さまざまな個性を伸ばす教育…普連土
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1887年(明治20年)に日本で唯一のキリスト教フレンド派の学校(クエーカー・スクール)として設立され、創立130周年を迎えた普連土学園中学校・高等学校(東京都港区)。今年5月には、教養講座「Friends Fab」のチームが、デンマークで行われた国際的なロボット大会への出場を果たした。同校の教育理念や、Friends Fabの活動内容を取材した。
一人ひとりを大切に

「すべての人は神の前に平等で、一人ひとりが“内なる光(神の種)”をもつ尊い存在である」という人間観を教育基盤としている普連土学園。その必要性が顧みられなかった時代に、女子教育を重視した新渡戸稲造の助言を受け、同学園は設立された。
「新渡戸稲造は留学先のアメリカで女性が男性と対等の立場で活躍するのを目の当たりにし、明治の新しい日本でも、社会で活躍する女性のための最新の教育が必要だと考えたのでしょう」と説明するのは、今年4月に就任した青木直人校長だ。青木校長は、かつて同校で教壇に立っていたことがあり、27年ぶりの“里帰り”となる。
「普連土では生徒のことを『さん』付けで呼ぶのですが、これは神の前では一人ひとりが平等だと考えるキリスト教の深い人間理解から来るものなのです。一部の例外を除き、教室に教壇がないのも、生徒と教師という役割の違いはあるけれど、それは身分の上下ではないのだという考え方に基づいています。神の前での人間の平等、あらゆる伝統、権威からの自由は、フレンド派の姿勢の要です」(青木校長)
内省の時、朝の礼拝

普連土学園の朝は、20分間の礼拝から始まる。週4回は生徒が自分の考えを話したり、ゲストの話を聞いたりする「言葉の礼拝」、水曜日は反対に言葉を使わずに自分と向き合う「沈黙の礼拝」が行われる。後者は黙想を大切にするフレンド派の教えを実践するもので、青木校長によると「卒業生たちに、学園生活でいちばん記憶に残っていることを尋ねると、この沈黙の時間だと答える人がとても多い」そうだ。
SNSをはじめとして安直な言葉の洪水の中で暮らしている若い生徒たちにとって、1日20分であっても、言葉をなくして内面を掘り下げる体験は大きな意味を持つことだろう。
一方、「言葉の礼拝」では、生徒が自分の考えを述べたり、卒業生や国内外のゲストを迎えて話を聞いたりする。特にさまざまな方面で活躍する先輩たちの話は、生徒たちにとって将来を考える、良い機会になっているという。
「本校の生徒はポテンシャルが高く、とりあえずなんでもやってみる、素直に楽しんでみるという生徒が多い。そのためか、卒業生は実に多彩な分野で活躍しています。弁護士や指揮者、ライター、科学者、劇団四季の役者、中にはスキーが好きでスイスに行き、そのままスイスの官公庁で働いている人もいます。多くの卒業生が本当に自分のやりたいことを見つけて活躍していますね」と青木校長。多彩な卒業生の活躍が、生徒たちの視野を広げ、個性を伸ばす原動力になっているようだ。
理系への興味を伸ばす「Friends Fab」

さらに生徒の視野を広げる取り組みとして、2001年度から授業を超えたさまざまな教養講座を実施している。
Friends Fabは、理科の教養講座。中3~高2の希望者を募り、主に「LEGO MINDSTORMS」や、3Dプリンター、マイコンボード「Arduino」などを使って、電子工作・プログラミング・ロボットの製作などを行う。女性の視点から、ロボット分野をはじめとする日本のものづくりを支える人材を育成するのが目的だ。
今年2月には、9~16歳を対象にした国際的なロボット競技会「FIRST LEGO LEAGUE日本大会」が開かれ、Friends Fabは唯一、女子だけのチームとして参加した。ロボット製作と、「動物との共存」というテーマに沿ったプレゼンテーション、活動内容を紹介するブース展示の3項目で採点され、Friends Fabチームは審査員特別賞を受賞。5月にデンマークで開催されたヨーロッパ大会への出場を果たした。
ヨーロッパ大会では、物を回収して壁の向こう側に運ぶロボットが思うように動かず、何度もプログラミングやロボットの微調整を重ねた。また、「日本の里山における猿による被害をどう防げるか」を題材にした英語でのプレゼンテーションでは、質疑応答も通訳なしで行った。入賞こそできなかったが、「さまざまな国の出場者と交流を深めた体験は、かけがえのないものだったようです」と広報部長の池田雄史教諭は語った。
「近年は理系に進む生徒が増え、今年の高3生は半分が理系選択です。女子はチームプレーに向いているので、こうした活動はとても効果を上げていると思います。年間を通じてさまざまな大会があるので、継続的に続けていきたいですね」(池田教諭)
時代のニーズを生み出していける女性に
こうしたFriends Fabなどの教養講座や、卒業生ゲストによる講義によって、「生徒たちは学ぶことの面白さに気づいていく」と青木校長は強調し、こう続ける。「自分の興味・関心の幅を自ら狭めてしまわずに、さまざまな出会いを体験すること。とくに異質なものとの出会いは、自分の世界を広げるチャンスです。学びの一つひとつがさまざまな場面で結びついてくる体験が大切です」。
最後に、どんな人材を育てていきたいか聞くと、こういう答えが返ってきた。
「善意や愛といったものが踏みにじられがちな今の時代に、愛をもって社会に関わっていく女性を育てていきたいですね。時代を後追いするのではなく、時代の価値観を相対化できる柔軟な態度を養ってほしい。そして主体的に時代のニーズ生み出していける大人に育ってほしいと思います」
親子3代にわたって普連土出身という例に加え、3姉妹が在学中という例もある。それだけ通いたくなる、通わせたくなる学校だという証しだろう。そこには、宗教上の教えにとどまらず、生きる上で大切にしなければならない普遍的な教えがあるからではないかと感じた。
(文:石井りえ 一部写真提供:普連土学園中学校・高等学校)