中学受験の「リスク」と「リターン」…後藤卓也

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保護者に聞く「受験期一番の思い出は?」

 中学受験をする(させる)のは、何らかの「リターン」(メリット)があるからです。しかし「リターン」には同時に「リスク」が伴います。

 「リターン」に関しては、あえて説明するまでもないでしょう。お子さんが憧れの第1志望校で過ごす6年間をイメージすればよいのです。他方、「リスク」についても、受験生の保護者の皆さんは十分お分かりだと思います。遊びたい盛りの幼い我が子が受験勉強に多くの時間を奪われ、親は授業料を支払い、塾の送迎やお弁当作りに多くの時間を割かれる。そして親子ともに多大な不安とストレスを抱えながら、受験までの長い道のりを歩んでも、最終的に志望校に合格できる保証はどこにもない。

 「リスク」のない「リターン」はない、それは中学受験に限った話ではありません。ただし、ちょっと発想を切り替えれば、「リスクとリターン」の関係は変わってくると思うのです。

 「お子さんの受験期で、一番思い出に残っていることは何ですか」。ちなみに私たちの塾では、受験が終わった保護者対象のアンケートで、こんな質問をしています。「リスク&リターン」の話をする前に、まず、その回答の一部を紹介することにしましょう。

 「合格発表を見た瞬間の涙。しばらく体育座りのまま、信じられない喜びで固まっていました。こんな娘の姿は後にも先にも見ることはないかもしれません。人生の宝ものです」

 あまりにもうれしいと、逆に「固まってしまう」。その気持ち、分かるような気がします。

 「1月の受験で、一番初めに受けた学校が不合格だった夜。見た瞬間は『仕方ない、切り替えて頑張ろう』と話していたのが、ふと気がつくと、問題を解きながらポロポロ涙をこぼし、次第に嗚咽(おえつ)に変わっていきました。本当に悔しかったんだな、と。ここでスイッチが入りました」

 「1日に第一志望が不合格だったとわかったとき、親子で泣きながら、苦手な社会を復習したこと忘れません。2日にもう一度挑戦して合格! 親子で踊りました!」

 悔しさを乗り越えたからこそ、手に入れた合格。不合格の涙から一転しての歓喜。最初から合格を勝ち取り続けるよりも、ずっと喜びは大きかったに違いありません。しかし、合格したときの喜びが「一番の思い出」だという回答は、実は少数派なのです。

試験会場に立ち向かう後ろ姿に感動

 「3年前には小さな背中に、とても大きなリュックを背負って啓明舎に入っていったのに、受験当日、『行ってくるね』と言って後ろを向いた背中のリュックはすごく小さく見えて、ああ、いつの間にか、こんなに大きく頼もしくなったのだと思ったこと」

 「受験当日。試験会場に向かう娘は、こちらをふり返らず前を向いて歩いて行きました。その姿は、ひとりで試験に立ち向かえる自信と力と強さを啓明舎で培った証しだと思いました」

 実は私が毎年一番「泣ける」のも、入試の激励を終えて,試験会場に入っていく後ろ姿を見送るときです。「オレたちにできることは、ここまでだ。あとは自分で自分の人生を切り開いていけ!」。そう無言で語りかけながら、たくましくなった後ろ姿と、同じ学校を受験する仲間同士で元気に試験会場に向かっていく様子を見守っていると、ついつい涙腺が緩んでしまいます。

合格の瞬間だけでない「もっと大切なこと」

 「夏の暑い日も、凍えるような寒い夜も、『お弁当おいしかった~』と、はつらつとした笑顔で帰宅する娘の顔」

 「毎回、はってでも塾に行こうとする意欲」

 「子供が塾から帰ってくると、『超楽しかった~』と毎回言っていたこと」

 「受験が終了した夜、『パパ、ママ、中学受験をさせてくれて本当にありがとうございました』と言われたこと。涙が出ました」

 「我が子の将来のため」と分かっていても、親ならば誰でも、我が子に(つら)い思いをさせているという「不憫(ふびん)な思い」はあるはずです。でも、毎日喜んで塾に通ってくれた。そして最後に「本当にありがとう」と言ってくれた。これらは「第1志望」に合格した子の保護者の回答ではありません。「子育てと中学受験の苦労が報われた」と思うのは、決して成功の瞬間だけではない。もっと大切なことがあるのだと、改めて思い知らされます。

成長した子の姿こそ最高の「リターン」

成長した子の姿こそが、中学受験での最高の「リターン」では(写真はイメージです)
成長した子の姿こそが、中学受験での最高の「リターン」では(写真はイメージです)

 「『親がいろいろ言って合格するのと、自分でやって不合格とどっちがいい?』と聞いたら、ムッとして『自分でやって合格するのが一番だけど、やらされて合格するくらいなら自分でやって不合格の方がマシ!』と言い放った。その言葉通り、彼女は全て自分で決めて進んでいった。だからこそとても成長したし自立した。自分の受験に責任を持った彼女を誇りに思う」

 ここまで成長・自立できる6年生は、決して多くはないでしょう。でも、これが「最終目標」だと思います。私たちも、彼女のことを、それを見守り続けたご両親のことを、心から誇りに思います。

 そして、最後にもう一つ。

 「第一志望の合格発表を現地で確認し、その後合格した学校の門で記念写真を撮ろうとしたら、娘は泣いて拒否。理由は『今、この中に残念な結果の人もいる。私はその人の気持ちに配慮したい』と。受験の最後に、心も成長した我が子が見られて幸せでした」

 かつては合格発表の場で合格者の胴上げをしたり、全員で記念写真を撮ったりする光景が見られました。それを批判する文章を書いたこともあります。いまは、私学側からもこうした行動を自粛する通達があり、どの塾の先生も節度ある行動をして下さっています。まして、塾の宣伝のためではなく、ただ「我が子の記念写真」を撮ろうとする行為を非難する人はいないでしょう。

 でも、それを泣いて拒否した生徒がいる。その姿を「我が子の成長」として喜んでくれるご両親がいる。そして、そういう指導をしてくれた同僚や後輩の教師たちがいる。30年以上にわたる塾教師人生が、「なにかとても大切なものを残すことができた」という思いに、私も喜びを抑えることができません。

本当の「子供の幸せ」を見つめて

 もう、最初の問いかけ、すなわち「リスクとリターン」という発想を切り替えるための視点は、読者の皆さんにはお分かりいただけたのではないでしょうか。

 子育てや教育の成否は、バランスシート(貸借対照表)で評価できるものではありません。NHKのドラマ『ひよっこ2』で、主人公「みね子」の母親を演じる木村佳乃さんのセリフの中に、「子どもの幸せがうれしくて泣けたら、親としては最高の涙だよ」という言葉があります。

 「子どもの幸せ」って、本当に「第1志望校合格」なのでしょうか。「はっててでも塾に行く姿」や、「超楽しかった~」という言葉や、「前を向いて歩いて行く姿」の中にあるのではないでしょうか。

 塾通いと受験勉強を楽しみ、ときには苦しみ、目標に向かって悪戦苦闘し、不合格の報に嗚咽し、「自分でやって不合格のほうがマシ」と言えるまで成長することが本当の「リターン」だと考えれば、授業料やお弁当作りの苦労や親子げんかの日々なんて、「リスク」ではなく、その先にある大きな「リターン」のための「中間報告」に過ぎないと思うのです。

 中学受験をすることの目的は、志望校に合格することではなく、中学受験をすることそのものである。私はそう信じて、この仕事を続けてきました。

 「保護者アンケート」の回答は、すべて啓明舎のホームページに掲載されていますので、子育てや中学受験でお悩みの方は、よろしければご一読ください。一人でも多くの読者の皆さんに、「親として最高の涙」を経験していただくためのきっかけになることを祈念しています。

プロフィル
後藤卓也( ごとう・たくや
 啓明舎塾長。1959年愛知県生まれ。東京大学教育学部博士課程修了。1984年の啓明舎設立当初から時間講師として勤務。2年間の西ベルリン(当時)留学経験の後、再び啓明舎へ。94年から塾長。主な著書に「秘伝の算数(全3冊」(東京出版)、「新しい教養のための理科(全4冊)」(誠文堂新光社)など。

 

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573697 0 マナビレンジャー 合格への道 2019/05/10 05:21:00 2019/05/10 05:21:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/05/20190508-OYT8I50008-T.jpg?type=thumbnail

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