【特集】自由な校風と一人一人の可能性を大切にする教育…東大寺学園

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 関西を代表する進学校である東大寺学園中・高等学校(奈良市)は、生徒の個性や自主性を尊重し、タガにはめない教育でも知られる。通学は私服、茶髪やピアスも禁じられておらず、校則を盛り込んだ生徒手帳もない。その教育も自由と自主性を重んじて成果主義を取らず、全国的に盛んなICT機器の利用やグローバル教育とも一線を画する。「古い学校」ならではの校風や価値観を大切にしている森宏志校長に話を聞いた。

東大寺生になるための「通過儀礼」

流行の教育と一線を画する「古い学校」を自認する森校長
流行の教育と一線を画する「古い学校」を自認する森校長

 中学に入ると、1年の前半に東大寺生になるための「通過儀礼」を経験するという。受験勉強から解放され、放課後のクラブ活動などで発散したい生徒と、塾通いの頃から付き添ってきた我が子を手放せない親とのバトルだ。「親も簡単に引き下がらないんですけど、だいたい子供が勝ちます。そうやって東大寺生らしくなっていくんです」

 同校では中学生のほぼ全員がクラブや同好会に所属している。兼部の生徒もおり、加入率は110%に及ぶ。生徒がクラブ活動に熱中するのは学校が奨励していることもあるが、「塾通いの反動で『東大寺学園では自由に自分のしたいことができる』という期待を持って入学してくるからです」と、森校長はうれしそうに話す。

 入学書類に書かれた志望動機の約4割は「自由で自主性を尊重する校風」だという。服装は自由。私服で通学し、授業を受ける。なかには茶髪やピアスの生徒もいる。細かな校則が書かれた生徒手帳はない。

 こうした自由な校風の原点は、開校時まで遡る。東大寺を経営母体とする同校の前身・青々中学校は、第2次世界大戦の終戦間もない1947年、東大寺南大門近くに立つ夜間の金鐘中等学校の校舎を昼間に借りる形でスタートした。このとき、地域の住民から、「戦後の自由な雰囲気の中で新しい学校を作りたい」と、東大寺へ相談があったという。

 「小規模かつ手作りで学校が始まったので、生徒と教員、保護者の距離が非常に近く、一人一人の個性を認めましょうということでやってきました」

 生徒も自由な校風を 謳歌(おうか) してきた。OBで個性派映画監督として知られる高橋 伴明(ばんめい) さん(73)は在学中、エレキギターのバンドを組んでライブを開いたことをとがめられ、説教した校長に殴りかかるなどの「事件」を起こした。制服と学帽をつくる動きにも生徒の先頭に立って反対し、私服を貫いた。それでも退学にならなかったことについて高橋さんは「学校にも、生徒の声を聞き入れる土壌があった」と回想している(読売新聞「高校グラフィティー」2008年3月10日付)。

私服で登校する生徒たち
私服で登校する生徒たち

 「時代の違いはあるのでしょうが、気風としては今も、既成のものにとらわれたくないという生徒が多いです」と森校長は言う。「全部は許容できないんですが、認められる範囲で認めてあげようかなという考えが本校にはあります」

 修学旅行の行き先も生徒の希望で決めている。沖縄への修学旅行は今ではありふれているが、同校が最初に那覇へ向かったのは69年だ。沖縄本土復帰の3年前であり、翌年にはコザ暴動が起きた。「そんな状況の中で行こうとして、それを学校でも認めるというのは、普通はあり得ないと思います」

 勉強の面でも生徒の自主性が尊重される。森校長は「できるだけ枠にはめずに、知的な意味でのびのびと、関心を持てるような方向に導いていく」ことが同校の教育の要諦だという。生徒の多くは、全国的なトップ校である灘中と併願で入ってくるという。「個人差はあるんですが、平均よりはだいぶ知的レベルが高い。教科書をそのまま解説するような授業では生徒は付いてきません。感覚が鋭いので『この先生はこういうレベルや』と見切ってしまうんです」。だから授業には工夫が必要になる。「教師にとってはかなりシビアです。僕も若い頃は世界史を教えていましたが、しんどかったです。毎日が教材の研究なんです」

 例えば理科の授業は、生徒の約8割が、医学部を中心とする理系の学部学科へ進学するため、実験を多くして生徒が関心を持てるような工夫をしているという。

 ただ、時には指導の工夫が行き過ぎて、トラブルになることもある。ある日、「あんなのを授業と言うんですか」と生徒の父親が学校に乗り込んできて森校長を問い詰めた。生徒は高校からの入学者で、国語の時間に公立中のような授業を想像していたが、教師は初回から3回目まで教科書を開くことなく雑談に終始。4回目にようやく教科書を開いたが、わずか3行だけを解説して授業が終わったという。

 「お父さん大丈夫です。この教員は指導力があります。リラックスさせるためにやっているんです」と、森校長は必死になだめたが、「大学進学のためにこの学校に入れたのに」と、いきり立つ父親はなかなか納得しなかったそうだ。

全国知名度上がっても東大進学路線はとらず

レベルの高い生徒の関心を引き付けるため、教師は授業に工夫を凝らす
レベルの高い生徒の関心を引き付けるため、教師は授業に工夫を凝らす

 東大寺学園は、どちらかというと、京都大など西日本の大学への進学者が多い地元志向の学校だったという。その名前が全国的に知られるようになったのは88年のことだ。前年から国立大のダブル受験が可能となり、東京大の合格者が急増したためだ。「関西で普通にやってきた学校の生徒が、面白半分に東大を受けてみました。たくさん通って急に全国に知られました。何か特別なことをやっているのかと思われましたが、何もしていません」

 同校の教育は難関大への合格者を増やそうとする成果主義と一線を画しているという。「各年度の進学成績については教員それぞれが評価をしても、学校全体としては、ああだ、こうだと言うことはないんです。その当時も、『これからは東大に行かせよう』なんて話は一つも出てきませんでした。笑い話のようでした」と森校長は振り返る。

 進路指導でも、成績判定を持ち出すことは一切せず、行きたい大学を受験させるという。部活に熱中した生徒は高2の9月に文化祭が終わると、受験勉強にスイッチを切り替える。みな基本的には第1志望の大学を変えないそうだ。現役合格率は50%台にとどまるが、1浪で志望校に合格し、帳尻を合わせる生徒が多い。

 今年の大学入学共通テストは、2020年まで続いた大学入試センター試験より難しい試験だったとも言われる。「数学1・A」の平均点は37.96と記録的な低さだった。「世間と一緒で、こけている生徒が結構いたんですが、志望校を変えない強気の姿勢を崩しませんでした」。共通テストの偏差値判定で合格は難しいと思われた生徒の多くが、第1志望の大学に合格したそうだ。

先端を走らない「古い学校」が大切にするもの

 同校は24年度から高校募集を停止し、完全中高一貫校となる。中学と高校の同一教科で重複している学習内容をまとめ、カリキュラムを合理化・再編するのが目的だ。さらには、偏差値ではなく、校風を理解して入学する生徒を中学から受け入れたいという思いがある。

 学校が大切にしている校風や価値観を理解してもらうために、11年度から中学の授業で「東大寺学」を始めた。「数値化されるような合理的な社会の価値観では計り知れない部分を感じてほしいのです」。中学3年間で約30時間をかけて、東大寺の僧侶から仏教の話を聴き、写経などに励む。境内の田んぼで田植えや収穫も体験する。「生徒の反応は、よろしくないですね。今、分かるのは無理でしょうが、たぶんある年齢を超えたら評価が切り替わってきます」

 近年、私立の中高一貫校は、グローバル化を見据えて、教科横断型のSTEAM教育や国際バカロレアなど海外発の教育プログラムを採用するところが多い。また、コロナ禍でタブレット端末とインターネットを駆使した教育のICT化も一気に進んだ感がある。

 森校長はそれらについて「否定はしないが、先頭を切ってやりたいとも思わない」と語る。「本校は、先端を走っていない“古い学校”ですが、我々がやってきた教育が時代遅れだとは思いません。大切にしているのは一人一人の個人の可能性なんです」

 古都の住民の熱意から生まれ、培われた学びについて語る口調は、慈しみと誇りに満ちていた。

 (文・写真:林宗治 一部写真提供:東大寺学園中・高等学校)

 東大寺学園中・高等学校について、さらに詳しく知りたい方は こちら

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