「5月。それは唐突に始まった」…熊村剛輔

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 中学受験は、経験したことがない人にとって見当のつかない世界だ。しかし、首都圏を中心に受験者数は年々増加の傾向にあり、小学生の子供を持つ多くの保護者にとって、もはや他人事(ひとごと)ではない。著者はいわゆる受験地獄を経験したことのない人物だが、息子が小学4年生になったとき、突然、受験生の父となった。その驚きと混乱の奮闘記を連載する。

 日曜日の朝、息子は大きな荷物を抱え、慌ただしく玄関を飛び出した。サッカー部の試合があるらしい。成績は……さておき、ようやく中間テストが終了し、部活ができずに悶々(もんもん)としていた日々から解き放たれたかのように見える。彼なりに楽しく中学校生活を送っているのだろう。

 思えば、息子の受験生活、そして、その後の学校生活を含めて、ゆっくりと振り返ることができなかった。去年の勝負の2月1日。その半月ほど前から怒涛(どとう)のごとく続いた数々の入学試験を、一喜一憂しながら駆け抜けた受験本番。合格が決まっても「本当に、この学校でいいのか」と、息子よりもむしろ両親が悩んだ数日間。未知なる世界に息子を送り込むことによる不安を完全に拭えぬまま迎えた入学式。そして入学後に訪れる「初めての出来事」に戸惑う日々が繰り返され、ようやく「去年は、どうだったっけ」と考えられるようになったと思ったら、もう2年生の中間テストが終わっていた……。

 妻にそんなことを言おうものなら「これからまだ大変なことがたくさんあるのに、今、落ち着いて振り返られても困る。それ以前に、あなたは息子の受験に対して、自ら率先して、何か真剣に動いたことがあったの!(いやない!)」と、容赦ないお叱りの言葉を賜るはずだ。無理もない。今の息子の中学校生活に至るまでの道のりは、去年どころか、ずっと前から始まっている。我が家が本格的に息子の中学受験を考え始めたのは、息子が小学5年生になってから。周囲に比べれば、むしろ遅い方だったのだ。

中学受験「未経験」の父と「経験済み」の母

 そもそも筆者は、日本の、いわゆる「ザ・受験」といったものを全く経験したことがない。小学4年生から6年生にかけて、東南アジアの日本人学校で過ごし、その後、東京の公立中学校に通ったと思ったら、すぐ米国の中学校に転校し、高校卒業まで米国の現地校に通った。日本の大学だって「帰国子女入試」を経て入学している。これまで経験した入学試験はその1回だけ。しかも帰国子女入試だから、過酷と言われる大学の一般入試すら分からないときている。大学時代に大手進学塾で塾講師のアルバイトをしていた経験も20年以上前の話だし、今の時代の中学受験に役立つようなノウハウなどは、ほとんどないと言っていいだろう。まあ、筆者自身が日本のいわゆる「受験」を経験していなかったからこそ、“自分の経験”に根差した時代遅れのアドバイスをして息子を惑わせることもなかったので、結果的には良かったのかもしれない。

 一方、同い年の妻は、小学4年生の頃から、来たる中学受験に向けて、早くから進学塾に通い、過酷な入学試験を勝ち抜いて、中高一貫の私立女子校の合格の栄誉を勝ち取った。実体験として中学受験を非常によく知っている立場だ。その経験のゆえに、妻の中では、息子が小学校4年生になったら、迷わず中学受験を目指させるというのが、当然の感覚である。「のんきな親父(おやじ)」は、もう、この時点でついていけていない。

 「ねえ、受験、どうするの?」

 5月のある日、妻から唐突に聞かれたことで、初めて息子が小学4年生であること、そして、中学受験をさせるか否かを決めなくてはいけないような年になったことを、リアルに意識した。少し前まで、休みの日に一緒に公園でボールを蹴り、あちこちに遊びにいく、ひたすら遊んで過ごす「お父ちゃんと息子」の関係だったのに、「受験」という2文字が目の前に迫ってきただけで、なんだか彼が遠い存在になってしまったような気がした。

必死に塾めぐりしても妻にとっては「足りない」

息子が小学5年生のときに参謀役となる塾講師が決まった(写真はイメージです)
息子が小学5年生のときに参謀役となる塾講師が決まった(写真はイメージです)

 感傷に浸っている「のんきなお父ちゃん」をよそに、妻はさっさと、あちこちの進学塾のウェブサイトを調べている。それと並行して、息子が所属しているサッカーチームの、1学年、2学年上の子のママ友たちとの情報交換が始まった。毎週のように、進学塾の説明会の予約が入った。実際に行って、塾の中の人の話を聞かないことには分からないのだ。

 そして土曜日、もしくは日曜日の午前中はどこかの進学塾の説明会に出かけ、テストやカリキュラムについて説明を受ける日々が続いた。平日の午後に有給を取得して、「お父ちゃん」も出かけることになった。結構努力して「塾めぐり」をした気になっていたのだが、妻から見れば明らかに「足りない」らしい。なかなかに手厳しい。同じ進学塾でも、校舎によって設備や講師の先生も違うので、息子の性格との相性も考えて選んでいかなくてはならないらしい。なるほど。

 悩みに悩んで通わせる進学塾を決めたとしても、これで全てOKではなかった。実際に通い始めたら、微妙に講師との相性が悪かったり、意外と通塾に時間がかかったり。小学校のクラスメイトなどの“知っている顔”が多くなりすぎたことで、環境を変える必要が出てきたりして、さまざまな理由で、通わせる進学塾を変えることがあるそうだ。

 進学塾や、その講師は、これから続く中学受験を駆け抜けるための、いわば参謀のような存在だ。塾を替えるにしても、なるべく早いうちにしないと“戦略”の立てようもない。最終的に、その参謀役が決まったのは、小学5年生のことだった。

 とりあえず通わせる進学塾は決まった。だがそれで終わりではない。ここから先は受験する学校への行脚だ。これもまた土、日はもちろん、平日も含めて学校か進学塾(学校説明の会場だったりするので)に足を運ぶことになった。そして志望校をどこにするのかを決めなくてはならない。こうして、我が家の中学受験は慌ただしく始まったのだった。

プロフィル
熊村 剛輔( くまむら・ごうすけ
 外資系IT企業勤務。サックス奏者でありライター。父親の転勤に伴い、幼少から海外に生活し、小中高校は全て海外で卒業。大学入学以降日本に在住し、四半世紀。今でもときどき文化の違いに戸惑いながら、現在に至る。一男一女の父。

無断転載禁止
642790 0 マナビレンジャー 合格への道 2019/06/20 05:21:00 2019/06/20 05:21:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/06/20190617-OYT8I50053-T.jpg?type=thumbnail

おすすめ記事

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ