先生のコトバ 「悩むのを諦めた時に人は老いる」

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エッセイスト・タレント 小島慶子さん(46) × 恩師・千田耕一さん(87)(当時・学習院女子中高教諭)

中学時代は居場所ない問題児

小島慶子さん(林陽一撮影)
小島慶子さん(林陽一撮影)

 中学時代は暗黒でした。東京都内の公立小学校を卒業してから新宿区にある学習院女子中等科に通い始めました。いわゆるお嬢様学校と思われがちですが、校風は自由で「女らしさ」の押しつけもなく、自立を促す雰囲気は自分にあっていました。

 でも、学校が楽しいと感じたのは高校から。中学ではある意味グレていました。小さい頃から誰かと自然に友達になる経験が少なく、集団のルールになじめませんでした。人との距離の取り方がわからず、クラスでは「変な人」枠。隣の子の教科書に落書きしたり、廊下を歩く子に体当たりしたり。楽しんでくれると思ったのですが、周囲はとっぴな行動が不可解だったのでしょう。友達から避けられていました。

 学校での居場所がなく、先生にも反抗的。始業のあいさつもせずにらみつけたり、授業中に指されても「わかりません」とふてくされたり。問題児でした。

 一方、家庭では、理想を押しつけ、思い通りにしようとする親の過干渉に耐えられなくなってきました。母とは毎日、何時間も言い争いをしていました。拒食や過食を繰り返す摂食障害が始まったのも、この頃です。八方ふさがりで、学校も、親も大嫌い。うつうつとした毎日で、自己嫌悪も強くなっていました。

「悩むのは生きている証拠」

 中学3年のある日の昼下がり。ふらりと校内を歩いていて、フロアの端にある担任教諭の部屋をのぞいたら、公民の千田耕一先生が一人でいました。

小島慶子さん(林陽一撮影)
小島慶子さん(林陽一撮影)

 教科書を使わず、日々のニュースから作った独自のプリントで授業を進める熱心な先生なのですが、時折、冷めた言い回しで皮肉を言うので、生徒は変人扱いしていました。50歳くらいで、俳優のダスティン・ホフマンを少し枯らしたような雰囲気がありました。親しみやすいタイプではないのですが、私は親近感を覚えていました。

 部屋に入り、先生に愚痴っぽく打ち明けました。「友達とうまくいかないんですけど、こういう悩みって何歳くらいになくなりますか」と。先生は「人間はいつになったら老いると思う?」と問い返してきました。

 「60歳くらい」と答えると、「僕くらいの年になっても悩みはなくならない。でも、悩むのは生きている証拠。悩まないということは、考えることも、自分を変えることもやめるということ。悩むのを諦めた時に人は老いるんだよ」と諭されました。

 この言葉を聞いて、楽になりました。友人との関係は円滑じゃないといけない、未熟な自分はダメだと思い込んでいたのですが、生きている限りは悩んでいい、人間関係は面倒くさいのが普通なんだ、と気づかされました。

 「あるべき姿」に縛られていることを、先生は見抜いていたのかもしれません。他者と永続的な関係を築かなければという強迫観念を捨てて、目の前の人と向き合うことが大切と教えてくれた気がしました。

 先生の言葉は哀愁を帯び、実感がにじんでいました。中年期を迎えた先生も、将来や人生の悩みがあったのかもしれません。その言葉は、自尊心を取り戻すきっかけになりました。

特効薬でなく栄養

小島慶子さん(林陽一撮影)
小島慶子さん(林陽一撮影)

 中学の終わりに、高校生になったら青春をエンジョイしようと戦略を立てました。まずはむやみにべらべらとおしゃべりするのを我慢して、友人の話をにこにこと聞き、振る舞いやしぐさは人気のある子のまねをしました。この「無口キャンペーン」を1か月間行うと、友達の評価が変わり、学校でも楽しく過ごせるようになりました。

 5年前からオーストラリアで暮らし、高校2年と中学2年の息子を育てています。幼い頃から、「友達は仲良く遊べない時もある。一緒にいるのがつらい時は離れてもいい」と伝えています。

 先生の言葉って、一発解決してくれる特効薬ではなく、自分の血肉となっていく栄養みたいなもの。多感な時期に聞いた先生の言葉は、折に触れて思い出されます。そして、心のバランスを整えてくれるのです。

 こじま・けいこ 1972年オーストラリア生まれ。学習院大を卒業後、アナウンサーとしてTBS入社。2010年に退社。40歳を過ぎて軽度の発達障害と診断された。近著に「幸せな結婚」(新潮社)。 

 

恩師・千田さんから とんがった個性 周囲の刺激に

千田耕一さん
千田耕一さん

 ダスティン・ホフマンとか変人とか、言いたい放題ですね。でも、小島さんはいい生徒でしたよ。中学3年の時に公民を教えたのですが、強い印象が残っています。教員とも対等に話し、授業中も容赦なく発言していました。黙ってノートをとっている他の生徒とはちょっと違いました。

 周囲から無視されることもあったかと記憶しています。何でも一生懸命に取り組み、能力も高いのですが、出るくいは打たれるという風潮があったのだと思います。

 でも、自分で考える力を養い、国際社会で活躍する女性を送り出したいと考えていた私は、他の生徒へのいい刺激になると思っていました。生徒を同じ色に染める教育こそ問題と感じていましたから。

 小島さんが部屋にひょこっと来たときのことは覚えています。本人のクラスでの状況はわかっていましたが、励ます意図があったわけではなく、1人の人間として対等に話したつもりです。私も当時、自分の時間をとれなくて悩んでいた。公民は、政治や経済の動きを日々追うことが重要です。もっと自ら勉強し、教材を開発したかったのです。

 とんがった個性はどこでもぶつかります。小島さんは今、自分の個性を発揮できる仕事をしていてうらやましい。誰に臆することなく、どこまでも走ってほしいと願っています。

記憶に残る「ひと言」募集

 いじめや挫折、進路に悩んでいた時、先生のひと言に救われたという経験を持つ人は少なくありません。読売新聞は2019年、新しい時代を迎えても大切にしたい「先生のコトバ」を紹介していきます。
 そこで、みなさんの「先生のコトバ」を募集します。記憶に残るひと言を教えてください。記事への感想も歓迎します。住所、氏名、年齢、職業、電話番号、メールアドレスを明記し、〒100・8055読売新聞東京本社教育部「先生のコトバ」係へ。ファクス(03・3217・9908)、メールでも受け付けます。

463857 0 その他連載 2019/02/28 05:00:00 2019/02/28 05:00:00 2019/02/28 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190225-OYT8I50029-T.jpg?type=thumbnail

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