教育のネット活用、自治体や学校間で格差…フィンランドや米国は子どもの生活状況把握も
新型コロナウイルス感染拡大に伴い、多くの地域で小中学校などの休校が長期化している。文部科学省は情報通信技術(ICT)の活用による学習指導を推進するが、パソコンなどの整備はこれからで、地域差も大きい。子どもたちが安心して学習を継続するために、どんな手だてが有効なのか。海外も含めた先進地の取り組みと現状を取材し、今後の課題を探った。(編集委員 古沢由紀子)
日本では、地域や学校によって、休校中の対応に大きなばらつきが出ているのが現状だ。このまま長期化すると、ICTの活用状況などによって自治体間の差が拡大し、家庭の経済状況などによる学習環境の格差も広がりかねない。
先進校では授業動画の収録
国語辞典の使い方を実演したり、九九を唱えたり…。茨城県つくば市立みどりの学園義務教育学校(小中一貫校)では、新学期も休校となったことを受け、教師たちが授業動画の収録に励んでいる。
「担任教師らが登場すれば、子どもは身近に感じる。対面でなくても分かりやすい題材を工夫している」と毛利靖校長は話す。学校のホームページには「せんせいあのね」というコーナーも設けられ、児童生徒が動画の感想や質問を書き込める。「学校はいつから始まりますか」「友達に会いたい」といった声も寄せられているという。
同市は地元の大学や研究機関の協力を得て、これまでも小中学校の授業でICTを先進的に導入してきた。調べ学習や発表のほか、インターネットで各教科の問題に取り組む教材「つくばチャレンジングスタディ」を運用する。約7万問から個人の習熟度や苦手分野に応じた出題が行われ、教師は学習の進捗を把握できる。
この環境を生かし、同校は休校中も、自宅のパソコンなどでの学習を推奨している。ただ、ネットの通信環境がない家庭もあるため、端末による学習は必須とせず、プリントの課題を補完する役割にとどめている。
「今後、家庭でも使える端末が児童生徒に貸与されれば、さらに効果的な学習ができる。これを教訓に、台風やインフルエンザなどによる休校に備えることも必要だ」と毛利校長は指摘する。
円滑に遠隔学習、実施例は一部
全国的にみると、円滑に遠隔学習に移行しているつくば市のような例は一部にとどまる。
文科省が4月16日正午時点でとりまとめた調査によると、公立小中高校で休校を実施する自治体のうち、「教育委員会が独自に作成した授業動画」を家庭学習で実施するのは10%、「それ以外のデジタル教材」に取り組むのは29%。「同時双方向型のオンライン指導」は5%だった。複数回答で、「実施予定」を含めてこの数字である。
「教科書や紙の教材を活用した家庭学習」は100%だったが、その内容にも自治体や学校によって取り組みに差があるようだ。文科省は20日時点で新学年の教科書を配布しきれていない自治体が5%に上るとして、早急に配布するよう求めた。
4月21日付で文科省が都道府県などに出した通知は、「個別の児童生徒の学習支援・心身の確認状況に自治体間に大きな差がみられる」としたうえで、「休校中の学習の保障」を強調している。
具体的には、教科書に基づく家庭学習を課すことを挙げ、「まずは家庭のパソコンやスマートフォンなども活用して、ICTを積極的に活用すること」を打ち出した。学級担任などには児童生徒の心身の健康状態を電話などで定期的に把握することも求めた。
実際に横浜市などでは、3月から全校での家庭訪問などによる児童生徒の状況確認を励行していた。その一方で、通知を受けて保護者への電話連絡を始めたり、教科書を配布したりする自治体もあった。
それぞれの地域の事情もあるだろうが、自治体や学校の意識が問われる。ICTに関しては、教員が在宅勤務で活用している自治体が23%にとどまるのも、課題ではないか。
パソコン「1人1台」を前倒し
日本の学校のICT教育は諸外国に比べて遅れが指摘されており、政府は児童生徒1人につき1台のパソコンなどの学習用端末を2023年度までに整備する計画だった。20年度はまず、小学5・6年、中学1年の分を配備予定だったが、今回の事態を受けて予定を前倒しし、小中学校の全学年分を配備できる予算を確保した。
公立小中高校などの端末1台あたりの児童生徒数の平均は昨年3月時点で5・4人で、自治体間での差が大きい。
これまでは校内での使用が前提だったが、文科省は今後配備するタブレット端末やノートパソコンを自宅に持ち帰れる態勢を想定している。ネット環境がない家庭に自治体が通信機器を貸し出す費用も補助する。
自治体からは「購入の準備が整わず、早急な配備ができるかどうか」「持ち帰っての使用は管理上ハードルが高い」など戸惑いの声も上がる。学習用端末の選定や手続きなどはこれからで、20年度中に整備が完了するのは厳しい見通しだ。
「教師にも子どもにも学習に使う経験やノウハウが十分にない状態では、端末が導入されても円滑な移行は難しい」と指摘するのは、全国連合小学校長会の喜名朝博会長だ。
特に新年度は未習分野が多く、映像授業だけで理解しづらい面がある。既に1人1台のタブレット端末が全児童生徒に貸与されている渋谷区の担当者も「新しい内容は休校明けの授業で改めて教える必要があり、家庭学習の進め方が難しい」と課題を指摘する。
情報選択する力の育成を
情報教育に詳しい中川一史・放送大学教授は「1人1台の整備が今回の休校対応に間に合わなかったのは残念だ。各校は印刷物も活用し、実態に応じてできることを工夫していくしかない」と指摘。「家庭学習でも端末を使えるようにするのが望ましいが、情報を適切に選択して活用する力の育成が一層重要になる」と訴える。
休校がさらに長びけば、自治体や家庭の学習環境による格差が拡大する。保護者には不安が募っており、塾や民間の通信学習に頼る動きも加速している。
学校の再開時期によっては、長期休暇の短縮や補習では追いつかず、秋入学の導入も検討されている。子どもたちや地域の状況を踏まえつつ、柔軟できめ細かい対応が求められる。
ICT教育、海外では?
海外でも感染拡大防止のため休校措置が広がっている。普段の授業でもICTを積極的に活用しているフィンランド、米国では、遠隔学習に移行しているほか、子どもの生活状況の把握や家庭環境への配慮が重視されている。
取材した限りでは、全ての授業を双方向で実施するわけではなく、一部の内容を教師が在宅で動画に収録している学校が多いようだ。ICTの活用は、教師が日々課題を提示し、子どもとやりとりして学習状況を把握することに主眼が置かれている。
学校と家庭の端末、柔軟に「併用」…フィンランド
「春の兆しを探しましょう」。北欧フィンランドに家族で暮らす医師、森屋淳子さん(44)の長男(9)が通うヘルシンキの小学校では、3年生にこんな課題が出された。近くの林で芽吹いた枝や花の写真を撮り、メールで提出した。
ドリルやテストもあるが、体育でお手玉に挑戦し、算数で台所用品を巻き尺で測るなど、体や手を動かすユニークな課題が多い。「子どもが楽しんで取り組めるようにという先生の思いが伝わる」と森屋さんは話す。担任からはメールのほか、「困っていることはないか」と電話での連絡もあった。
フィンランドでは感染拡大に伴い、3月からICTによる遠隔学習に移行した。低学年の児童は通学も可能だが、希望者は1割以下の学校が多い。学校には希望者に貸し出すパソコンなどが十分に配備されている。現地の事情に詳しい翻訳家・通訳の下村
国際学習到達度調査(PISA)で上位を維持するフィンランドの教育は、子どものウェルビーイング(幸福)を最も重視する。今回の休校でも、学習だけでなく、子どもの家庭の事情や心身を気遣う姿勢を明確にしている。希望者に給食を提供し、持ち帰りも可能にしている地域が多いのは、その表れだという。
ヘルシンキに隣接するエスポー市の小学校のマイヤ・シニサロ校長(54)も「子どもたちの学習を継続させることは私たちの責務だ」と強調する。教師たちは在宅で授業の動画を撮影し、ホームページに掲載する作業などに追われる。自らノートで問題を解く様子を撮影するなど素朴な内容で、生徒には親しみやすいだろう。
教師らはビデオ会議で生徒の情報を共有し、カウンセラーやソーシャルワーカーとも連絡を取って気になる子どもに目配りしている。
ICT一辺倒ではない面も興味深い。ヘルシンキ郊外の公立小中一貫校のイェッセ・サーリネン教諭(31)は毎日2回、ビデオ会議で子どもたちと交流する一方で、あえて紙のノートや教科書を使う課題を多く出している。「読み書きが学習の定着に効果的なことに加え、ゲームも含めて画面ばかり見て過ごす時間を減らしたい。他のことをさせたい」と考えたためだ。最近では、担当する3年生の児童に「外に出て、雨量の測り方を考える課題」を出した。
なお、フィンランド政府は国内の感染状況や子どもの感染リスクが比較的小さいことなどを勘案し、5月中旬にも分散型で学校を再開するという。
困窮家庭のネット環境、成績評価にも配慮…米国
新型コロナウイルス感染拡大により、米国では多くの地域で学年末の5~6月まで休校する見通しだ。近年、生徒1人につき1台の学習用端末の整備が進んでおり、休校中の対応にICTが活用されている。
日系3世のナオミ・オヤドマリ教諭(57)が勤めるカリフォルニア州南部の公立中学高校でも昨年、生徒全員にノートパソコンが配布された。当初、ベテランの教師たちには戸惑いもあったが、「このパソコンがなければ、休校中の学習が円滑に進まなかった」と安堵する。
家庭学習の柱は、ネットによる課題の指示と提出で、動画授業を行うかどうかは、教師の裁量に委ねられる。中学で社会科を教えるオヤドマリ教諭は調べ学習を中心に、生徒が楽しみながら学べる課題を意識して出している。
学区には困窮世帯が多く、ネットの通信環境がない場合などは保護者にプリントを配布する。公平性の観点から、教師はネットの課題を強制できず、提出しなくても成績が下がらないよう配慮することが求められている。
南部フロリダ州のアマンダ・ガイガー教諭(31)が勤務する公立高校でも遠隔学習に移行した。教師は生徒にパソコン操作を指南するビデオを作ったり、メールの質問に答えたりするのに忙しい。ネット環境がない家庭にはプリントを配布していたが、衛生上の配慮から郵送に切り替えたという。
ニューオーリンズの私立中学高校のメラニー・クロブ教諭(49)は週に数回、ビデオ会議システムで生徒たちの顔を見ながら授業をし、ほかの日は宿題のやりとりを中心にしている。この学校では、各家庭に生徒が学習中の写真を撮ることを推奨し、送ってもらった写真を共有する。「精神的な孤立を防ぎ、互いのつながりを確認できる」と効果を感じている。