横山裕さん、焦り・苦しさあったけど「一人で背負わない方がいい」…STOP自殺 #しんどい君へ

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 昨年、自殺した未成年者は777人と4年連続で増加した。学業や友人、家族との不和などに加え、新型コロナウイルスの感染拡大は、若者にも大きな影響を与えている。関ジャニ∞(エイト)の横山裕さんは、義父との関係がうまくいかず、最愛の母を若くして亡くしたが、3兄弟が支え合って暮らしてきた。しんどい思いを抱える若者には「君は決して一人じゃない」とメッセージを送る。

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#しんどい君へ…関ジャニ∞(エイト) 横山裕さん(40)

たくさんの愛情を注いでくれたおかんには感謝しかない
たくさんの愛情を注いでくれたおかんには感謝しかない

おかんと、うまく関われなかった義父にも感謝

 両親が3歳で離婚して、5歳の頃に新しい父親ができました。義父の名字が「横山」です。あまり記憶がないのですが、僕は義父になじめなかったようで、団地の2階上に住む祖父母の家で暮らすようになりました。

 小5の頃に祖父の体調が悪くなって、祖父母、両親、六つ下と八つ下の2人の弟と計7人で一つ屋根の下で暮らすようになりました。でも、やっぱり義父を受け入れられなくて、めちゃくちゃ怒られた時には「本当のお父さんじゃないからや」と、子供ながらに反発心を覚えました。

 中2の頃、おかんがジャニーズ事務所に履歴書を送り、中3からジャニーズに所属することになりました。中学卒業後には実家を出て、建設会社でも働きはじめました。建設現場の仕事は、がれきを片付けたり、足場を組んだりする肉体労働。仲のいい同じ年の子もいて楽しかった。ジャニーズの活動が軌道に乗って辞めることになったけれど、とても居心地のいい職場でした。

 23歳で関ジャニ∞(エイト)としてデビューした後くらいに、おかんががんを患い、義父との仲がぎくしゃくし、最終的に離婚しました。「僕がしっかりしないと弟たちの将来がむちゃくちゃになる」「2人が独り立ちするまで支えなければ」と考えました。次男は高校卒業後に無事に就職。三男は大学進学を希望したので、学費は僕が出しました。

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