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前編は こちら
将棋の素人の記者が、文化部記者や将棋ソフトの開発者に聞いた「藤井三冠はどうして強いのか」問題。さらに多くの棋士の声を集めるのにうってつけのチャンスがやってきました。

竜王戦に行ってみよう!
10月8、9日に東京・渋谷のセルリアンタワー能楽堂で行われた竜王戦七番勝負の第1局。「以前は東京でタイトル戦があるときにはたくさんの棋士が控室に詰めかけたものだけど、今はコロナ禍だからさびしいものです」と棋士の方は言っていましたが、それでも大盤解説や立会人を務める棋士が何人も集まる場です。
KODOMO新聞の素人記者も7日の前夜祭、8日、9日と会場をうろうろして棋士の先生にお話をうかがうことにしました。
前夜祭のある7日、控室に入り、主催者の日本将棋連盟の職員の方とごあいさつ。
職員 「 藤井三冠は、相手の攻めを受けて立つ将棋。業界では『面倒見の良い将棋』と言います。不利な局面になっても、罠をいくつも仕掛けておくので、簡単には勝たせてくれないところもあります 」
間近でずっと見ているだけあって、勉強になります。
文化部の吉田記者はずっとばたばた原稿を書いたり取材をしたり写真を撮ったりと忙しそうでしたが、控室でもじもじしている記者を見かねて、そばにいた佐藤康光・日本将棋連盟会長を紹介してくれました。
佐藤 「 強くなるスピードが速いですね。1局1局指すたびに強くなっている。課題を把握して取り入れる力がすごいと思いますよ。藤井三冠は戦国武将で言えば織田信長。天下統一に向けてばく進しています。対する豊島竜王は、下積みが長く苦労人という意味では、豊臣秀吉や徳川家康に近いタイプだと思います 」
しばらくすると、豊島竜王と藤井三冠が控室に入ってきました。ほかの記者たちと一緒に2人それぞれを囲んで取材することに。藤井三冠について聞かれた豊島竜王は、
豊島 「 中終盤の精度が高くなっています 」
テレビカメラや録音機を構えた大の大人が6、7人、せまい和室でみな立ったまま、豊島竜王のしずかな声を聞いています。それ自体、ちょっと異様な光景です。記者は思いきって、豊島竜王に質問してみました。
「藤井三冠を戦国武将にたとえると誰だと思いますか?」
これはその場で思いついたわけではなく、今回の取材でなるべく全員に聞こうと思っていた質問でした。藤井三冠のすごさをイメージするのに、戦国武将のタイプで聞くのが一番伝わるのではないかと思ったのですが…。
豊島竜王は大変こまった顔になって、「 それはちょっと… 」と回答が出ませんでした。藤井三冠ご本人にも同じ質問をぶつけましたが、頭を傾けて沈黙してしまい、やはり答えは出ませんでした。
「やっちまったな……」
対局前の両対局者に変なことに頭を使わせてしまい、消え入りそうな気持ちになりましたが、消え入っている場合ではありません。気持ちを切り替えて、会場にいた棋士をつかまえます。
まずは副立会人を務める松尾歩八段。前夜祭の会場に入ろうとしていたところで声をかけました。
松尾 「 読むスピードが速く、正確です。二度対局しましたが、難しい場面でも鋭い手でリードを奪われて押しきられました。ミスが少ないのも特徴だと思います 」
松尾八段にも藤井三冠は戦国武将にたとえると誰か聞いてみると、こんなことをおっしゃっていました。
松尾 「 我々はプレーヤーなので、技術を認めつつも戦っていかないといけない。相手を戦国武将だと誰だと言って、『強い強い』と思いすぎるのは、自分にとってプラスにははたらかない 」
もっともなお話です。この質問、失敗だったかな…。勝負の世界に身を置く棋士の気持ちになれば、そんなふざけた質問できないだろう、と叱られそうです。しかし、同時代に強いライバルを持った棋士の矜持がかいまみえるようにも思いました。
同時代の棋士たちが藤井三冠をどう思っているのか。前夜祭でも、それを示す言葉が出てきました。立会人の中村修九段から、こんな話が出たのです。
中村 「 藤井三冠はこれからも強くなる。10代後半から25くらいまでは、まだまだ強くなるんです。すでに彼は1番くらいに強い。でもこれから必ず強くなることが分かっているから、『今勝負にならないと置いていかれる』と棋士たちはみんな思っているんです 」
前夜祭が終わった後に中村九段をつかまえました。
中村 「 終盤が明らかにほかの棋士より優れている。同じ手を指しても、彼とほかの棋士では見えている景色が違うんだろうね。同世代やちょっと上の先輩の棋士たちは本当に大変ですよ。今ついていかないと藤井三冠に勝てなくなる。藤井三冠に勝てるのはこれから出てくる人、となりかねない。だからみんなマジメだし、必死だよね 」
藤井三冠が勝ち進む裏で、悔しい思いをしている棋士もたくさんいます。勝負の世界には、それぞれの視点から見たドラマが毎日生まれ続けています。

そして、いよいよ対局1日目。
対局の解説への登壇をひかえ、スマホで棋譜を見ながら盤に向かう三枚堂達也七段に声をかけたところ、にこやかに対応してくださいました。
2013年にプロ入りした三枚堂七段は、プロ入り当初からAIを使った研究を取り入れていたといいます。2013年ごろはちょうど、AIがプロ棋士に勝ったことが話題になった頃と一致します。
三枚堂 「 AIは、人間では考えつかないような指し手を指します。そうした手を指すAIを、自分の対局での際の参考に使っている棋士が多いと思います。みんながAIを使うことで、最善手を考える効率化が進んでいて、自分がプロ入りしたころより全体的にレベルアップしている印象があります 」
三枚堂七段は4年前、プロ入りから29連勝が途絶えてまもなくの藤井三冠に2つめの「黒星」をつけた相手でもあります。当時と今の藤井三冠はどう映っているのでしょうか?
三枚堂 「 当時は、藤井三冠側の知識量は今ほどではなかったと思うのですが、高い対応力で勝ちを重ねていました。(勝ったのは)自分が得意とする早指しの勝負だったというのも大きかったと思います。盤上の最善を尽くすという印象で、早指しのなかでも考えていなかった手を指されたのが記憶に残っています 」
最近の対局については、
三枚堂 「 その後の持ち時間が長い対局では、ずっと盤の前にいて盤を見ている姿が印象的でした。長時間の対局でも集中力を切らさないのがすごい。豊島竜王は序中盤がきめ細かく、精度の高さで上回っていました。今期は藤井さんが序盤の力を付けてきたという印象です 」
と話していました。

お次に聞いた貞升南女流二段からは、少し違う角度での話が聞けました。
貞升 「 藤井三冠は、小学生の頃から有名で、離れた東京にいた私も『すごい子がいる』と耳にしたくらいでした。師匠の杉本八段が、いろいろな人と指せるように機会を作っていたと聞きます。師匠の存在も大きいですよね 」。
師匠のあたたかさが伝わりました。
検討室に行ってみると、かわいいイチゴ柄ワンピースに身を包んだ竹部さゆり女流四段のお姿が!対局者のお二人を戸惑わせた「戦国武将」の質問をしてみると、
竹部 「 藤井三冠も豊島竜王も戦い方が苛烈で、おふたりとも愛知県出身の信長感がありますね。華やかさを自らだそうとしていなくても注目を集める魅力がありますよね。豊島竜王が最後の砦の竜王を守るのか、挑戦者が四冠となるか…。まさに天下分け目の戦いですね! 」
と、わかりやすく解説してくださいました。竹部女流四段からは、初心者と「将棋が分かる子」向けの楽しみ方のアドバイスもいただいたので、10月21日号のKODOMO新聞紙面でぜひお読み下さいね。
対局2日目。
午後2時頃に会場を訪れましたが、まだ戦いは中盤戦。控室で松尾八段に聞くと、「豊島竜王がやや優勢です」と教えてくれました。
今日も大盤解説のため控室にいる棋士に、とにかく声をかけます。まずは鈴木大介九段。
鈴木 「 努力を続けている方だと思います。将棋AIとのつきあい方、勉強法を何らかの形で効率化したのでしょう。棋士どうしでどんな勉強をしているかを相談することもしないので、どのように効率化をはかったのかは分かりません。ただ、たとえば野球のピッチャーが短期間で変化球を覚えるように、短期間で成長している、ということから、そのように考えられるということです 」
そのまま同じテーブルにいた山田久美女流四段へ。
山田 「 29連勝しているときは、角がわりを得意にしているイメージだったけれど、今は相懸かりも自分から指しています。得意ではないものを克服し、他の棋士と同じかそれ以上のレベルに持って行ってしまう、そういう努力を惜しまない人だと見ています。通常、そういう新しいことを取り入れるのはとても大変なこと。棋士は常に対局が差し迫っていますから、そこに研究途上のものを出すのはこわいです。自分が得意な戦法に持ち込もうと考える人の方が多いのではないかな 」
自分の得意ではない戦法をプロになってから克服することがいかにすごいか、とてもわかりやすく教えてくれました。さらに同じテーブルをたどって、今度は高見泰地七段。
高見 「 集中力やモチベーションが高いところがすごい。1回勝負なら分かりませんが、続けて勝つのは大変です。それほど集中力を維持している。ふつう、タイトルを1個とったら達成感がありますよね?しかし藤井三冠の場合は、自分が強くなることが目標ですから、タイトル獲得も関係なく、持続して強くなっています。『勝ちたい』よりも『強くなりたい』という気持ちが強いから、称号や栄光に左右されない。なかなかできることではないと思います。 」
対局したときの印象についても教えてくれました。
高見 「 ずっと盤面に食らいついている姿は、棋譜だけ見ていると分からない迫力があります。対局中は相手のことを気にしないようにしようと思ってはいますが、正直、不気味さは感じましたね 」
その不気味さを、豊島竜王も感じているのでしょうか。大盤解説の会場を覗いてみると、ぴくりとも動かない豊島竜王と藤井三冠が大画面に映し出されています。
大盤解説には小学生の姿もちらほら。将棋教室に通っているという小学5年生の男の子に声をかけてみます。「対決を見てて、どこがすごいと思った?」と聞いてみると、かなり間を置いた後、小さな声でこう答えてくれました。
小学生 「 2人ともかっこいい 」
画面をもう一度見てみると、羽織袴をきっちり着た2人が、やはりぴくりとも動かず盤面越しに向かい合っています。

電話取材に答えてくれた藤井三冠の師匠である杉本昌隆八段は、こんな話をしていました。
杉本 「 彼のすごさは、とにかく考えることをいとわないところです。将棋の才能のある子どもは、たいてい早指しで、とにかくどんどん指していくことが多いのですが、彼は小さい頃から才能があったにも関わらず、昔から長考するタイプでした。今でも1局に一度は大長考します。納得するまで考えるんです。その結果、この手が良いとなったらそれがどんなに危ない手でも指す。『安全に勝とう』とか『間違えたらどうしよう』とかいう意識はないんじゃないでしょうか 」
藤井三冠、そしてそのライバルの豊島竜王が、2人とも納得するまでとことん盤面に向き合い、考え続けている。その2羽の大きな鳥のような色彩、たなびく雲のような和服の着こなし、それでいて、2つのいわおのような存在感。盤面に集中しきった2人の様子は、たしかに「 かっこいい 」としか形容できないものでした。
藤井三冠はなぜ強いのか。それを解明することができたわけではありませんし、「 そんなことが分かったら苦労しない 」と先輩記者には言われましたが、「かっこいい」棋士たちのプライドや努力の一端に触れることができたのではないか。そんなことをぼんやりと考えながら、豊島竜王の投了を見つめていました。
結局、戦国武将にたとえると…?
「藤井三冠を戦国武将にたとえると誰?」この質問を20人ほとんどの取材相手に投げてみた結果は、以下の通りです。
織田信長…8票
武田信玄…2票
真田幸村親子…1票
上杉謙信…1票
徳川家康…1票
あとは、「分からない」「そういうのはちょっと」「なし」など。織田信長と藤井三冠、ぱっと見ではイメージが重ならないような気もしますが、「 戦い方が苛烈 」という竹部女流四段の表現が全てを言い尽くしているのかもしれません。
我々は彼の天下統一を見ることになるのか、それとも、筋書き通りにはいかないのか。ますます目が離せません。
