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    中学受験のプロ講師たち「マナビレンジャー」がアドバイスするコーナーです。

    「1月入試」と「午後入試」の功罪…後藤卓也

    志望校選びの「セカンドオピニオン」

     6年生のお子さんがいる読者の皆さんは、もう受験校の選択を終えられていることでしょう。一番大切なのは、自分が選んだ塾と指導してくれた先生、そして自分の判断を信じることですから、今さら皆さんの心を惑わせるようなことを書くつもりはありません。

     ただ、私たちにとっては「常識」に近いことが、保護者の皆さんには「寝耳に水」というケースが多々あります。今回は、この時期の保護者面談でよくある質問を2つ取り上げます。ひょっとするとこれまでにそれぞれの塾で受けてきたアドバイスと若干異なる点もあるかもしれませんので、いわゆる「セカンドオピニオン」として読んでいただければ幸いです。

    1月中の「試し受験」について

    • (画像はイメージ)
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     「進学する意思もないのに、1月中に『試し受験』をする意味があるのでしょうか? 受験する学校に対しても失礼なような気がして…」

     東京・神奈川の中学入試は2月1日が開幕。1月中に埼玉・千葉の学校や、全寮制の学校の「東京入試」を受けるのが、最近では常識となっています。東京・神奈川の受験生だけではありません。栄東の校長先生から伺ったお話ですが、最近は1月19日に入試が開幕する近畿圏の受験生が1月10日の入試目指して大挙して押しかけ、前日の夜には、近隣のホテルが受験生親子ですべて満室になるそうです。先生方も入試当日は集合時刻が早く、学校の近くに宿泊するのが慣例だったのですが、今では仕方なくネットカフェで一夜を過ごしているそうです。

     一昔前は、1月に入試を実施する学校はほんの数校だったため、大半の受験生は2月1日が「ぶっつけ本番」になります。1日の夜には「子どもが『緊張して全然できなかった』と泣いているのですが…」という親からの電話対応に忙殺されていましたが、今はその類の電話は1本もかかってきません。多くの学校がその日のうちに合格発表を行うからでしょうが、やはり、試験会場の独特な雰囲気を体験しておくことの意義は無視できません。近畿圏からの「1泊2日受験ツアー」が大盛況なのは、1月19日以前に受験できる近畿圏の学校がほとんどないからでしょう。

    初めての合格通知と人生初の挫折

     「進学する可能性のある学校を1月に受験する場合、あらかじめ子どもを連れて見学させておくべきでしょうか」という質問もよく受けますが、その必要はありません。そんな暇があったら、勉強させてください。説明会に参加しても校舎見学をしても、子どもたちには「その学校が自分に向いているかどうか」を客観的に判断することなどできません。パンフレットをみせて、その学校の一番いいところを話してあげる。または「塾の先生が、この学校はすごくあなたに向いているって言っていたわよ」といえば、それで充分。

     生まれて初めての受験。何百人もの塾関係者が塾生の激励をしている中を通り抜けて、ようやく試験会場の教室に入る。不安と緊張のなかで試験を受け、そして初めて手にした合格通知。これほどうれしいものはありません。「生まれて初めてもらったラブレター」みたいなものでしょうか。「ちょっと遠いけれど、もし2月の受験で失敗したら、この学校に進学する」と言い出すケースは少なくありません。

     逆に「人生初の挫折を経験」、すなわち1月校で不合格になった場合でも、本番まではまだ時間があります。落ち込んでいる我が子のケアや受験作戦の変更に関しては塾の先生に任せ、「たくさん失敗したほうが『経験値』が上がって、本番で成功することが多いって、先生が言っていたわよ」と笑顔で接してあげましょう。

    大盛況の午後入試

     「午後入試」という言葉自体、首都圏・近畿圏の小学6年生の保護者ぐらいしか知らない「業界用語」。「1日に午前・午後と2回も受験するなんて、ありえな~い」というのが、ごく自然なリアクションでしょう。20年ほど前に午後入試が初登場したころは、「そこまでして受験生を集めたいのか?」というネガティブな反応が大半でした。ところがいまでは、中学受験における新たな「常識」として定着してします。

     東京・神奈川では2月1日~3日(近畿圏では1月19日~21日)に入試日程が集中しています。かつては1~3日が「前半戦」、4~6日が「後半戦」と呼ばれ、前半戦で苦杯をなめた受験生が、学校数も募集定員も少ない後半戦に最後の望みを託して、実質倍率10倍(実質倍率200倍超という驚異的な記録もありました)などという厳しい試練に挑んでいました。それは首都圏の国私立中学すべてをあわせた定員数を受験者数が上回っていたからです。男子は定員数/受験者数が約0.75、女子は約0.9。つまり、男子は4人に1人、女子は10人に1人が、どこにも合格できない時代があったのです。

     いまは中学受験の受け皿が拡大し、少子化やリーマン・ショックなどの影響で受験者数が減ったことで、競争率が緩和されたため、よほど強気な受験作戦をたてない限り、前半戦で合格通知を手にすることができます。つまり後半戦まで受験者は残っていない。だから午後受験で受験生を集め、早めに入学者を確保しようという流れが生まれました。

    試験を受け続けるほうが、悩む暇がなくていい?

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     「午後入試を受けさせると、疲れが残って、翌日の入試に悪影響が出ることはありませんか?」

     いまは2月1日から3日まで、びっしり午後入試が設定されています。つまり3日間で6回受験できる。「早く合格通知を手にしたい」という思いはみな同じです。我々塾教師の負担もかなり軽減されました。かつては2月6日までビジネスホテルに泊り込み、早朝激励と合格発表で学校を駆けずり回っていたのが、最近は3日か4日から授業に復帰し、交替で休みをとっています。

     たしかに、期間が短くなったという意味では、負担は軽減されました。しかし、3日までは午前、午後ともに入試激励に行く。試験回数が多いので、合格発表の確認も大変です。午前、午後両方の結果によって、電話やメールで翌日の受験校の確認と激励をする。つまり仕事量が減ったわけではなく、3日間に凝縮されただけなのです。

     本当に大変なのは、連日午前、午後と入試を受け続ける受験生です。でも彼らはこれまで、朝から学校、夕方から塾で勉強。日曜は朝からテストで、夜遅くまで特訓などという日々を過ごしてきたのです。

     午前中で試験を終えて帰宅しても、その日の試験の出来が気になって、インターネットの解答速報で自己採点をしたりする。「できた」と思えば気が緩むし、「できなかった」ときは不安ばかりが募る。翌日の受験校の過去問に取り組むとしても、昼過ぎから夜までやり続け、合格最低点を超えた、超えないで一喜一憂していたら、神経がすり減るだけでしょう。むしろ午前、午後と試験を受け、帰宅後はゆっくり夕飯を食べ、過去問の見直しをしているうちに疲れて眠ってしまったという方が、落ち着いて翌日の試験に臨める場合が少なくありません。

     子どもたちの身体は、親が思っているよりもずっと丈夫です。しかし子どもたちの心は、それほどタフではありません。体の疲れは食事と睡眠で回復できるので、心理的な負担を軽減することを優先しましょう。

     そのためには、1日午後のA校が不合格なら、自動的に2日の午前は同じA校、合格したら志望順位の高いB校というように、あらかじめしっかりと作戦を立てて、作戦通りに動くことです。不合格だったのに、「でもやっぱりB校を受けたいと息子が言うんですが…」などと親子で悩み始めると、あまりよい結果にはつながりません。

     また、できるだけ同じ学校を複数回受験する作戦を立てることです。複数回受験に対する優遇措置をとる学校も少なくないし、同じ学校を受け続ける場合は、移動手段も教室の雰囲気も入試問題の様式も同じなので、リラックスして受験することができます。

    「受験してよかった」と思う受験をさせるための最大の秘訣とは

     連日の午前、午後受験で一番気がかりなのは、実は受験生のママたちの身体的、心理的な負担です。試験が終わるまで控室で待ち続けるのは、試験を受けている受験生よりもずっと体にこたえるし、夜遅くまでインターネットの合格発表を待ち続ける心理的な負担もあります。だからパパはもちろん、兄姉や親戚、近所のママ友など、頼れるところはできるだけ頼りましょう。もしママが家でおいしい料理を作り、笑顔で「おかえり」と出迎えてあげることができれば、受験生の心の疲れを癒やす最良の手段になります。

     1月受験も午後受験も、受験機会が増えて、いろいろな作戦を立てることができるという点では、ありがたいことです。しかし、受験機会が増えれば、挫折(不合格)を経験する機会も増えます。選択肢が増えれば、それだけ「迷う」機会も増えるのです。

     「夢」(第一志望)と「リスク」(併願校)の天秤のあいだで、悩み、迷うのは、受験生の親であれば当然です。それはすべて親の務めと受け止めて、1月入試が終わった時点で最終的な作戦を確定する。そして受験期間中は毎日「いってらっしゃい」「おかえり」と笑顔で接し、絶対に我が子を責めないと決意する。その覚悟ができたなら、すべての受験が終わったとき、進学校の制服採寸をするとき、入学式を迎えたとき、もしくは新天地での学校生活に慣れたときに、きっと「苦しかったけど、やっぱり受験してよかった」とつぶやく我が子の笑顔を見ることができるはずです。そのときまで、「ママの笑顔が、心の一番の栄養」だということを心に刻んで、頑張ってください。

    2018年12月19日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    
    プロフィル
    後藤卓也  (ごとう・たくや
    啓明舎塾長。1959年愛知県生まれ。東京大学教育学部博士課程修了。84年の啓明舎設立当初から時間講師として勤務。2年間の西ベルリン(当時)留学経験の後、再び啓明舎へ。94年から塾長。主な著書に『大人のための「超」計算トレーニング』『大人のための「超」計算 正しく速くカッコよく解く!』 (すばる舎)、『小学生が解けて大人が解けない算数』 (dZero社)、『大人もハマる算数 』(すばる舎)、『秘伝の算数』(全3冊、東京出版)、『新しい教養のための理科』(全4冊、誠文堂新光社)など。
     
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