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[恩師のコトバ]君たちはもう大人の階段を歩んでるんだよ…一個人として誇らしく

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神田伯山さん 37 講談師

かんだ・はくざん 1983年、東京都生まれ。本名は古舘克彦。2007年、神田松鯉に入門し、神田松之丞。12年に二ツ目、20年2月に真打ちに昇進し、六代目神田伯山を襲名した。動画投稿サイト「ユーチューブ」のチャンネル「神田伯山ティービィー」が、第57回ギャラクシー賞のテレビ部門フロンティア賞を受賞。CD「極めつき! 講談大全集」や、著書「神田松之丞 講談入門」、「講談えほん」シリーズなどがある。
かんだ・はくざん 1983年、東京都生まれ。本名は古舘克彦。2007年、神田松鯉に入門し、神田松之丞。12年に二ツ目、20年2月に真打ちに昇進し、六代目神田伯山を襲名した。動画投稿サイト「ユーチューブ」のチャンネル「神田伯山ティービィー」が、第57回ギャラクシー賞のテレビ部門フロンティア賞を受賞。CD「極めつき! 講談大全集」や、著書「神田松之丞 講談入門」、「講談えほん」シリーズなどがある。

 母方の実家がある東京・池袋が地元で、家から歩いて5分ほどの豊島区立池袋第三小学校に通いました。3年生の時の担任が石川理絵先生です。20歳代ではつらつとされていて、人気がありました。

 当時の僕は、人気漫画「スラムダンク」に影響を受け、バスケットボールに夢中。休み時間や放課後に友達と学校で練習していました。みんな仲が良く、活気があるクラスで、毎日、学校が楽しくて仕方がなかったです。4年生に進級する際に、石川先生がまた担任だとわかった時は、みんなで喜び合いました。

 4年生のある日、石川先生が言った言葉が印象に残っています。「9歳と10歳は全然違う。2桁の年齢になるんだから、君たちはもう大人の階段を歩んでるんだよ」と。

 石川先生は親しみがあり、甘えさせてもくれるのですが、「教師と生徒」という関係性や距離感を常にしっかり保っていました。子供扱いではなく、一個人として接してくれる先生の言葉がなんだか誇らしくて、「よし頑張ろう」と背伸びしていましたね。

 その頃、突然、父が亡くなったんです。石川先生とクラスメートがたくさん葬儀に来てくれました。

 子供って、学校と家・家族で、世界や顔を分けていて、僕もそうでした。家族の世界で、父を亡くし、すごくショックを受けた自分がいる一方で、学校の世界では、快活な少年の自分もいて。別世界だったのに、葬儀で石川先生とクラスメートを見た瞬間に、家・家族の世界と学校の世界が一つになった。「父が死んだという世界、現実からは逃げられないんだ」と実感したんでしょうね。自分でも信じられないぐらい泣きじゃくったのをよく覚えています。

 普段明るい僕が号泣したので、クラスメートはかなり動揺したはずです。僕自身も学校で見せない姿を見られたという思いもあって。次の日、そわそわしながら登校しましたが、石川先生もクラスメートも今までとなんら変わりなく迎え入れ、いつものように接してくれました。きっと石川先生がクラスメートに何かお話をしてくれたからだと思います。

 みんなの態度や雰囲気次第では、もっと落ち込みをこじらせていたかもしれません。優しさと温かさに満ちていて、今思い出すと、とても感謝ですね。これは、何とも言い表しがたいのですが、自分にとってとても大きな出来事です。

 とにかく明るく元気だった3年生、落ち込みつつも父の死を受け入れようと、大人への一歩を踏み出した4年生――。石川先生には、そんな多感で、僕の人生にとって濃密な2年間を指導してもらいました。

        ◎

 数年前から「講談をもっと多くの方に知ってもらいたい」と、本業以外の様々な仕事に挑戦してきました。忙しくて精神的に疲弊していた時期も正直ありましたが、昨年のコロナ禍で寄席や他の仕事もストップしたことで余裕ができ、「講談に真摯しんしに取り組む」という基本に立ち戻れた気がしています。

 「禍福はあざなえる縄のごとし」。師匠は500近く持ちネタがありますが、私はまだ150ほど。今つらい時期にこそ、師匠から学び、ネタを蓄え、お客様が久しぶりに聴きに来られた時に「成長したな」と思ってもらえるような講談ができるよう精進します。(聞き手・江原桂都)

自分コントロールできる子…石川理絵さん 54 当時・東京都豊島区立池袋第三小学校教諭

 今の「ふるちゃん(伯山さん)」を知ったのは、彼が同級生と出演していたテレビ番組をたまたま見かけた昨年5月でした。当時と変わらない顔立ちですぐわかり、講談師として活躍していることに大変驚きました。

 14年間の教員生活で、彼がいたクラスは強く印象に残っています。みんなやんちゃで、元気いっぱいでした。

 彼は、感情的になったりせずに自分の気持ちをコントロールできる子だったという印象があります。一方で、写真を撮るときはおちゃめなポーズや表情を決めるなど、ひょうきんな面もありました。

 講談への情熱をもち、真剣に努力し、また周りから愛されるふるちゃんは、9~10歳の姿からは全く想像できないくらいすてきな大人になっていました。

 これからも自分らしく歩み、日本の文化を継承するという大きな使命をしっかり果たしていってほしいです。お互いに頑張っていきましょう。

    ◇

 「恩師のコトバ」では、著名人の思い出に残る恩師の一言を取り上げます。随時掲載です。

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使い方
2015969 0 教育 2021/04/28 05:00:00 2021/06/10 09:55:16 小学校時代の思い出を語る神田伯山さん(16日、東京都千代田区で)=奥西義和撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210427-OYT8I50109-T.jpg?type=thumbnail

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