新校長「グローバル時代に真のリーダーを育てる」…武蔵

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 2022年に創立100周年を迎える武蔵高等学校中学校(東京都練馬区)は今年度、杉山剛士校長を迎えて「新生武蔵」へと歩み始めた。「本物教育」やリベラルアーツ(教養主義)の伝統はそのままに、グローバル時代のフロントランナーになる志を持つ生徒を育成していくという。武蔵の目指す教育とは何か、杉山校長に聞いた。

ノブレス・オブリージュの意味を新入生に問いかける

キャンパスを流れる濯川を背に立つ杉山校長
キャンパスを流れる濯川を背に立つ杉山校長

 杉山剛士校長は武蔵の卒業生だ。母校に戻って来るのは43年ぶりだという。卒業後、杉山校長は東京大学に進学し、貧困家庭の多い地域でのボランティア活動を続ける中で、「地に足を着けて、目の前の人たちの役に立とう」と、公教育に人生を(ささ)げることを決意する。埼玉県の公立高校の教師として長年勤務し、定年前の5年間は県立浦和高校の校長を務めた。

 「公教育の中でリーダーを育てる、これが私の人生の役割だと思っていました。そうしたら、まだ続きがありました。武蔵からオファーを受けて、『これまで学んだことを役立てなさい』という天命を授かったのだと感じています」

 昔の母校を振り返って杉山校長は、「今と変わらない自由な校風の中で、バレーボール部のキャプテンをしたり、フォークソングのバンドを組んだり、のびのびと楽しい学校生活を送っていました」と懐かしむ。ただ、一方で恵まれた環境の中にある自らについて、「本当にこれでいいのだろうか」と悶々(もんもん)と考えることもしばしばあったという。

 こうした思いを杉山校長は、今年の入学式の祝辞に託した。ヨーロッパの貴族の精神「ノブレス・オブリージュ」(高い地位にある者には社会的義務があるという意味)に触れて、「自らが恵まれていることを自覚し、そのことに感謝し、そして社会のために何ができるか本気で考える。ノブレス・オブリージュの意味を、10代のうちに深く自らに問い、決意を固めることが第一の心がけです」(学校長祝辞から)と語りかけたのだ。

 「一見、社会的地位のある人物でも、心ない発言や非常識な行動をして問題になることがあります。本当にいいリーダーを育てるには、公立も私立もありません。大切なのは若いときに一生懸命考えていたかどうかです。志を持った人物こそが立派なリーダーになるのです」

「本物教育」で、あと伸びする子供を育てる

校舎に掲げられている武蔵の「三理想」
校舎に掲げられている武蔵の「三理想」

 真のリーダーを育成することは同校の大きな目標だ。「そのために、武蔵にはこれまでかたくなに貫いてきた教育があります」と杉山校長は語る。それは生徒たちの「裾野を広げる教育」だ。

 「最近の子供たちは小さい頃から塾へ通い、中学受験だけを考えた近視眼的な勉強をしています。それでは伸び悩んで小さくまとまってしまう。私たちが育てたいのは、“あと伸び”する子供です。これは武蔵の全教員の願いです」

 入試問題にも武蔵の教育は反映されている。特に有名なのは「お土産問題」だ。理科の大問3は、問題用紙だけでなく、一緒に小さな袋が配られる。2017年度は「袋の中に形の違う2種類のネジが1本ずつ入っています。それぞれの違いが分かるように図を描き、違いを文章で説明しなさい。(試験が終わったら、ネジは袋に入れて持ち帰りなさい)」という問題だった。「お土産問題」と呼ばれるゆえんだ。

 「1922年の最初の入試から出題され、本校の伝統になっています。本物の教育とは何か、愚直に問い続けているのです」と杉山校長が説明する。

 同校は理科の授業で多くの実験を行い、リポートを書かせる。目の前で起きた事象を正確に観察し、地道にデータを積み重ね、それらを貫いている原理を自分で考察し、正確に伝えなければならない。それができる素質があるかどうか、入学試験でもそれが問われているのだ。

 杉山校長によると、こうした観察・実験、原典資料の読み込み、論文作成、討論、プレゼンテーション、フィールドワークなどを通した「本物教育」「リベラルアーツ」が同校の教育の特徴であり、伝統を形作ってきたという。

 同校は1922年、日本初の私立7年制高等学校として出発した。現在の高校と大学前期の教養課程にあたる。第2次世界大戦前は、卒業生の多くが東京帝国大学に進学したという。

 その伝統は今に引き継がれ、先生一人一人が大学教授のように学問を志し、学術的な授業を行う。例えば、数学のテキストは武蔵オリジナルのもので、先人が数式を発見してきた数学の歴史から学び始める。国語は高3であっても、源氏物語を1年間かけてじっくり読み込む古典の授業がある。中3では全員が第2外国語を学ぶ。大学受験のための教育ではなく、遠い将来を見据えての教育だ。

 「武蔵は変わった試験をすると昔からよく言われたものです。しかし、大学入試改革で、本物の思考力が問われるようになると分かると、『時代がやっと武蔵の教育に追いついてきた』と今度は言われるようになりました」と杉山校長は笑う。

 こうした骨太の教育は、課外活動でも同様に見られる。例えば、太陽観測部は1931年から太陽黒点の観測を続け、日本天文学会から表彰を受けている。2010年に小惑星探査機「はやぶさ」が地球に戻ったとき、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の幹部3人がいずれも同部の出身だったことが話題になった。気象部も気象庁の公的な観測を担ってきた歴史がある。ユニークなのは、授業などで研究するために有志を含む生徒が校地でヤギを飼育していることで、ヤギはすっかり同校の名物となった。

 「自然豊かな環境、高い教師の質、対話重視の少人数教育、本物教育、リベラルアーツ、武蔵が貫いてきた教育の根底にあるのは、『三理想』という考えです」と杉山校長は語る。

 三理想とは、「一、東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物 二、世界に雄飛するにたえる人物 三、自ら調べ自ら考える力ある人物」という武蔵の建学の精神だ。

 「なかでも自調自考の精神は、卒業生と話しても、みな自分の中に残っていると言います。私もそれが人生のベースになりました。今は主体性が大事と言いながら、手取り足取りして子供に失敗させない風潮があります。しかし、武蔵の生徒には、失敗も経験して、自調自考のエンジンを身に付けてほしいのです。それが20年後、30年後に大きく花開きます。これが、創立者・根津嘉一郎の『国家の繁栄は育英の道に淵源(えんげん)する』という思いの具現化になるのです」

自ら挑戦していくフロントランナーを応援する

すっかり武蔵の名物となったヤギ
すっかり武蔵の名物となったヤギ
東門から望む自然豊かなキャンパス
東門から望む自然豊かなキャンパス

 杉山校長は、この教育の伝統を守りながらも、「時代に合わせて変えるべきところは変えていく」と語る。

 「一つは、生徒の進路希望の実現です。20年後、30年後を意識した教育でも、卒業後の進路がどうでもいいということではありません。進路希望の実現に向けた教育もバランスよくやっていきます」

 もう一つは、生徒が国内外を問わず、さまざまな活動に挑戦することを応援する体制を整えることだ。今年度から「校外活動奨励制度」を設立し、語学研修以外の活動に対し、活動費の半額程度を援助するという。

 「身銭を切ってボランティア活動をした生徒が設立のきっかけです。自分で何か活動しようと思うこと、そこに自調自考があります。今の子供たちは、中学受験を通して同質的な狭い世界に押し込められてきました。だからこそ、海外でも国内でも自分の存在を客観視できる場所に飛び込んでいくことが大事です」

 また、卒業後に海外大学に進学する生徒に、初年度納付金を500万円まで支給する制度も用意されている。

 「このグローバル時代に、フロントランナーになる志を持つ生徒を支援していきます。一回きりの人生をどのように生きたいのか。人生をかけての志を持つ生徒を育てる、それは国家の繁栄につながる人物を育てることです。それが、新生武蔵です」

 取材に訪れた6月25日、キャンパス内を流れる(すすぎ)川という小川のほとりでタヌキの親子を見かけた。周囲は180種類もの樹木が茂る美しい自然風景が広がっている。「学びの水脈と対話の(もり)」と呼ばれるこの自然環境は、受験生にとって同校を志望する動機にもなっているそうだ。

 時代が変わるにつれ、教育に求められるものも変わるが、武蔵には独自の教育の伝統がある。それはキャンパスを彩る豊かな自然のように不動だ。こういうところが、今なお高い人気を集め、「御三家」と称されるゆえんなのかもしれない。

 (文・写真:小山美香)

 武蔵高等学校中学校について、さらに詳しく知りたい方はこちら

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716299 0 武蔵高等学校中学校 2019/08/06 05:21:00 2019/08/06 05:21:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/07/20190730-OYT8I50075-T.jpg?type=thumbnail

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