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スマホの普及などにより、若者たちの映画やテレビ番組の視聴方法は大きく変わっている。ドラマなどを「イッキ見」することは「ビンジ・ウォッチング」と呼ばれ、視聴者に悪影響を与えかねない、との指摘もある。自殺シーンの描写を避けることなどを求めた世界保健機関(WHO)の指針について、上智大の

――WHOが策定した指針をどう見るか。
まず、WHOが映画、テレビ制作者に向けて策定した「自殺予防の指針」について評価する前に、前提として押さえておくべきことは、テレビなどマスメディアによる表現を、人々は一定程度そのまま受け止める傾向にあるということだ。
この問題を考えるときに参考になるのは、マスメディアの効果研究における「培養理論」と呼ばれるもので、米国のジョージ・ガーブナーらが長年にわたる調査から導き出した理論である。マスメディアの効果研究としては、一定の説得力を持つとされるものだ。暴力的なシーンをテレビで見ると、視聴した人がすぐさま暴力的になるのではなく、そのようなシーンが視聴者に蓄積され、暴力への抵抗感がなくなっていき、当たり前だと思うようになってしまうというものだ。
現在、日本では若者の自殺が増えており、それが報道で伝えられ、さらには映画やテレビ番組などでも世の中に広まっていくと、人々はそのことへの抵抗感が薄まり、情報が蓄積され、いつしか当たり前だと思うようになってしまうかもしれない。映画やテレビなどはフィクションを含めたストーリーで作られるため、例えば、自殺をテーマに取り上げた場合には、見る者には報道よりも強いインパクトで伝わってしまう。「表現の自由」も認められているため、制作者にはそうした強いインパクトを与える作品に挑戦する傾向が出てくることもあるだろう。
WHOはこうした前提をすべて把握した上で、クリエイターたちがもっているものを否定はしないが、自殺予防の指針を策定することで、社会の中には一定の規範、配慮をなくしてはいけないことがあるのだと制作者たちに伝えたものだと言えるだろう。すでに報道機関向けにWHOは自殺報道の指針を策定しており、今回は映画、テレビの制作者に向けて発信した。WHOとしては繰り返しメディアに向けて言うことが重要だと考えたのだろう。
――若者の自殺が増えている。日頃学生と接していて、何か感じることはあるか。
日頃、大学で学生たちと接しており、今の若者の気質に触れることも多い。私たちが学生の頃には、同世代の多くは未来への希望というものを感じていたが、今の学生は私たちの世代とは違う意味での希望を感じているようだ。社会への明るい希望を持ちつつも、努力をしてもそれがそのまま報われないのではないかという冷めた気持ちも持つ。
私の勤務する大学には多くの留学生もいるが、例えば、中国人留学生は、日本の学生に比べると上昇志向が強いように感じる。他方、日本人の学生には、未来に安定的なものを求める傾向にあるように思う。こうした日本の若者たちがいざ社会と向き合ったときに、うまくいかなくなったり、やるせなさを感じたり、ある種の閉塞感を感じたりして、映画やテレビの物語でも同様のことが描かれた時に、それに共鳴し、共振していってしまうかもしれない。
――ビンジ・ウォッチングの影響をどう見るか。
メディアの発達史で見れば、テレビというメディアは、同様の情報が複数のチャンネルから一度に広がり、繰り返されることがその特色であり、その情報が社会の共通認識として蓄積されやすいとされた。今は、個人で見るスマホから、刺激の強いものが、一度に、繰り返し、大量に、個人に向けて発信される状況になっている。
テレビを見ている時は、隣に家族がいたり、友人がいたりして、お互いに感想を言い合ったりして自分を客観視できる環境にあった。それが調整弁になっていた。しかし、スマホでは個人で視聴することになるため、自分を客観的に見ることができなくなってしまっている。映画やドラマなどを一度に、繰り返し、大量に見る「ビンジ・ウォッチング」が可能となり、自分の解釈こそが正しいと思うようになってしまう傾向が生まれている。
WHOは今回、個人がこうしたメディアの環境下に置かれていることも意識して指針を提示しており、そのことにも大きな意義があると考えられる。
ガーブナーが提唱したように、メディアからの情報は蓄積されるもので、これに個人が影響されないためには、メディアからのメッセージを客観的に受け止める力、つまり、メディアリテラシーを育てることが大切だろう。リテラシー教育を進めることが、今後、自殺などの過激なシーンに影響を受けないことにもつながるはずだ。