【特集】「新書レポート」から将来の自分が見えてくる…横須賀学院
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横須賀学院中学高等学校(神奈川県横須賀市)は、高校への進級時に、将来の進路に関わる新書を1冊選ばせ、内容などをリポートさせている。要約や感想、次に読みたい本などについてのリポートを司書教諭が読み込み、生徒と話し合う中で、将来の進路が見えてくることもあるという。担当の司書教諭と卒業生、現役生に、「新書レポート」の意義を聞いた。
「海の見える図書館」が学習の舞台

同校の立地は東京湾にほど近く、「海の見える図書館」の名で呼ばれる図書館からは大きな窓越しに停泊する外国船や猿島が見える。蔵書は約3万3000冊、雑誌46誌、新聞7紙がそろう。館内には図書検索用パソコン1台とインターネットパソコン7台があり、座席は48席ある。
生徒たちは、この図書館を拠点として2013年から始まった「新書レポート」の課題に取り組んでいる。司書教諭の森美里先生は「小説以外の本を生徒たちに積極的に読ませたい、という狙いから始めました。新書を使うのは、価格帯も手ごろで手に取りやすいからです。
中学3年の春休みに、専用のワークシートが配布され、生徒たちは初めて「新書レポート」の課題に取り組む。高校1年に進級して1学期に提出し、その後も年2回ずつ、長期休みのたびに課題にされる。
この課題に取り組むうえで最初のハードルはどの本を選ぶかだ。新書にはジュニア向けのシリーズもあるが、大人の読者を想定して書かれたものが大半であり、多くの生徒たちは、どんなジャンルがあるのかさえよく分からない。

「そこで私たち司書がアドバイスします。まずは生徒自身が将来の進路を考え、それに沿ったジャンルの新書が選べるように、リストを作って配ります」と森先生は話す。「たとえば、医療系を目指す生徒には医療や看護の分野を、経営や金融に興味がある生徒には経済分野をというふうに。ただ、芸術方面の新書はまだ少ないので、新書以外でも承諾しています」
選んだ本は生徒自身が購入するのが基本だ。どんどんマーカーを引いたり、書き込みをしたりして読み込んでもらいたい考えからだ。
「新書レポート」のワークシートには、新書の内容を要約する欄と、それに対する感想、次に読みたい本について記述する欄がある。「最初はこの欄をすべて埋めるのも難しいでしょう。まずは、いかに著者の視点に立ち、内容を理解していけるかです。そのうえで自分の意見を持って記述してもらいます」と森先生は話す。
一冊の新書との出会いで進路が変わった

卒業生の森下
「最近は次々にリアル書店が閉店していきます。実際に手に取って本を選びたい私にとって、行きつけの地元書店が急に閉店してしまったのもショックでした。このままでは電子書籍ばかりになってしまうと危惧していたところ、ファンを大切にするビジネスを説いたこの本を読み、『私がやりたいのはこれだ』と気付きました」
もともとは社会学に興味を持っていたというが、「いかに書店を存続させるか、本の魅力を伝えるか、ということを将来の仕事にしたい」と明確に思うようになり、指定校推薦で青山学院大学経営学部に進んだ。「『新書レポート』の課題がなければ、大学1年の今の時点でも、将来のビジョンは決められていなかったでしょう」と森下さんは話す。
森下さんは、「新書レポート」の課題を書くことが、指定校推薦の出願書類の作成にも役立ったという。「『新書レポート』のワークシートで将来の進路が定まり、大学で何を学びたいかも言語化できました。面接にも役立ったと思います」

在校生にも、「新書レポート」への取り組みを聞いてみよう。高校2年の町山
「中学生の頃から医師になりたいと思っていて、倫理観をもっと深めたい」と思っていた町山君が、最初に読んだ新書は『七〇歳の絶望』(中島義道著、角川新書)だった。「タイトルにインパクトがある」という理由で同書を手にしたが、「内容は哲学で、要約するのに苦労しました」という。
それでも医師志望という観点を貫いて、2冊目は人の死の定義についての本を読み、3冊目は出生前診断についての本を選んだ。「出生前に何か障害が見つかった時に、中絶するか妊娠を継続するか、それを医師の視点でどう捉えるか、ほんとうに難しい問題です。こうして自分の倫理観に問いかける本をもっと読んでいきたいと思います」
町山君の3回分の「新書レポート」を見比べて森先生は笑顔を見せる。「こんなふうに並べてみると、最初は要約の文字量も少なく字も大きかったのが、回を重ねるごとにびっしりと書き込まれて読解力も上がっているのが分かります。大きな成果ですね」
「新書レポート」をもとに司書教諭と進路を話し合う
既に見てきたように「新書レポート」の課題は、読書習慣を身に付け、読解力や文章作成力をアップするだけでなく、進路指導にも大いに役立っている。リポートする新書について考える中で、生徒は自然と自分の進路に向き合うからだ。
森先生ら司書教諭は、生徒のリポートを丁寧に読んで「次はこれを読むといいよ」と本を薦める。また、「進路に迷いがある生徒、進路を探しきれていない生徒には、リポートに書かれている内容をきっかけにして、どんどん質問します」という。「そのやり取りの中で、生徒たちは自分の進むべき道がはっきり決まっていきます」
司書教諭とのこうしたやり取りを通し、おぼろげだった進路は明確になっていき、不安定だった志望は固まっていくという。
中高生たちが柔らかな感性で、大人たちの問題意識を盛り込んだ新書に立ち向かうとき、おのずと生き方に対する疑問が生まれたり、将来への指針が見えてきたりする。ネット全盛の時代でも本に親しむことは最良のキャリア教育なのかもしれない。
(文:田村幸子 写真:中学受験サポート 一部写真提供:横須賀学院中学高等学校)
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