【特集】自然・農業体験をグローバル教育にリンク…橘学苑
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橘学苑中学校・高等学校(横浜市)は今年度、中学生を対象に、農作業や自然体験、グローバル教育の要素を組み合わせた体験学習プログラム「ネイチャーイン」を本格スタートさせた。このプログラムについて担当教員に話を聞くとともに、授業として取り組んでいる野菜栽培の様子を取材した。
学苑農場と宿泊体験施設で感性を育てる

「ネイチャーイン」は昨年度就任した小岩利夫校長の提唱によって、その年から試行が始まった。農業体験に自然体験やグローバル教育を組み合わせた独自の体験学習プログラムとなっていて、今年度は中学部の「創造の時間」(総合的な学習の時間)などをあてて、本格実施される。
「ネイチャーイン」を統括する中学担任の上之原真一教諭は、プログラムの狙いについてこう語る。「中学生はエネルギーが有り余って、ついやんちゃな行動をしてしまうこともありますが、力と技術を要する農作業を通して、体をコントロールする能力や心の安定を養うことができます。また、植物や自然現象は絶えず変化し、しかもなかなか人間の思い通りになりません。こうしたことを柔軟に受け止める感性を育てることは、これからのグローバル社会を生きるためにも重要となります」
このプログラムは、大きく分けて二つの取り組みで構成されている。一つは、校舎の裏手にある学苑農場「アグリラボ」での野菜の栽培だ。ジャガイモやニンジン、玉ネギ、白菜、カボチャ、トマトなどさまざまな野菜を無農薬で露地栽培しており、月曜5、6限に中学全学年の生徒計62人で、種植えや草取り、収穫など、季節ごとの農作業に取り組む。
もう一つは、長野県飯島町にある学苑運営の宿泊体験施設「アグリネーチャーいいじま」での一連の合宿体験だ。
手始めとなるのは入学式の翌日から3泊4日で行われる「ネイチャーイン合宿」。田園散策や森林でのアクティビティー、野菜の苗植え、生物観察、天体観測などを通して自然に親しむ。
さらに5月には「田植え合宿」、9月には「稲刈り合宿」を2泊3日で行い、田んぼの地質調べや農業用水の取水口の見学、りんご農園での摘果作業などで、自然と農業を五感で学ぶ。
「ネイチャーイン合宿」と「田植え合宿」を体験した中1の香取周真君は「田植えのとき初めて見た生き物も多く、楽しかった。一緒にやることで友達とも仲良くなれた」と話し、同じく中1の藤井悠里奈さんは「取水口は迫力があって、普段飲んでいる水も自然の一部なのだと思った」と話した。さまざまな気付きや出会いがあったようだ。
自然の中でCLIL教育

同校の「ネイチャーイン」の特色は、こうした自然・農業体験を、さらにグローバル教育とリンクさせるところにある。
上之原教諭は「さまざまな命と触れ合う農作業や自然体験は多様性への意識を目覚めさせ、『協働』する心を芽生えさせるはずです。そこに異文化教育や英語学習の要素を加えることで、グローバル社会を生きるための素養を育てたい」と話す。
この考えに基づき夏休みには同じく「アグリネーチャーいいじま」で、中学生全員による2泊3日の「イングリッシュ・サマーキャンプ」を行う。
キャンプにはネイティブの外国人留学生が同行し、原則的に英語を使って、散策や生物観察の折にコミュニケーションしたり、異文化理解のためのワークショップなどを行ったりする。さまざまな学習内容について英語を使いながら学ぶ「CLIL(内容言語統合型学習)」と呼ばれる手法だ。昨年度は高校のデザイン美術コースの生徒も同行し、陶芸や油絵などの制作を通した交流も行ったという。
学苑農場「アグリラボ」での農作業も、グローバル教育との2本立てになっている。秋から冬の農閑期には「世界との出会い」という授業を行う。日本在住の外国人を招き、講話会や郷土料理作り、音楽演奏などを通して異文化交流を図る。
こうした中学でのグローバル教育は、中3の4月にオーストラリアで約10日間のホームステイ研修を行って「総仕上げ」となる。
上之原教諭は、グローバル教育の側面について「本格導入から間もないのでまだこれから」としながらも、「意欲が高まっている感触はあります。昨年は中3生15人のうち、1人が英検準1級、3人が準2級を受検しました。今後が楽しみです」と期待を語った。
収穫した農産物のブランド化も構想中

取材に訪れた6月3日は、「アグリラボ」でのジャガイモの収穫が行われた。体育服に軍手、長靴姿となった生徒たちは、スコップなどの器具を手にジャガイモ畑に集合し、品種ごとに作られた3列の畝に取りついて作業を開始。青い葉の付いた株の茎を引き抜いては、素手やスコップを使って土中のイモを探す。
作業中は、歩き回って友達の様子を見たり、何かを見つけて「これ見て見て」と隣に呼びかけたりする生徒の姿もある。
上之原教諭は「途中で見つけた虫を報告したり、草を協力し合って抜いたり、遊びの要素も取り入れるようにしています」と話す。「土いじりが好きな子ばかりではありません。でも慣れるもので、最初は途中で何度も手を洗う子も、続けるうちに平気になってきます」
20分ほど作業すると、生徒たちはすっかり掘り尽くしたような気分になっていたが、担当教諭が「まだあるよ」と掘って見せると、生徒たちは再び夢中になってイモ探しに取り掛かり、品種ごとの採集コンテナは見る見るいっぱいになった。ピンポン玉大から15センチほどの細長いものまで形はさまざまだが、計60キログラムものイモが収穫できた。
作業後、1年の藤川昂君は、「だんだん育っていく様子や、収穫したときの達成感がいい。農作業をやるようになって、ものを食べることは命を預かることだと思うようになった」と気付きを話した。

また、授業の後半は、栽培中のトマトの苗に網を掛ける防虫・防鳥作業があり、「本当は土に触れるのは苦手」と話していた3年の宇田川実桜さんは、網掛けの際に「ネットに空いた穴を結んで直すなど、人が気付かない所を見つけて役立つことができた」と誇らしげだった。
収穫した野菜や米は、生徒たち自身がカレーや豚汁などに調理して教職員と共に楽しむ。9月の文化祭「橘花祭」では一般への販売も行われ、地元でも人気だ。
上之原教諭はこの農作物を、さらなる学びにつなげたい考えだ。「昨年の文化祭では、学校のPRを兼ねて格安の値段で販売しましたが、ゆくゆくは『中学生の手作り・無農薬野菜ブランド』に育てたい。学校行事だけではなく、東京・青山の国連大学前で毎週末開催される食品販売イベント『ファーマーズ・マーケット』への出店も構想しています。生徒たちとも話し合いながら付加価値を考え、高校のデザイン美術コースとコラボしてラベルを作ったりしていきたい」
同校の「ネイチャーイン」は始まったばかりだが、教育に新たな風を吹き込む可能性を感じた。
(文:上田大朗 写真:中学受験サポート)
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