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    スクールデイズ

    演技の喜び 開眼の文化祭…木下ほうかさん

    聞き手・横山航

    俳優

    • 木下ほうかさん(西孝高撮影)
      木下ほうかさん(西孝高撮影)

     大阪府大東市で生まれ育ちました。幼い頃の性格は、大阪弁で言うと「いちびり」。調子に乗りやすい目立ちたがりで、授業中にギャグを言って注目されるのが心地よく、学校は楽しくて一日も休みませんでした。

     小学生時代から芸能界に憧れ、青春ドラマを見て長髪にしたり、パンタロンをはいたりしました。中学生になると映画館に通い始め、東映ヤクザ映画の影響で髪形はパンチパーマにそり込みでした。アニメやアイドルにも興味があり、とにかくテレビと映画が大好きでしたね。

     それに拍車がかかったのは高校時代です。自分の監督、主演で8ミリ映画を撮るようになりました。当時は高さ20メートルの橋から飛び降りたり、廃車を燃やしたりと怖いもの知らず。ただ、周りも喜ばせようとしたので協力者が大勢いました。当時培った人づき合いのコツは、俳優になった今も役立っています。

     高校2年の文化祭で、全校生徒を前に舞台「野菊の墓」の主役を務めました。観客がすすり泣くほどの出来で、いつも怒られていた生徒指導の女性教師が、僕の手を握って「こんな取りえがあったのね」と褒めてくれました。ただの目立ちたがり屋でも、人を感動させることができる。役者を目指そうと強く思った出来事でした。

     同じ高2の時、井筒和幸監督の映画「ガキ帝国」のオーディションに受かりました。僕を含め不良役が数人いて、セリフがあるのは一人だけ。だから台本をコンクリートにこすりつけ、頑張って読み込んだように見せかけました。姑息こそくな作戦ですが、そのためかセリフがもらえたのだから工夫は大事。完成した作品で、スクリーンの向こう側にいる自分を見て幸せでした。

     大阪芸術大で舞台芸術を学び、卒業後に吉本興業に入って役者人生が始まりました。今まで諦めずにやれたのは、高校時代の経験で演技に「生きがい」を感じたから。普通はいろんな苦労の後で知る喜びを先に知ってしまい、やめられなかった。恵まれていたんでしょうね。

    プロフィル
    きのした・ほうか
     1964年生まれ。クセのある役柄で知られる個性派俳優で、映画「岸和田少年愚連隊」(96年)をはじめ、映画やテレビドラマで活躍している。ACジャパン「骨髄バンク支援キャンペーン」のCMに起用され、今月公開の映画「空飛ぶタイヤ」、7月スタートのTBSドラマ「チア☆ダン」にも出演。

    (2018年6月14日付読売新聞朝刊掲載)

    2018年06月18日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun