【特集】全教科で展開するPBL型授業が未来を開く…和洋九段
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和洋九段女子中学校高等学校(東京都千代田区)は、4年前からPBL(Problem Based Learning=問題解決型学習)の手法を授業に導入し、すべての教科で実践している。この手法は、近隣の外国公館や上場企業を訪ねてのキャリア教育、文化祭や修学旅行などの学校行事の運営にも活用され、生徒たちを活気付けているという。この授業を始めとする改革を指揮している中込真校長に話を聞いた。
すべての教科でPBLの授業を実現

同校の源流である和洋裁縫女学院は、女性が手に職を付けて経済的に自立できるようにとの考えから1897年に創立された。「『女性が経済的に自立した暮らしを』という和洋学園の理念は122年たった今でも変わりません。変わったのは、かつての『読み書き
この新しい三つの力の中で、「アクティブラーニングで養う問題解決能力とプレゼンテーション力」を養うために、特に同校が力を入れているのがPBL型授業だ。「本校では5年前にPBL指導の専門家を招き、教職員全員が研修を受けました。そして翌年にはできるところから導入して、やがてすべての教科でPBL型の授業ができるようになりました」
21世紀型教育の必要が叫ばれるなか、PBLに取り組む学校は少なくないが、多くは探究学習などの特別な授業に限られている。同校の特長はPBLを、歴史、家庭科、体育、化学実験など、すべての教科で実現している点にある。

たとえば、歴史の授業では「ヨーロッパで起こったあらゆる時代のあらゆる戦争に共通しているものは何か」というトリガークエスチョン(興味、関心を引き出すきっかけとなる問いかけ)が投げかけられる。生徒たちは話し合って宗教、欲望、プライドなどさまざまな答えを出し、単純な領土争いだけではないということを学ぶ。また、家庭科では「あなたのお父さんが病気にならないためのメニューを考えなさい」というクエスチョンに、ある生徒は太りがちな父親を、またある生徒はお酒を飲みすぎる父親を思い浮かべ、それぞれが意図を持ってメニューを考える。「これという正解はありません。生徒たちがクエスチョンを深く考え、ディスカッションして理解を深めていくことに意味があるのです」
化学を専門とする中込校長も自身、理科のPBL型授業を行った。「試薬を十数種類用意して、『この中から三つ選んで他の人が当てるのに困難な組み合わせを考えなさい』というトリガークエスチョンを出しました。班ごとに試薬を3種類組み合わせて謎の液体を作り、それをお互いに言い当てるゲーム性に富んだ実験です。日頃おとなしい生徒が目をキラキラさせて『あの班には絶対当てさせない』と強い感情を見せて、みんなを驚かせたりしたこともありました。生徒たちが頭をフル回転させている様子が見えて、教師たちもやりがいを感じているようです」
PBL型授業は今や同校の教育にすっかり浸透し、生徒たちからは「もっとやりたい」「次のトリガークエスチョンはなんですか」と意欲的な声が上がるという。もっとも、授業のすべてをPBLに置き換えてしまうと、基礎学力が担保できなくなる懸念もあるそうだ。「欧米などで、すべてをPBLにしても学力水準が保てるのは、大量の宿題をこなしているからです。日本ではなかなかそうはいきません。本校では授業全体の3割は超えないようにしています」
キャリア教育や学校行事にもPBL

同校では、PBLの手法が授業だけでなく、文化祭の実行委員会の話し合いや、校内で携帯電話を使う時のルールなどを決める際にも用いられている。生徒たちが自分たちで問題を設定し、話し合って解決策を決めるので、自主規制が効き、円滑な学校運営に役立っているという。
さらに同校ならではの立地条件がPBLの学びの幅を広げている。「九段下という土地には、徒歩圏内に各国の大使館が点在し、上場企業の本社がいくつもあります。そこで、PBLで培った自己表現力や問題解決能力を生かして、大使館や企業に取材に行かせます」。
キャリア教育の一環として、中学1年では、外国の大使館へ取材に行かせる。アポイントメントを取るところから生徒に任せ、「SDGs(持続可能な開発目標)」をテーマに『あなたの国では、どんな取り組みを行っていますか』などのインタビューをするという。
中学2年では、近隣の企業に出向いて、さまざまなテーマで取材を行う。さらに調査結果についてディスカッションをして意見をまとめてプレゼンテーションする。「たとえば、コンビニエンスストアを運営する会社に、食料の廃棄について尋ねたこともあります。すでに30社以上の会社に協力していただいています」
中学3年で実施するシンガポールへの修学旅行でも、現地の学生たちとディスカッションするテーマを決め、PBLを活用した交流を行うという。
アントレプレナー講座から農業体験先の村おこし提案へ

中込校長が、PBLに続いて導入を決めているのがアントレプレナー講座だ。起業するためのルールに始まり、商品開発、市場調査までを約10時間かけて学ぶ。このカリキュラムを中学3年次に実行することで、高校1年次に行う農業体験とその後の村おこしの提案を豊かなものにしたい考えだ。
この農業体験は、長野県内の限界集落と言われる農村で行われる。民泊して、さまざまな体験をさせてもらったお返しとして、「この地域が再生するには、どうしたらよいか」というトリガークエスチョンについて考え、村おこしのアイデアを提案する。これまでも集客力のある施設作りや特産品を使った料理レシピなどを考えてきたが、アントレプレナー講座で起業の知識を得ることにより、いっそう多様で実現性のある提案ができるようになることを見込んでいる。
PBLを軸にした教育が浸透した結果、「生徒たちの気風が明らかに変わった」と中込校長は語る。さらに2017年に新設されたグローバルコースの存在も、学校全体を活気付けているという。「1クラス20人弱のグローバルクラスの生徒が、とんがったことをやるので、本科のクラスも『負けてられない』と火がつきました。プレゼンスキルでは本科の生徒たちも負けていませんよ」
「PBLは、自己肯定感や自己表現力を養います。和洋九段の生徒たちには、自由に自分の意見が表現できるオープンマインドを身に付けてもらいたいのです。そして、将来、どんな困難な世の中になったとしても、渡っていけるような女性になってもらいたい」
(文:田村幸子 写真:中学受験サポート 一部写真提供:和洋九段女子中学校高等学校)
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