「高校に行かない」という選択…後藤卓也

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学校に通わなくてもいい高校もある

 みなさんは「単位制・広域通信制」と呼ばれる高校があることをご存じですか?

 普通の高校は基本的に「学年制」で、学年ごとに必要な単位を習得し、1、2、3年と進級することで、高校卒業資格を取得します。必要単位の取得には一定日数以上の出席と、学校ごとに定められた成績基準を満たさなければならず、基準を満たさない場合は「原級留置」、つまり「留年」ということになります。

(画像はイメージ)
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 他方、「単位制」高校は、出席日数や成績などの縛りもなく、「サポート校」と呼ばれる学習施設を利用したり、テレビ講座やインターネットで自宅学習をしたりして、レポート提出で合計74単位を取得すれば、高校卒業資格を得ることができます。ただし、それ以外に年40時間の「特別活動」への参加が必要なので、多くの通信制高校は遠隔地や離島に「本校」を持っています。普段は自宅近くの「サポート校」を利用し、年に5日は「本校でのスクーリング」を行うという形式を取っています。これが「広域通信制」です。

 要するに「何らかの理由で高校に通えない人」が「高卒資格」を取るための制度で、元々は経済的理由などで全日制高校に通えない人を対象とした制度でしたが、出席日数不足や成績不良で退学させられた場合、さらに最近は、いじめやひきこもりなどの理由で学校に通えなくなったケースも増えています。

 実はごく身近に、出席日数の不足と成績不良で高校を退学になり、「単位制高校」を卒業した子がいるため、「内情」はそれなりに知っているつもりです。高校在籍中に取得した分の単位も認定されるし、遅刻や欠席を責められることもない。レポートは教科書を見ながら、穴埋めをしていく程度の内容なので、基本的に誰でも高卒資格を得ることができる、ありがたい制度です。

 ただし、「サポート校」は制度的には「学校」ではないので、指導するのに教員資格も必要ないし、積極的に勉強する気がある生徒は少なく、教室は閑散としていて、授業を聞くでもなく、ただプリントを埋めるだけという光景もありました。

「N高」という新しい試み

(画像はイメージ)
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 しかし最近は、「単位制」という「ゆるい卒業資格」を利用し、必須単位取得のための授業以外は「自分の好きな時間にやりたいことができる」という「売り文句」で、「広域通信制・単位制高校」を積極的な選択肢として打ち出す学校が増えてきました。たとえば「スポーツコース・硬式野球部」を設置し、創部わずか3年で通信制初の夏の甲子園出場を果たしたクラーク記念国際高校などが有名です。

 中でも今、注目されているのが、角川ドワンゴが経営する「N高等学校」(通称N高)。創設3年目ながら、今年の新入生は2700人以上。入学式は、VRゴーグルを装着して仮想空間で行われ、新入生全員がアニメから抜け出してきたようなおそろいの制服姿です。有名アイドルも新入生として参加し、来賓には将棋の羽生善治竜王が登場するという派手なイベントでした。現在では在籍生が7000人を超えています。

 私は、個人的に「カドカワ」ブランドの小説や映画、ドワンゴが展開する「ニコニコ」系のサービスに興味がないせいか、「N高」のいろんな仕掛けや宣伝もあまり感心しません。しかし、「なんらかの理由で高校に通えない子供たち」が、「フツーの高校」の枠組みに無理に入らなくても、自分の将来を切り開いていける「積極的な選択肢」を提示したという点で、N高の存在意義は大きいと思います。

 全面的なネットの活用は「ひきこもり」の子にとってはありがたいことですし、「リアルな集団行動」に適応できない子も、「超会議」という場を通して人間関係の輪の中に入ることができる。それだけではありません。「高校に通えない」のではなく、「高校に通うより、もっとやりたいこと」を見つけた子のための受け皿にもなっています。「東大合格者数全国一の私立女子校」を退学し、N高に在籍しながら「ドワンゴ」でプログラミングの勉強をしている子もいますし、他にもデザイナー、アニメーター、起業家など、さまざまな「アドバンスト・プログラム」が用意されています。また、普通は半年以上も海外留学をすれば出席日数不足で進級できませんが、単位制ならその心配もありません。

「ムダなこと」はすべて省いて、大学受験を目指す?

 「プログラマーになる」と決めた子にとって、古典・漢文や世界史の授業を受け、テストで必要な得点を取ることが求められるのかと問われると、正直なところ疑問です。いや、高校生活は、授業に出席して卒業資格を得るためだけのものではない。友人たちとの日々の会話、規則正しい生活と集団行動のルールを学ぶこと、部活や文化祭や修学旅行なども、思春期の人格形成にとって不可欠なものだ……。それは確かに「正論」ですが、「苦痛」に感じる子もいるのです。だから「N高」を必要としている子(および親)にとっては、「救いの場」、いや「希望の星」というべきかもしれません。

 ただ、一つだけ「これは『あり』なのか?」と思う部分があります。

 それは「N高+予備校」で、東大や医学部を目指すというプログラムです。単位制の高卒資格は、ある程度の学力のある子なら、1日2時間くらいネットで授業を視聴してレポートを書けば、2年で十分に取得できます。だから、それ以外の時間は予備校の集団授業や、映像授業・個別指導などを併用して、大学受験に必要な科目だけを徹底的に勉強することができる。

 毎朝、満員電車で通学する必要もない。ホームルームとか、入試に不要な科目の授業も必要ない。友人関係の煩わしさもないし、運動会の練習に時間を割かれることもない。普通なら学校にいるはずの時間に予備校の授業を受け、さらに授業後も受験勉強ができる。まさに「ムダを排した完璧な大学受験対策プログラム」です。でも、これって、どこか(ゆが)んでいるような感じがしませんか?

いっそのこと「N小+進学塾」はどうですか?

 プログラマーやデザイナーを目指すのは「あり」で、東大や医学部を目指すのは「なし」と、完全に線引きをするのは難しいかもしれません。いじめなどの理由で高校には通えなくなったけれど、大学には行きたい、医者になりたいという子はいるはずだからです。ただ、それを「東大・医学部受験対策プログラム」として積極的に宣伝することは、「ムダ」な時間や労力や学費を削除して、より効率的に難関大学や医学部に合格するための受験勉強だけに専念するという「裏ルート」を提供することになる。それは、「単位制」の悪用でないのかという疑問は拭えません。

 「高校(での集団生活)」という枠組みを否定し、個人のスキルを磨き、別種のネットワークのなかで生きていく決断をするのは「あり」でしょうが、目的が「大学進学」だとすれば、本末転倒なような気がします。

 本来、「学校生活」で経験すべきこと、すなわち大学受験にとっては「ムダ」かもしれないさまざまな体験や人と人との関わりを「省略」して、果たして「大学生」としての「学校生活」に適応できるのか。そして将来、どんな職業に就いて、「社会という枠組み」のなかで生きていくのか。やはり、疑問は拭えません。

 来年4月には「N中」も開校するそうです。「単位制中学」という制度はないので、地元の中学に籍を置きながら、週に何日か「N中」でプログラミングなどを学ぶそうです。いっそのこと「N小」も作ってくれれば、学級崩壊やいじめで悩んでいる教え子たちは、喜んで「N小+進学塾」を選択するでしょう。そうすれば夜遅くまで塾に通う必要がなくなるので、保護者も安心。毎晩、家族で一緒に夕食を取ることもできる。せっかくの日曜日に朝から晩までテストや特訓に追われることなく、遊園地で気晴らしをし、難関校に合格することができるかもしれません。

 ただ、「それってありなの?」と問われれば、やっぱり「なし」でしょう。

人間らしく、不自由に生きるために必要なこと

 たくさんのムダな時間、うんざりするような人間関係、苦行でしかない授業、退屈なイベント。でも、いろいろな人と人との交わりのなかで暮らしていくためには、いつかどこかで経験せざるをえない「不自由さ」に対する「ストレス耐性」を培うことも、学校生活の一つの意義だと、私は思います。

 好きな時間に、やりたいことだけをやる。自由に、自分らしく生きる。気の合う仲間同士で、楽しく過ごす。それはおそらくバーチャルな世界でしか実現できません。現実社会の中で「人間らしく生きる」のは「不自由に生きる」ことだというのは、儒教研究家の加地伸行さん(「家族の思想 儒教的死生観の果実」PHP新書)の言葉ですが、「不自由」というのは「自分の意思を殺して生きる」のではなく、それぞれの考え方や感じ方を持つ人間が「互いに分かり合えないこと」を前提として、共に助け合い、譲り合いながら生きていかなければならないということです。

(画像はイメージ)
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 本来、学校は、「家族」(親子関係)の元から離れ、「社会」へ巣立っていくための準備段階ですから、できるだけ「不自由」な時間を過ごし、ストレス耐性を高め、本当に「自分らしく」生きるための試行錯誤を経験することが一番大切なのではないでしょうか。

 もちろん、学級(学校)崩壊やいじめからの緊急避難とか、ひきこもりなどは、まったく別の問題です。そのための選択肢として「N高的なもの」が、小・中学校段階でも必要になっているのも事実です。それは社会構造そのものに由来するものであり、それぞれの学校や教師の力で解決するのは不可能でしょう。

 でも、「緊急避難」や「積極的な選択」ではなく、「効率性・コスパ重視」を宣伝文句とした教育ビジネスはやっぱり(個人的な見解としては)「なし」。「N高的なもの」は、悩める親子にとっての「希望の星」であると同時に、既存の学校制度に対する代替案、いや「挑戦状」となる可能性すら秘めています。それがただ単に、「無理に学校に行かなくてもいいんだ」という「安直な迂回(うかい)路」として広まっていくとしたら、「星」は本来の輝きを失っていくような気がしてならないのです。

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50903 0 マナビレンジャー 合格への道 2018/11/20 05:20:00 2018/11/20 05:20:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181116-OYT8I50008-T.jpg?type=thumbnail

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