとスタートラインに立つこともできない、やらざるを得ないものだったんですね。

 全力って何?って問うということは、まずその人が、全力でやりたいものを探さないといけないってことだと思います。全力を出すってことはとっても(つら)いことなんですけど、それでも出さずにはおれないほど、やりたいことを探すしかないんです。全部のことに全力っていうのは、なかなか難しいですから。

 もし、小学生の皆さんがクラスの中の当番などを「全力でやって」って先生から言われたとしたら、自分で楽しみを見つけるといいのではないでしょうか。掃除当番だったら、一番キレイにしちゃうぞ、って思うとか。そうすると、「一番キレイってどういうことか」って考えますよね。他のクラスと違ってお花を飾ってみようとか、黒板消しのチョークを全部落としてみようとか、そういう目標やあこがれがないと全力は難しいですよね。

 全力って一種の病気みたいなもので。途中でやめられないんですよ、ストッパーがないというか。普通、苦痛でストッパーがかかると思うんですけど。このストッパーがついていない人たちが全力を出せるんだなと思って。本人の意思だけで全力を続けるのはムリなので。自分の制作途中の作品に感じる、「なんか気持ち悪い」「ここがおかしい」っていう強迫観念が全力の正体だとは思います。気になって、やらざるを得ないんです。それは決して自分の努力ではないんですよ。ネーム(※マンガの設計図のようなもの)も何度も直すんですけど、気持ち悪くて止められないからなんですよ。「え、なんかつながってないここ」、とか「なんかうそくさい」とか思って。もう眠れないほど気になっちゃうんですよ。だから努力とは違うんですよ

「3月のライオン」単行本2巻に収録された話のネーム。右上の女性の後ろ姿のコマや右下の神社のコマは先に描いたものをコピーしてこの紙に切り貼りしている。切り貼りしたコマの間に、流れを良くするためのコマを新たに描いてある。このような作業を4回ほどくり返し、ネームがようやく完成する。
「3月のライオン」単行本2巻に収録された話のネーム。右上の女性の後ろ姿のコマや右下の神社のコマは先に描いたものをコピーしてこの紙に切り貼りしている。切り貼りしたコマの間に、流れを良くするためのコマを新たに描いてある。このような作業を4回ほどくり返し、ネームがようやく完成する。

――ネームの直し方について、具体的な場面で教えてもらえますか?

羽海野 毎回忘れちゃう。あ、ちょっとその辺にネーム落ちてないかな。(※探しに行く)

 (※持ってくる)こういうのから始めるんですけど、鉛筆で書いてコピーを取って、おかしいところ以外を新しい紙に切って貼って、つないだところを鉛筆で足して、をどんどんくり返すんですよ。これ、「3月のライオン」で棋士の松永さんが出てくるところですね。

――はい、2巻ですね。

羽海野 「つながらない」と思ったら、切り開いてつながるようなエピソードを鉛筆で足して、またコピーとって、ここが「おかしい」って思ったらここにまたエピソード入れて、とかをやっていく。ここもきっと、神社に零ちゃん(※主人公の桐山)が通りかかったら松永さんがお祈りしてた、って最初はやっていたと思うんですけど、それよりも、「あれ、松永さんじゃない?」っていうシーンを入れた方がいい、とか。ちょこちょこちょこちょこやっていくと、だんだん整っていく。整っていくまで続けるんです。

――すごくたくさん推敲(すいこう)されていますが、描いているうちに話が全然違う出口にいっちゃうこととかありますか?

羽海野 たいていそうで、今回はこの話を描こうという「たまっころ」があるとしたら、一生懸命それをもとにお話を作ると、だいたいそのたまっころが入らないで終わるんですよ。不思議だな、と毎回思うんです。描きたいと思うものってエネルギーがありすぎて、複雑な形をしているから、話の中に入らないんですね。ただ、話を作るエネルギーにはなるので。「仕方ない、温存だ」とか思って置いておいて。でもいつか、はまるときがくるのでそれまで取っておく。

「3月のライオン」と全力

――あの、「3月のライオン」のキャラクターって、みんな全力だと思うんですけど

羽海野 ええ。

――特に全力で生きているな、っていうキャラクターっていますか?

羽海野 今ね、全力で生きている男の子を次の単行本の15巻のところで描いていて。これはまだ雑誌にしか載っていないんですけど、彼は全力で生きています。出てきたら応援してください。あづさくん、って言うんですけど、あずさ2号が何回も発車するので、見てもらえると。

――応援します!

「3月のライオン」1巻
「3月のライオン」1巻

羽海野 「3月のライオン」で登場する全部の棋士に作者の「私」が入っているんです。そのとき悩んでいたこととかを、登場している棋士に語ってもらっているので、主人公だけが私の分身じゃないんですよね。実際、棋士の方にも読んでいただいているようなんですが、どうしても私、将棋は分からないんだけど、同じひとつの仕事を続けていく人間として、棋士の方たちと足をそろえられたらな、っていつも思います。

――どの棋士も魅力的ですが、主人公の桐山と新人王を争う山崎順慶が心に残っています。

羽海野 順慶さんね。

――その順慶さんが桐山について語る時、彼らが何度でもがけっぷちから飛び降りていく、というたとえをしていますよね(7巻)。そこが、今回の「全力」とは何か、のヒントになるのではないかと思いました。

羽海野 全力って、あの「がけっぷちから飛び降りるか降りないか」かもしれませんね。このへんでやめておくかってなっちゃうんですよ。怖いから、全力を出すのって。がけっぷちでやっぱりみんな帰りたくなるし、私たちも帰りたくなるんですけど、「行くか!」って言って降りるしかないんですね。で、全力は恐ろしいものなので、恐怖感がまひしている人しか飛び降りられないんだろうな、って思います。たぶん人気のあるマンガ家さんはそこのところがわかんなくなってどんどんやっちゃって、辛くてもあんまりわかんないみたいな感じなのかなと思います。

――逆に順慶さんはその恐怖感がある人なんですね。

羽海野 そうなんだけど、できうる限りがんばろうって思ったのが順慶さん。やっぱり、気になるものなら全力でできると思うから、気になるものを探さないと。私の場合、絵を描くのが大好きで、幼稚園の前から広告の裏にずっと描いていたと言われたので、きっと止まらないものなんですね。

「ライオン」が始まった頃

――「3月のライオン」はどういう経緯で描くことになったんですか?

羽海野 前の連載「ハチミツとクローバー」(ハチクロ)がヒットした。でも私、一発屋って言われたらどうしようって思って。ハチクロ終わったときに。でも「二発屋」って言葉はないから、2個目は手堅くがんばろうって思って。取材しないと描けないような難しいマンガを描いて、皆さんからの信用を得ないとダメだって。難しい話を描ければ、ヒットしなくても、ちゃんとしたマンガ家さんだって思ってもらえるだろうって思って、全くわからない将棋に挑戦しました。

――将棋を選んだのはなぜですか?

羽海野 担当さんに言われて。いろんな会社の方から「連載やりませんか?」ってお声がけいただいたんですが、他の会社の方は「ハチクロみたいなのをまた」って言ってて。今のヤングアニマルの担当さんだけが、「ボクシングか将棋描きませんか」って。…ん?って思って、「詳しく聞かせてください!」って言ったら、担当さんが、「ボクシングは好き」「将棋は自分が大学のときにやってた」って話を聞いて。でもこれで手堅く1個やれば、信用を得られて、「ハチクロで描いた恋愛以外も描ける、一発屋じゃないって思ってもらえるかも」って。3冊くらい難しいのを描こうって。でもやってみたら、桐山くんとかひなちゃんが好きになってしまって、どんどん一生懸命になってしまって。

 最初は、ひなちゃん(※登場人物の川本ひなた。主人公の桐山が出入りしている和菓子屋の3人娘の次女)の設定が全然違ったんですよ。ひなちゃんが本当は、すごく病気がちな子の予定で、桐山君が将棋の対戦でお金をどんどん稼いで、手術費とか入院費にしてあげたいとしゃかりきになっちゃう、っていう予定だったんです。

――そうだったんですか!

羽海野 実家が和菓子屋という設定も後からついたな。元々は日本舞踊のおうちの子だったんですよ。踊りの道場を継がなきゃいけないんだけど体が弱い、みたいな子のはずだったんですけど、それだと悲壮感が強すぎて。人の命を握って動かす話は、命をオモチャにしてしまうシーンが絶対に出てきちゃうからダメだと思って。がんばってる女の子3人と関わっていく男の子にしようと。で、和菓子屋さんの娘さんたちにしました。

 立ち上げのときはそれで、もうちょっと悲しい話のはずだったんですけど、元気な女の子たちを男の子が助けてあげて、逆に助けてもらう話にしようと。その方が希望があると思って。なんか悲しい話にすると、「悲しさのインフレ」がいつか起こるから、どんどん女の子を不幸にしていかなきゃいけなくなる。でもそれって最後、私が命を商売に使うことになる。それは良くないと思ったので。

 あと、女の子がピンチになるとき、女の子が1人だと私、かわいそうになっちゃう。3姉妹に分けて、大変なんだけど助け合っている3人をさらに助けている男の子の話にしようと思ったら、大変さはあるんだけど、姉妹でまず支え合っていれば読む人は辛くないだろうなって思って。それをさらに俺が、って(桐山が)支えれば、みんな応援してくれるはずって思って。

――いじめにあったひなちゃんが「私は間違っていない」と言ったとき、桐山が、「ひとはこんなにも時が過ぎた後で全く違う方向から嵐のように救われる事がある」って言ってた(5巻)のを思い出しました。双方向の「助ける・助けられる」があります。

羽海野 どっちか一方を助ける、どっちかだけ一方的にもらう、という話じゃないようにしないとって。もっと、これからお互い本当に助け合ってるんだっていうのを、愛情ってもらうだけじゃダメなんだって。あげてもらうじゃなきゃダメなんだって描こうと思っています。

 (3姉妹の祖父で和菓子屋の)相米二じいさんに、1回言語化してもらったんですけど、「おまえのことも俺の孫は助けてやれると思う」って(11巻)。「うちの孫は明るくて元気だから、おまえのこともうちの孫は助けられる」って言ってもらったんだけど、読んだ人が誰もあそこに気がついていないから、「もうちょっとおじいちゃん、コマを使って言って」って思っていました。明るくがんばってるだけで人を助けられるじゃないですか。実際に何かをしてもらったということじゃなくても、ひなちゃんが前向きでがんばってる姿を見るだけで、桐山くんはきっとすごく助けられてるだろうなあ、って思って。そこをこれから描く予定です。

羽海野チカのこれから

――今後はどんなふうにお仕事を。

羽海野 デビューが遅かったから、描けるとしたら連載は三つだな、って思っていました。1個目はハチクロで、2個目は3冊くらいで短くして、次にもう一回、魔法少女ものか、恋愛ものでまた長いので三つ描いてちょうど定年くらいかなって思ってたんですけど、2個目の「3月のライオン」が長くなったので、3個目がなくなりそう。

担当 3個目、描けます!

羽海野 とにかく今は、「3月のライオン」を最後まで一生懸命描けば、終わってから10年、20年と読んでもらえるかもしれないと思って、がんばっています。

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614427 0 お知らせ 2019/05/31 18:37:00 2019/06/25 13:16:13 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/05/20190531-OYT8I50051-T.jpg?type=thumbnail

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