先生のコトバ 「このままでいいのか?」

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タレント・副島淳さん(34) × 恩師・落合幸一郎さん(52)(当時・千葉県浦安市立美浜中教諭)

容姿を受け入れ「武器」に

副島淳さん(吉川綾美撮影)
副島淳さん(吉川綾美撮影)

 「クルクルパーマ」「外国人」

 小学4年で転校した千葉県浦安市立の小学校で、周りとは違う肌の色や縮れ毛を指摘されるようになりました。鬼ごっこをすると、ずっと鬼でみんなを追いかけ回すだけ。上履きや教科書を隠されたこともあります。友達が怖くなって、一人でいることが多くなりました。

 父はアメリカ人ですが、会ったことはありません。小学2年の時に母が日本人男性と結婚して妹も生まれたのですが、1年ほどで離婚。小学4年の頃、別れた父方の祖母が困窮する僕たちの様子を見かねて浦安に呼び寄せてくれました。でも、転校した小学校に居場所はありませんでした。「どうすれば仲良くできるのかな」と考えながらもできるだけ存在感を消して人とは距離を置き、休み時間も教室の隅っこにいました。

 学校に行きたくなくて、家では母に当たりました。「何で産んだんだ」「どうしてオレだけこんな肌の色なんだ」と。人と違う容姿は克服できない。どうすればいいか分かりませんでした。

副島淳さん(吉川綾美撮影)
副島淳さん(吉川綾美撮影)

 地元の市立美浜中学校に進学してバスケットボール部に入ってから、学校に居場所ができるようになりました。入学当初は身長も1メートル57しかなく、バスケは初心者。地区大会1、2回戦で負けるのが当たり前の弱小チームでしたが、遊びの延長で楽しかった。

 ところが中学2年の時、落合幸一郎先生が顧問になってから状況は一変しました。先輩が引退した中2の夏から、練習が急に本格的になりました。

 先生は容赦なく厳しかった。まずは体力づくり。ダッシュを繰り返し、吐くほど走りました。腕立て伏せや腹筋もどれほどやったか分かりません。反発する度胸もなく、ただ先生が怖くて言われるがまま練習をしていました。

 秋頃、練習試合で県内屈指の強豪校と対戦しました。得点は相手が100点以上に対して、僕たちは1桁。歴然とした力の差がありました。

 試合後、落合先生は部員たちに「何で負けたと思う?」と問いかけました。「スピード」「シュート力」と一人ずつ挙げていくと、何もかもが足りない。その時、冷静に言われたんです。「このままでいいのか? 今が変わるチャンスだぞ」。うまくなりたい、強くなりたい。先生についていけば変われると思いました。

 その頃、グンと身長が伸びて1メートル80ほどになりました。チームで一番背が高かったので、ポジションはゴール付近で相手と競り合うセンター。先生から「チームの柱になれ」と言い聞かされ、マンツーマンの特訓を受けました。線が細く、競り合うと力負けしてしまうので、先生が体当たりしてきたところでシュートを打つ練習を繰り返しました。筋力をつけるために重い縄跳びも黙々と飛びました。手を抜くと、「副島!」とげきが飛びました。僕が一番叱られたと思います。中2の終わり頃には練習の成果が表れ、県代表にも選ばれました。

 ある練習試合で、チームの動きがかみ合わずに負けそうになって、「パス、早く」「こっちだろ」と他のメンバーのせいにしたことがありました。試合後、鬼の形相の落合先生が腕組みして待っていました。

 「お前の気持ちはチーム全体に影響する。試合を投げ出すような態度を絶対に見せるな。大黒柱なんだから。下向くな。ダメならダメなりにやりきれ」

 バスケはチームワークが大事なのにテングになって、感情を抑えられなかった。自分を恥じました。

 こうしてバスケが上達するにつれ、ハンデだと思っていた自分の容姿も「武器」と思えるようになりました。容姿をいじられても笑いで返すのです。縮れ毛を指摘されたら、「理科の実験で爆発に巻き込まれちゃってね」。「お前、黒いな」と言われても、「ごめん、ヒサロ(日焼けサロン)で寝過ぎちゃって」という具合に。弱点だった外見を「いいな」と思える自分に変わっていきました。

 落合先生と出会い、僕の人生は変わりました。元々、家計を支えるために、中学卒業後は就職しようと考えていたのですが、バスケの推薦で大学まで進学できました。小学生の頃、自分の存在が受け入れられず、人と話すことすら苦手だった僕が今、芸能界でリポーターや俳優をやっています。

 今もコンプレックスはあるし、自信もありません。でも落合先生が、仲間と協力することの楽しさや、諦めずに食らいつくことの大切さを教えてくれました。

 今の目標は、芸能界の仕事をやり続けること。皆を喜ばせたり楽しませたりして、人を幸せにできる人間になりたいです。

そえじま・じゅん タレント、俳優。1984年、東京都生まれ。東京成徳大卒業後、モデルや俳優として活動し、2017年からNHKの情報番組「あさイチ」のリポーター。身長は1メートル95で、アフロヘアを含めると2メートルを超える。

恩師・落合さんから 得意なバスケで成長の機会

今は別の中学でバスケ部を指導する落合幸一郎さん(萩本朋子撮影)
今は別の中学でバスケ部を指導する落合幸一郎さん(萩本朋子撮影)

 出会った頃は線が細く、腕立て伏せが2回しかできないほど力もありませんでした。でも、1メートル80近くあり、左利きでシュートフォームがきれい。何よりも素直で努力家。鍛えたら面白いと直感的に思いました。

 副島は美浜中バスケ部の「顔」でした。中学2年の終わりに県代表に選抜されたことは、バスケでの高校進学にもつながり、大きな転機になったと思います。

 私が赴任する前、学校は彼を選抜に推薦していませんでした。理由を尋ねると、「授業中に私語があり、落ち着きがないので」との答え。「生活態度の改善が先」という理屈ですが、「逆じゃないか」と思いました。得意なバスケでチャンスを与えれば、人間として成長できるはずだと考えていました。

 テレビに出るようになってから、いじめにあっていたと知りました。明るい印象が強かったのですが、振り返れば、出会った頃は周囲にあわせて、「明るく振る舞っていた」のかもしれないですね。その後、バスケで自信がつき、本来の明るさになったのだと思います。

 周囲を楽しませ、なぜか応援したくなるのが彼の魅力です。テレビや映画で活躍を見ていますが、素直で誠実な雰囲気は、中学生の頃と変わりません。どんなに有名になっても「副島らしさ」を貫いてほしい。私にとっては、いつまでもかわいい生徒ですから。

■記憶に残る「ひと言」募集

 いじめや挫折、進路に悩んでいた時、先生のひと言に救われたという経験を持つ人は少なくありません。読売新聞は2019年、新しい時代を迎えても大切にしたい「先生のコトバ」を紹介していきます。
 そこで、みなさんの「先生のコトバ」を募集します。記憶に残るひと言を教えてください。記事への感想も歓迎します。住所、氏名、年齢、職業、電話番号、メールアドレスを明記し、〒100・8055 読売新聞東京本社教育部「先生のコトバ」係へ。ファクス(03・3217・9908)、 メール でも受け付けます。

454891 0 その他連載 2019/02/22 05:00:00 2019/02/27 13:08:12 2019/02/27 13:08:12 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190214-OYT8I50012-T.jpg?type=thumbnail

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