多様性を重んじる校風にたくましさを加えて…啓明学園

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 啓明学園中学校高等学校(東京都昭島市)に、希望の進学を果たした今春の卒業生2人が訪れた。在学中、サッカー部に所属していた2人は、顧問として6年間指導にあたった先生とともに啓明学園での生活について語り合った。

忘れられない先制ゴールの思い出

パイロットを目指して防衛大学校へ進んだ浅見君
パイロットを目指して防衛大学校へ進んだ浅見君
飛行機のエンジニアを目指している田村君
飛行機のエンジニアを目指している田村君

 母校を訪れた卒業生は、防衛大学校に進学した浅見俊弥君と、東京理科大学工学部に進んだ田村拓也君の2人。7月11日、図書館でサッカー部顧問の加藤拓也先生とともに学校生活の思い出などを語り合った。

 浅見君が真っ白な半袖の制服に身を包んでいるのに対し、田村君は黒のラフな半袖Tシャツ姿。対照的な印象を受ける2人だが、ともに在学中の忘れられない思い出として語ったのは、昨年3月に行われた第8地区ユースリーグでの一戦だった。

 相手は強豪校だったが、試合前半、自分たちが先制、さらに追加点を挙げて2対0で折り返した。後半は猛烈な反撃を受け、結果は2対2の引き分けに終わった。

 惜しい結果だったと言えるが、啓明学園サッカー部にとって「それ以上に歴史的な試合だった」と口をそろえた。それまで練習試合を含めても同校が先制することはまれだったし、公式戦で勝利を挙げたこともなかった。「これまで負け続けた悔しさをバネに、たたきつけた先制点がチームを変えた」という。公式戦での初勝利を挙げたのは、その直後の地区予選でのことだった。

 この年、最大の目標としていた都大会進出は逃したが、啓明学園サッカー部は以後、力を蓄えて、昨年11月に第8地区ユースリーグ3部Bブロックで優勝し、2部への昇格を果たした。

 部員たちの努力はもちろんだが、サッカー部が強くなった背景には、加藤先生による部員の意識改革があったという。加藤先生は口癖のように「『啓明だから』はやめようぜ」と部員に言い続けたそうだ。

 2人が中学に入った当時のサッカー部は意識が低く、トレーニングの仕方も不十分、試合に臨む戦略もなく、公式戦も記念参加というムードがあったという。それが公式戦で負けても「啓明だから……」という諦めにつながっていたそうだ。

 顧問に就任した加藤先生は、「そういうことが当たり前であるかのような空気を変えたい」と決心し、クラブチームの指導経験を持つ守屋陽平氏をコーチとして招き、練習環境を整備した。また、あえて強豪校との練習試合を組み、地区のリーグ戦にも参加。「お前たちの代で都大会に行くぞ」と、田村君、浅見君らを中1の時から鼓舞し続けた。

 「すべての活動はサッカーにつながる」というのが加藤先生のモットーだ。学校にいても家にいてもサッカーを基軸にしてすべての物事を考えさせる。試合のハーフタイムにはホワイトボードを渡し、部員自身に試合展開を考えさせた。勉強することもサッカーにつながるという考えから、定期試験の前には、朝の7時30分に部員を集合させて一緒に勉強させているという。

一人一人の個性を重んじる教育

サッカー部顧問の加藤拓也先生
サッカー部顧問の加藤拓也先生

 「すべての活動はサッカーにつながる」という加藤先生のモットーは、技術・戦術という細部ではなく、各選手の「人間性の育成」に重きを置いた教育を意味する。加藤先生はそれを「個を見て指導している」と表現する。その指導精神は、同校の創設者・三井高維(みついたかすみ)が唱えた建学の理念「広い視野のもと、豊かな人間性と独自の見識を持ち、世界を心に入れた人を育てる」にも通じるものだ。

 啓明学園は1940年、帰国子女の教育を目的とする学校として創立された。グローバルな視野で見れば、世界の人々は容貌、体形、肌の色はもちろん、生活習慣も考え方もさまざまだ。そうした多様性を受け入れる精神が同校の教育理念であり、一人一人の個性を重んじる教育となって実践されている。

 浅見君も、啓明学園で3分の1を占めるという帰国生の1人だったという。浅見君は、アメリカで暮らしていた頃も、家庭では日本語で話し、日本人学校にも通っていたので「一般クラス」に編入されていたが、英語だけは帰国生中心の「国際クラス」で授業を受けられた。「アメリカで慣れ親しんだ英語を忘れないように、しっかり勉強できるなと安心しました」と浅見君は振り返る。一人一人の個性に合わせた教育の表れと言えるだろう。

 進路指導についても生徒一人一人の個性に応じた指導を行っている。美容師になりたい生徒や、美術の勉強をしたい生徒には、ふさわしい専門学校などを薦める。大学進学を希望する生徒には、一般受験にこだわらず、指定校制度やAO入試といったさまざまな進学方法をアドバイスしているという。

 多様性や個性を認める学校の精神は、生徒たちも身に付いているのだろう。受験シーズンになっても学校の雰囲気はいつもと変わらないそうだ。田村君は、大学の同級生に、受験直前も運動不足解消のため、「サッカー部の練習に参加していた」と話して驚かれたという。「平和でのどか。今考えれば、そういう雰囲気が自分に合っていたのかなと思います」

それぞれの夢を求めて新しい時代に

コーチを務める守屋陽平氏
コーチを務める守屋陽平氏

 浅見君と田村君の話を聞いていて、2人とも、「パイロットになりたい」という夢を抱いていたことが分かった。

 田村君は視力が良くないため、「自分には適性がない」と早いうちに諦めたが、代わりに「飛行機のエンジンなどが好きだったから、作る側にまわろう」と東京理科大学で機械工学の道を選んだ。サッカーは大学でも続けているそうだ。

 防衛大学校に進んだ浅見君は、将来のパイロットを夢見て寮生活を送っている。防大生は2年になると、陸上・海上・航空の各自衛隊のいずれかに要員配分されるが、志望は必ずしも通らないので不安の日々だ。浅見君の目下の敵は「花粉症」。あまり重度だとパイロット適性の検査で(はじ)かれてしまうからだという。

 啓明学園のサッカー部員として一つのボールを追いかけた2人は、今それぞれの夢を追いかけている。サッカー部で始まった早朝の勉強は、だんだん学校全体に広がりつつあるそうだ。学校もまた、多様性を重んじるおだやかな校風の上に、サッカー部に象徴されるようなたくましさを加えつつあるのだろう。

 (文・写真:鶴見知也 一部写真:啓明学園中学校高等学校提供)

 啓明学園中学校高等学校について、さらに詳しく知りたい方はこちら

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908852 0 啓明学園中学校高等学校 2019/11/25 05:21:00 2019/11/25 05:21:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/11/20191120-OYT8I50023-T.jpg?type=thumbnail

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