文字サイズ
    学校、受験など教育に関する掘り下げた記事をタイトルごとに掲載します。
    スクールデイズ

    小学校でアイドル結成…ビビる大木さん

    聞き手・小田倉陽平

    お笑いタレント

    • ビビる大木さん(萩本朋子撮影)
      ビビる大木さん(萩本朋子撮影)

     小学生の頃から授業中に騒いだり、先生のものまねをしたりしていました。通知表では「授業中うるさい」と苦言が書かれるくらいでした。お笑い界への憧れはその頃から。TBS系「8時だョ!全員集合」やフジテレビ系「オレたちひょうきん族」などを見て、「将来、こんなふうに人を笑わせたいな」と思っていました。

     アイドルグループ「おニャン子クラブ」が小学5年生の時にブームで、「あっちが猫なら俺たちは犬にしよう」と男子数人と「おワン子クラブ」を結成しました。放課後の教室で女子の前で人気曲の替え歌を披露したり、サイン入りのバッジを投げたりしました。メンバー選抜やコンサートの日程調整などプロデュースもしました。女子が「次はいつ?」と言ってくれ、楽しかったですね。

     高校でもお調子者は相変わらずでした。授業中に隣のクラスが盛り上がっていると悔しかったです。逆に俺が授業中に先生に茶々を入れて騒いで、隣のクラスから「盛り上がっていたね」と言われるとすごくうれしかったです。先生にとっては本当に面倒な生徒だったと思います。

     「楽しくスポーツをしたい」と思い、高校2年生で軟式野球同好会を作りましたが、硬式から流れてくる選手もいて、結果、補欠になり、次第に「足が痛い」とうそをついて休むようになりました。女子からは「大木、自分で部活作ったのに補欠らしい」と陰口を言われました。しがない青春ですよ。

     進路相談では先生に「将来はお笑いをやりたい」と言いましたが、先生から親に「現実的じゃない」と連絡がありました。それでも思いは変わらず、卒業後、テレビの仕事を学ぶ専門学校に進学。そこで、お笑い芸人を目指す若者を追うドキュメンタリー番組に出たことがデビューのきっかけになりました。

     授業などで盛り上げてみんなが笑ってくれた経験や、テレビなどのお笑いで嫌なことが吹き飛んだ思い出は根底にあります。これからも多くの人を笑顔にしていきたいです。

    プロフィル
    びびる・おおき
     1974年、埼玉県生まれ。95年にコンビ「ビビる」を結成し、デビュー。2002年にコンビ解散後、ビビる大木として活動。日本テレビ系「PON!」など、多数のレギュラー番組を持つ。野球やプロレスの観戦、幕末の名所巡りなど趣味も多い。

    (2018年9月20日付読売新聞朝刊掲載)

    2018年09月24日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun