一生の友と出会い、夢を応援してくれた…聖ドミニコ

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2015年3月卒業

相模原市消防局勤務・救急救命士
朝生(あそう) 真子(まこ)さん

Q1.母校の思い出は?

 私は幼稚園から高校まで聖ドミニコ学園に通いました。そこで過ごした友との時間が何よりも大切な思い出になっています。友だちとは家族よりも一緒に過ごす時間が長く、一緒にいるのが当たり前という感覚でした。友だちに早く会いたくて、毎日ワクワクしながら学園に通っていたものです。卒業してそれぞれ別の道に進んだ今も、しょっちゅう会っています。

 もう一つの大切な思い出は、中高の6年間、私が最も力を注いだバスケットボール部での日々です。勉強より体を動かすほうが好きだった私ですが、高校2年でバスケ部の部長を任され、チームをまとめるのに悩み、泣いたこともありました。そんな苦しかったことも乗り越えた経験が、今の私を形づくっています。聖ドミニコで過ごした15年間には、かけがえのない大切な思い出が詰まっています。

Q2.進路選びや受験の思い出は?

 机に向かって勉強するのが苦手だった私が、自分の進路を考えるようになったのは高校1年生のときでした。家族が倒れ、救急車で運ばれたのがきっかけです。あのとき、何もできなかった自分の無力さが悔しく、救急救命士になりたいと考えるようになりました。自分たちがしてもらったように、患者本人だけでなく、家族など周囲の人たちにも安心感を与えられるような救命士になろう。そう決意して、その分野の知識や技術を学べる大学を目指しました。

 自分の夢が見つかってからは、勉強のスイッチが入り、自ら塾にも通うようになりました。同じ志を抱く仲間と一緒に勉強し、ときには競い合いながら互いに向上することができました。また、試験前には、聖ドミニコの先生方も親身になって相談に乗ってくださいました。小論文と面接の練習もたくさんしていただいたおかげで、私は自信を持って、志望大学の公募推薦入試に臨むことができました。

 大学受験を通して、たとえ勉強が苦手でも、「夢が見つかれば人は努力する」ということを学びました。そして、私の母校である聖ドミニコには、「生徒の夢を応援し、努力をサポートしてくれる」というすばらしい環境がありました。多くの気づきがあった受験期を経て、希望した大学の学部に進学することができ、その後も勉学に励みました。そして、救急救命士の国家資格を取り、この春から神奈川県の相模原市消防局で任務に当たっています。

Q3.母校を目指す受験生へ

 聖ドミニコ学園は穏やかで温かい学校です。この温かさは、先生や生徒一人ひとりが優しく、思いやりがあり、人とのつながりを大切にしているからだと思います。

 小規模な学園で生徒数も少ないので、先生との距離が近いだけでなく、生徒同士の横のつながりはもちろん、学年を超えた縦のつながりも強く、固い絆で結ばれています。私は学園の全員の顔を知っていました。先生方も気さくで質問や相談もしやすく、いつも私たちを温かく見守っていてくださいました。

 私にとって聖ドミニコ学園は、かけがえのない友だちと出会えた場所です。人生の土台を築いてくれたこの学園を卒業したことは、私の誇りです。受験生の皆さんには、ぜひ聖ドミニコで一生の友を見つけ、楽しく充実した6年間を過ごしてもらいたいと願っています。

 聖ドミニコ学園中学高等学校について、さらに詳しく知りたい方はこちら

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847111 0 卒業生だよ 2019/10/16 10:31:00 2019/10/16 10:31:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/10/20191015-OYT8I50054-T.jpg?type=thumbnail

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