発達障害でもがき苦しんだ沖田×華さん、生きづらさ「一生じゃない」…STOP自殺 #しんどい君へ

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 昨年、自殺した未成年者は777人と4年連続で増加し、新型コロナウイルスの感染拡大は、若者の生活にも大きな影響を与えている。生きづらさを感じ、しんどい思いを抱える「君」に、幼少期から発達障害として生きづらさを経験した漫画家の沖田 ×華(ばっか) さんは、「生きづらさは一生続くわけではない」と語りかけます。

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#しんどい君へ…漫画家 沖田×華さん(42)

沖田×華さん
沖田×華さん

一人でもがき苦しみ、「戦場のよう」

 私は小学4年生の時、学習障害、注意欠陥・多動性障害(ADHD)と診断されました。文字は読めても「あ」や「ぬ」が書けず、左右の区別もすぐにつかない。計算はできるのに、学校の算数のテストで問題が理解できなくて、塾でやった算数のテストと同じ答えを書いたこともあります。

 心配した母に連れられ、地元の専門機関で検査を受けたのですが、当時は発達障害に対する社会の理解がまだ少なく、障害があると言われても、どうすればいいのか誰も教えてくれない。ピンときませんでした。

 しかし、実際の学校生活では周りになじめないし、息をしているだけで先生に怒られるような日々でした。集団行動ができず、班で登校する際には自分で決めたルートを通らないと落ち着かないため、だいたい1時間は学校に遅刻。クラスメートに話しかけられても関係ないことを言い出してしまうなど、うまくコミュニケーションが取れなくて、友達が作れませんでした。

 授業も大変でした。聴覚が過敏なため、チョークや鉛筆で文字を書く音、外のスズメの鳴き声などで頭の中がいっぱいになったり、妄想が次々と浮かんできたりして、「聞いていない」と先生に叱られる。宿題もよく忘れて怒られていたのですが、問い詰められて「何かしゃべらなきゃ」と思うと体が固まってしまい、言葉が出てこない。でも先生の目には、ただボーッとしているようにしか映らなくて、「反省していない」と何度も体罰を受けました。

 自分では努力しているつもりでした。つらくて母に訴えてもうまく説明ができず、「あんたが悪いんでしょ」で終わってしまう。「あと数年耐えれば自由になれる」と思って学校に通っていましたが、どうすればいいのか分からず、一人だけ戦場にいて、もがいているような感覚でした。いま振り返っても、当時の自分を納得させてあげられる言葉はないと思います。

逃げ道は漫画

 そんな日々の逃げ道になっていたのは漫画でした。「うしろの百太郎」などのオカルト漫画が好きで、よく現実逃避をしていました。

 中学に進学しても先生に怒られ、体罰を受けることもありました。3年生のときには、アスペルガー症候群だと診断されました。コミュニケーションの難しさや強いこだわりがあると言われても、自分はそういう性格だと思っていて、発達障害だという認識はこれっぽっちもありませんでした。高校はやりたいことがやれて楽しく過ごせたのですが、社会に出てから、絶望を感じる経験をしました。

 親に、「食いっぱぐれない職業」と言われ、高校を卒業後、看護学校を経て看護師になり、病院で働いていたのですが、指示を理解できないし、職場の人間関係も読めなくて不用意なことを言って相手を怒らせ、どんどん仕事がやりづらくなる。「誰も分かってくれない」と追い込まれ、22歳のときに自殺を図りました。

 結果的に助かったことで、目が覚め、あらためて人生を考え直しました。「あとの人生はおまけのようなもの。残りの人生は自分の好きなように生きよう」と決めました。病院を辞めて、その後、漫画家でもある、いまの夫にファンレターを送ったことで交流が始まり、漫画を描くように勧められたのがデビューのきっかけです。

 学校の授業では大変でしたが、次々と考えが浮かんでくる特性は、漫画家に向いていると思います。発達障害だから生きづらいわけではないと思います。人間関係で大変なケースが多いので、すぐに答えは出なくても、どう折り合いをつけるかを考えたほうがいい。昔に比べれば発達障害への理解も進んでいるので、SNSで吐き出したり、同じ悩みを持つ人を見つけたりするのも、一つの手です。

真面目に捉えすぎないで

 発達障害の子の周りにいる人に伝えたいのは、構い過ぎるのはよくないということです。気にはかけてほしいのですが、行動を制限されることが負担になったり、心配がプレッシャーになったりすることもあります。私は症状がひどくなってつらいときは、延々と寝かせてほしい。怠けていると感じるかもしれませんが、休養を許してほしい。

 障害を根本的に治すことが難しいなら、仲良く共存していこうと考えています。いまがすごく楽しいし、やりたいこともたくさんある。40歳を過ぎてからが、一番「死にたくない」と思っています。だから、つらいことがたくさんあっても、真面目に捉えすぎないで。

 しんどさを感じても、絶望を感じても、とりあえず大人になるまで生きてほしい。つらい時は現実逃避をしていい。漫画に逃げてもいい。年を重ねれば、感情や見方は変わります。抱えているつらさも「一生、付き合うわけではない」と気がつけたら、肩の力が抜けるようになるし、「ああいうことがあったから、いまの自分があるんだ」と楽しめる日がきっと来ると思います。

  おきた・ばっか  1979年、富山県魚津市生まれ。2008年にデビューし、18年には産婦人科を舞台にした「透明なゆりかご」で講談社漫画賞少女部門を受賞。NHKでドラマ化もされた。他の代表作に「蜃気楼(しんきろう)家族」(全6巻、幻冬舎)など。自らの発達障害を題材にした作品も多い。

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