【特集】生徒の人間力を高める中1美術の自画像制作…海城

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 進学校として知られる海城中学高等学校(東京都新宿区)は、美術教育にも力を入れている。中1では週1回、2時間連続の授業を行っており、特に2学期には、キャンバスにアクリル絵の具で自画像を描く作業に10週間かけて取り組む。自画像制作に打ち込む生徒の様子を紹介するとともに、美術科教員に同校の美術教育の狙いを聞いた。

自画像制作を自分に向き合い、考える機会に

「1枚の絵を構想し、描き、鑑賞することは、自分や他者について考え、答えがない問題に取り組むこと」と話す天野教諭
「1枚の絵を構想し、描き、鑑賞することは、自分や他者について考え、答えがない問題に取り組むこと」と話す天野教諭

 キャンバスに描く自画像の制作は、同中では長年続いている授業だという。この取り組みの意義について中学美術科担当の天野友景教諭は、「中1の2学期は、自分の立ち位置や目標がまだ定まっていない段階。そうした時期にきちんと自分に向き合い、考える機会を持つのは、人格形成上重要と考えています」と言う。

 このプログラムには2学期中の10週間20時間が充てられる。最初の時間は隣の席の生徒とペアを組み、約30分ずつで互いの顔をデッサンし、人物の顔を描く難しさを体験する。次に鏡で自分の顔を観察しながら自分がどのような人物かを考え、言葉で記述する作業を行う。さらに、構図や背景の色などの構想を簡単なアイデアスケッチにし、自分なりの表現の狙いを決めた上で実際の制作に入る。

 本式のキャンバスを使い、鉛筆による「下描き」から「背景表現」、肌の基本色を塗る「下塗り」、肌の陰影や髪の毛や目、服などを着彩する「上塗り」、全体の細部に手を入れる「仕上げ」へと進む。完成後は、自作についての解説を書く時間と鑑賞会の時間もある。毎回の作業内容は全て、各自のクロッキー帳に記録しておく。

 天野教諭は、作業中のクラス全体に対して手順や技法上の短いアドバイスをすることはあるが、個別のアドバイスは控えるという。「最低限、このままではうまくいかないとはっきりしている場合以外、個別に声はかけません。まして生徒の手をとって『こうやるといい』ということは絶対にしません。生徒に苦戦してもらいたいからです」

 「自画像は、描いてみると非常に難しい。物事は何でも簡単に進むわけではないと実感できる体験です。それでも向き合った時間には意味があるし、腰を据えて取り組めばある程度のことは何とかなるということも知ってもらいたい。一般的に自画像を描く機会は少ない。生涯にこれ一度きりになるかもしれず、思い出の残る一枚になるはずです。そうした作品の制作を通して、『とにかくやってみる』というマインドを身に付けてくれればと思っています」

2時間の授業中、制作に没頭する生徒たち

自画像の制作に没頭する生徒たち
自画像の制作に没頭する生徒たち

 10月15日の1・2時間目、同校の美術教室を取材に訪れた。1年2組の生徒41人は、描きかけのキャンバスをかけた各自のイーゼルの前に座り、まず「5分間デッサン」に取り組んだ。自分の手を題材とし、鉛筆でクロッキー帳にデッサンしていく作業だ。

 天野教諭によると、毎回授業の始めに行うこの作業は「継続は力」を体感させる狙いがあるという。「デッサンは繰り返し取り組めばある程度できるようになります。当初の作品と後々の作品を比べて、進歩を感じてほしい」

 デッサンを終え、クロッキー帳をしまった生徒たちに対し、天野教諭がこの日行う「下塗り」「上塗り」の内容を簡単に説明すると、すぐに生徒たちはキャンバスに向かって自画像の制作に取り掛かった。

 30分余の間、生徒たちは無言で制作に没頭していた。時折、水入れで筆を洗うカラカラという音だけが教室に響いた。天野教諭は教壇から教室全体の様子を見て、時々「肌の色の量はまず少なめにした方がいい」「鏡を何度も見て、光の具合を確認するように」など、気が付いたことをアドバイスしていく。

 15分の休憩を挟んで始まった2時間目は、天野教諭による「古今東西美術話」と名付けた5分ほどのミニ講座で始まった。この時は色相が主なテーマで、天野教諭は、マクドナルドやセブンイレブンなど、よく目にする企業のシンボルマークを補色に変換したものなどをスライドで見せていく。意外な印象の変化に、生徒たちは驚きや笑いの声を上げていた。天野教諭によると、この講座の狙いは「社会のさまざまな場所に溶け込んでいる美術を紹介し、視野を広げること」だそうだ。

 続いて自画像制作に入ったが、生徒の集中力は後半に入っても途切れなかった。「上塗り」の段階に入った生徒が多くなったと見て取ると、天野教諭は「髪が単純な黒ではないことを鏡で確認して」「下の色が乾く前と乾いた後で色の重なり方は変わるので、自分で判断して適切な方を」などのヒントを与えた。終了20分ほど前に「もうすぐ片付けなので、今日やる部分と次回に回す部分を考えて作業しよう」と指示。後片付けの最後、各生徒は今日の作業内容をクロッキー帳に記録し、動いたイーゼルの位置を元に戻して美術教室を後にした。

 授業後、相田 地大(ちひろ) 君は、「自分を表現する絵として何を盛り込むか、考えながら描いています」と意欲的に話した。「今日は耳の部分で陰影を描く練習をしてみました。うまくいったので、他の部分にも生かしたい」

 また、自画像制作ついて鹿野義晃君は「とても繊細。その日の気持ちや状況によっても出来栄えが変わる。今のところまあまあできていますが、細かい所をごまかすと、別人になってしまうので気が抜けません」と、その難しさを話した。

1枚の絵への取り組みが人間力の育成につながる

生徒の作品を展示している廊下のギャラリースペース
生徒の作品を展示している廊下のギャラリースペース

 天野教諭は2020年度に同校の教諭となった。06年度から2年間、非常勤で同校の美術科講師を務めたこともある。その頃から同校の美術文化に対する敬意を感じていたという。着任して考えたことは「生徒が美術への興味をなくさない授業にしたい」ということだったそうだ。

 そのため、制作に集中できる環境づくりには特に力を入れた。雑然と置かれていた多くの道具を片付け、極力シンプルな空間にした。さらに最初に生徒にも「この時間は、作品と自分がじっくり向き合う時間。必要のない会話はせず、静かに作業しよう」と呼びかけた。「海城の生徒は好奇心旺盛だし、誠意をもって伝えればきちんと聞き、反応してくれます。やってみると制作の面白さが分かり、知らず知らず集中できるようになります。それに本格的に制作に取り組んだ経験があると、作品の背景に思いを馳せ、素晴らしさを感じることもできるようにもなります」

 天野教諭はそうした鑑賞力も育てたいとの考えで、美術教室外の廊下の壁にギャラリースペースを新設し、生徒の作品の一部を正式に額装して展示している。展示作品は生徒の投票によって決める。投票の際に、その作品の良いところも書かせるようにしている。

 「1枚の絵を構想し、描き、鑑賞することは、自分や他者について考え、答えがない問題に取り組むことであり、人間力の育成にもつながります。これからの時代に求められる力ともマッチしているのではないでしょうか」

 (文:上田大朗 写真:中学受験サポート)

 海城中学高等学校について、さらに詳しく知りたい方は こちら

無断転載・複製を禁じます
スクラップは会員限定です

使い方
2503493 0 海城中学高等学校 2021/11/16 06:00:00 2021/11/16 06:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/11/20211108-OYT8I50004-T.jpg?type=thumbnail

会員校一覧

東日本 共学校ページTOP

── 女子校ページTOP

西日本ページTOP

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)