【特集】新教材「エナジード」による授業で自己肯定感を育む…農大一
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東京農業大学第一高等学校・中等部(東京都世田谷区)は、昨年度から新しいキャリア教育コンテンツ「エナジード」を導入した。同校は、これからの予測不能な世界を生き抜くために必要な自己肯定感を育むのに大きな効果があると見込んでいる。導入の狙いや「エナジード」を使った授業の実際について取材した。
自己肯定感を育む教育に適した教育コンテンツ

「エナジード」は、教育コンテンツ開発を手がける株式会社エナジードが、2016年に提供を始めた次世代型キャリア教育コンテンツで、中学、高校を中心に100以上の学校・予備校などが採用しているという。
同校中等部は、このエナジードを中学1、2年の授業に導入することとし、2017年の秋から教員研修を行い、昨年度の中学新入生から授業を開始した。現在は月に1、2回、火曜5、6限の特別活動の時間に授業を行っている。
この教育コンテンツを導入した背景について、中等部教頭の紙谷知行教諭はこう話す。 「21世紀型スキルの育成については、本校でもさまざまな取り組みを行っていますが、単発的な指導手法ではなく、1年から数年にわたって体系づけられたカリキュラムが必要と感じてきました。また本校では、これからの予測不能な世の中を生きるためには、自己肯定感が非常に重要と考えています。そうした条件に適合したのがエナジードです。問いかけの内容や、動画・ビジュアルのつくりも、中学生には魅力的ではないかと感じました」
エナジードの主な教材は、1単元あたり60~80ページ程度のワークシートから成る7単元分のテキストだ。各単元は「Vol1:AI・ロボットには奪われない力」「Vol2:自分だけの仕事のつくりかた」「Vol3:可能性の広げかた」など、これからの社会を示唆するテーマを扱っている。また、単元の導入となる問いかけの動画がインターネット上にアップされている。

このテキストは、「人がAIに負けないのはどんな力?」「近年新しく生まれた仕事は何?」などの問いかけに対して、自分の考えを書き込めるよう見開きの形になっている。「書き込んだ内容をグループで議論して考えを深め、代表者による発表を行うのが基本です」と、中2の学年主任・梶山昌寛教諭は授業の進め方を説明する。
グループで議論する際は、「三つの力」を意識させるという。一つは、現状に対して「もっと◯◯だったら……」と課題を見いだす「気づく力」。二つ目は、不満ではなく「どうすれば良いか」を考える「発案する力」。そして、「こうしよう」と周りに働きかける「実行する力」だ。
話を聞く際にも三つのルールがある。意見に対して
梶山教諭は「このやり方が定着すると、意見やアイデアを気後れせずに発言し、聞く側もそれを発展させる議論ができるようになります」と話す。

ただ、実際の授業は必ずしもテキストの内容に沿って進められるわけではない。梶山教諭によると、テキストの問いかけは抽象的で、生徒の感覚にピンと来ないこともあるからだそうだ。そこで、普段の生活や友達関係、学校行事などからテーマに近い状況を題材に取ったりもする。
例えば「Vol.5:他者の視点を手に入れる」という単元で、梶山教諭はバス通勤・通学の風景を題材にした。「Aさんはバスの発車に約10歩の差で間に合わなかった/運転手Bさんは発車後にAさんに気付き、バスを
「『君は誰の味方』とか『どうしたらいいか』などの落としどころは作りません。そうすると、『思いやりを持つべき』『遅れた人を待つ必要はない』『待ってあげるのはバス会社にとって迷惑』など、いろんな立場の意見や、『都会か田舎かで状況は異なるのでは』という別の視点も出てきます」
同校では各クラスの担任が授業するほかに、全学年合同で行ったり、担任以外の教員がかわるがわる授業を担当したりするなど、さまざまな試行を重ねている。エナジード導入校は定期的なミーティングを開催しているので、その場でこうした経験を共有し、互いに活用しているという。
答えより考えることが重要
こうしたエナジードの授業によってどんな効果が上がっているのか。梶山教諭は、「授業ごとに手応えや達成感があるわけではない」と答える。「問いかけに対する結論やまとめはなく、点数もつきません。教員も生徒も、何かモヤモヤした気持ちで終わることが多い。しかし、この授業は結論を出すのではなく、考える過程を身に付けるのが目的です。その意味で効果はあると思います」
その効果の例として梶山教諭は、昨年度のスキー合宿のエピソードを披露した。
「中1にルール違反をした生徒がおり、懲らしめのために『君たちには自宅に帰ってもらう。手持ちの小遣いで帰る方法を考えなさい』と言ったところ、『クラウドファンディングで旅費を募る』『ヒッチハイクする』などアイデアが続出しました。慌てて『では、帰らなくて済むには』と問いかけると、『他の生徒のためになる奉仕活動』『模範となるよう率先して行動する』などの解決法が出ました。これはまさにエナジード効果でしょう」
生徒も教員も「進化」する

生徒はエナジードの授業をどう感じているのか。受講2年目に入る中2生に聞いた。
嘉向七海さんは、「問題がある状況を『そういうものだ』と思わずに、『どうすればいいか』と考えるようになりました」という。取材に訪れた7月20日は参議院議員選挙の前日だったことから、「たとえば、投票率を上げるためにはスマートフォンで投票できるウェブサイトがあったらいいのでは」と、すぐにアイデアのひらめきを見せた。
吉野杏南さんは、「授業だけでなく、友達と話す時も遠慮なく考えを出し合えるようになった」という。所属しているハンドボール部で、攻撃方法などを話し合う時にも役立っているそうだ。生徒の思考やコミュニケーションに好ましい影響を及ぼしているようだ。
紙谷教頭も、エナジードを導入した学年の特色に注目する。「近年、他人に無関心、無干渉な人が多いと言われていますが、この4月、隣に小学校(東京農業大学
学力への効果についても、「毎回提示されるさまざまな視点やコミュニケーションの方法は、大学入試に求められる思考力・判断力・表現力の育成にもつながっているのでは」と期待を寄せる。
梶山教諭は、「教員も進化しなければ」と課題を語った。「エナジードの『三つの力』は、実は指導教員にこそ必要。教員同士でもアイデアを出し合い、さらに良い授業を作りたい。また、一般の教科で行っている討論やプレゼンにもこうした手法を採り入れていくつもりです」
(文・写真:上田大朗 一部写真提供:東京農業大学第一高等学校・中等部)
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