多様な個性を受け止め、後押しする校風…攻玉社

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 攻玉社中学校・高等学校(東京都品川区)は、今春の大学入試で東京大学への現役合格者数6年連続2桁という実績を上げた。この実績の背景には、多様な個性を持った男子生徒が集まり、互いに高め合う環境があり、師弟間の信頼もその後押しとなっているという。現在、医学分野と法律分野で活躍する2人の卒業生と、彼らの在学中に担任を務めた岡田貴之教頭に話を聞いた。

多様な個性が集まって切磋琢磨する環境

東京大学への現役合格者数が6年連続2桁となった攻玉社
東京大学への現役合格者数が6年連続2桁となった攻玉社

 攻玉社の校名は「詩経」の「他山の石をもって玉を(みが)くべし」に由来する。建学の精神にもなっているこの言葉について、岡田貴之教頭・広報企画部長は「さまざまな個性が集まって切磋琢磨(せっさたくま)せよ、ということです」と意味を説明する。その言葉通り、同校には多様な個性を持った男子生徒が集まり、互いの力を高め合っている。その校風が東京大学への現役合格者数6年連続2桁という実績にもつながっているという。

 完全中高一貫の6年間、生徒たちはどんな学校生活を送っているのか。元クラスメートで2006年に卒業した、慶応大学医学部脳神経外科で助教を務める中屋雅人さんと、大手都市銀行のインハウスローヤー(企業内弁護士)を務めている増田裕平さんに在学中を振り返ってもらい、2人の3・4年次に担任だった岡田教頭にも同席してもらった。

――攻玉社はどんな学校でしたか。 

中屋さん(以下敬称略) 一言で言えば「自由な学校」。もちろん校則はありますが、絶対的ではないというか「自分たちで考えて律しなさい」という空気がありました。

増田さん(同) 学園祭などの行事も、生徒が自由に企画を決めて、スケジュールや予算などを先生と交渉しながら作っていきます。女装を競う「ミス攻玉社コンテスト」とか面白かったよね。

中屋 それから個性的な生徒が多いんですよ。ものの見方や得意分野がバラバラ。ある科目が飛び抜けてできる子も結構いました。数学オリンピック出場経験者とか。でも、お互いとても仲がいい。

増田 僕は英語が苦手だったんですが、高校で国際学級出身の、センター模試の英語で満点を取るような友達が隣の席になって、分からないところはどんどん教えてもらっていました。

中屋 僕も国際学級の友達には、アメリカで流行しているものとか、面白いことをたくさん教えてもらいました。

――さまざまな個性を持った生徒が集まるのはなぜでしょうか。

「さまざまな個性の子供を集めたいという意識が本校は強い」と話す岡田教頭
「さまざまな個性の子供を集めたいという意識が本校は強い」と話す岡田教頭

岡田教頭(同) 建学の精神に表される通り、さまざまな個性の子供を集めたいという意識が本校は強いんです。1990年には中学各学年の6クラス中1クラス、帰国生向けの国際学級を設置しました。94年には、他校に先駆けて算数1教科による入試を始めています。学校説明会でもそうした理念をアピールするので、共鳴した保護者の方々がお子さんを入れるんでしょう。性格的にオープンな子も多いためか、毎年、学年全体で仲がいい。入学初日からガヤガヤにぎやかですね。

中屋 僕は剣道部に所属していましたが、部員同士より同学年の仲間と遊んでいる方が多かったですね。教室で野球遊びをしたり、他のクラスも交じって校舎全体で鬼ごっこしたりしたものです。

増田 ちょっと記事にされると困るようないたずらもね。

中屋 先生も個性的ですよね。授業では教科書の内容や受験と関係のないマニアックな話を、じっくりしてくれる先生が多かった。それに興味を引かれた生徒が、その教科をどんどん好きになっていく。

増田 ありがたかったのは高3の後半、英語担当だった岡田先生に申し出て、授業のない5・6時間目に数人程度の英語の補習を組んでもらえたことです。

――そういう例は多いのですか。

増田 みんな先生とも仲が良いので、頼みやすいんです。日常的に雑談するし、面と向かっていじったりも。それを先生も楽しんでいる節があった。気軽に話せる大人が身近にいた環境が、社会に出てからのコミュニケーションにも役立っていると思います。

中屋 怒られたり、「お前はダメだ」などネガティブなことを言われた記憶がないんですよね。

増田 もちろんこちらがはみ出すと怒られますが、適度なユーモアがにじんでいて、ビクビクさせられるところがなかった。すごく会話に乗ってきてくれるし、人間が好きなんだろうなと感じていました。

人生の挫折や回り道を支えた母校での日々

慶応大学医学部脳神経外科で助教を務める中屋雅人さん
慶応大学医学部脳神経外科で助教を務める中屋雅人さん

 中屋さんは当初、教員など子供に関わる仕事を考えていたが、高校時代に堀江貴文氏や三木谷浩史氏などのIT起業家の活躍を見て「これからはITや経済の時代だ」と感じ、慶応大学経済学部に進んだ。しかし、在学中にモチベーションを失い、悩んだ末に「子供に関わる仕事を」という初心に帰った。そこで社会貢献度も高い小児科医を目指して高知大学医学部に編入。卒業後、研修医として働くうちに、脳神経外科の奥深さを知って、専門分野に決めたという。

中屋 思えば回り道の連続。しかも、ことごとく第1志望を外しています。でも結果的には、ベストな道に歩めたと思う。そこにたどり着くまでの過程で大きな支えになったのは攻玉社の6年間でした。攻玉社では、勉強も遊びも、自分のやりたいことをやらせてもらえた。だから挫折も学びの機会と捉え、次の新たな興味へ踏み出すことができた。僕の他にも、いろんな経験の末に結局は自分のやりたいことをやっている卒業生が多いようです。

 増田さんは、1浪して慶応大学法学部政治学科に入学したが、大学2年の時にリーマンショックが起きて、日本は就職氷河期へ。もともとサラリーマンになることに違和感があった増田さんは、就職活動に苦労する先輩たちの姿を見て、「専門職を目指そう」と決意。卒業後に早稲田大学大学院法務研究科(法科大学院)へ2年間通って、2013年の司法試験に合格した。ちょうど日本企業がインハウスローヤーを導入し始めた時期で、「普通に法曹の道を進むよりも、新しい仕事に挑戦したい」と、現在の職に就いた。

増田 いろんな局面でリスクを取ってチャレンジしてきましたが、そうした自分のあり方も攻玉社の校風の中で培われたと思います。攻玉社には、多少のミスやはみ出しは許容する文化がありました。だから、ひたすら安全な道を進むより、チャレンジしようという前向きな気持ちが育った。それから、信頼できる先生方に『君は本気になればできる』と言われ続けたことが、目標を定めて努力すれば最終的には道が開けるという感覚につながり、司法試験受験の2年間も頑張れたのだと思います。

今も集まって語り合う同期や恩師

大手都市銀行のインハウスローヤーを務める増田裕平さん
大手都市銀行のインハウスローヤーを務める増田裕平さん

 師弟3人は、ときに冗談も交えながら尽きない会話を交わしていた。仲がいいのは3人だけではなく、今も他の同期や恩師と集まって、語り合う機会が度々あるという。

中屋 みんないろんなジャンルで活躍していて、話をすると面白いし刺激になる。学生時代の友達で今も連絡し合うのは、中・高時代の連中が圧倒的に多いです。

増田 この学校を卒業してよかった、と心から思いますね。みんな、学校や先生が大好きです。仕事の場などでも、同窓生と分かると人の輪がつながっていきます。

岡田 みんな、頼りになる人物に成長しました。個人的には、最近増田くんに資産や相続などのことで相談し、アドバイスをいただいたりしました。飲み会で時々愚痴を聞いてもらうこともあります。

 3人の会話には、多様な個性をおおらかに受け止める校風と師弟間の信頼が満ちていた。それは、これから人生への挑戦を始める生徒たちにとっても大きな支えとなるはずだ。

 (文・写真:上田大朗 一部写真提供:攻玉社中学校・高等学校)

 攻玉社中学校・高等学校について、さらに詳しく知りたい方はこちら

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896345 0 攻玉社中学校・高等学校 2019/11/13 09:41:00 2019/11/13 09:41:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/11/20191111-OYT8I50043-T.jpg?type=thumbnail

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