寮生活の意味を考えてみよう…後藤卓也

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「寮のある学校」を初訪問、愛知の海陽学園へ

 私たちの塾「啓明舎」の卒業生(現中1~高1)のうち、現在16人が「寮のある学校」に在籍しています。卒業生約200人中、年平均4人ですから、他の塾と比べてかなり高い割合だと思います。

 「寮のある学校」を最終的に選択したのは、もちろん保護者と生徒自身ですが、数年前から私が、保護者会で「思春期を寮で過ごすことの意義」を力説してきた影響も少なくないようです。函館ラ・サール高1のA君のご両親は「寮に入れるなんて考えたこともなかったけど、後藤先生の話を聞いて、親子で学校見学をしてみたら『目からウロコ』だった」とのこと。ご両親はその後もずっと後輩ママたちの相談役となり、私たちの塾から函館ラ・サールには4年連続、合計8人の教え子が進学しています。

 これだけ多くの卒業生が寮生活を送っているのですから、私の責任はかなり重大です。しかし、これまで私は「寮のある学校」を実際に訪れたことはありませんでした。「本当に勧めてよかったのか」「教え子たちはどんな日々を過ごしているのか」を確認する責任があると思い、6月に愛知県蒲郡市の海陽学園、7月に函館ラ・サールを訪問してきました。まずはそのリポートから始めることにしましょう。

英名門イートン校がモデル、話題性富み人気集める

海陽学園の生徒寮「ハウス」は全12棟あり、約700人の生徒全員が共同生活を送る
海陽学園の生徒寮「ハウス」は全12棟あり、約700人の生徒全員が共同生活を送る

 海陽学園は2006年に、東海地区のトヨタ自動車やJR東海、中部電力を中心に80社以上が出資して開校した全寮制の男子中高一貫校で、正式校名は「海陽中等教育学校」です。

 1440年創設のイギリスの男子全寮制の名門私立イートン校をモデルとし、「次世代の真のリーダー育成のための全人教育」を目標に掲げています。当時としては珍しく全教室に無線LANを配備し、ノートパソコンを生徒全員に配布。広大な敷地に広がる校舎と寮、本格的な天文台や全校生徒が一斉に食事を取れるオーシャンビューの食堂など、話題性にも富んでいて、初年度は実質倍率4倍という人気を集めました。

 ただ、当時の入試の「偏差値」は大手模試で50以下。決して優秀な生徒ぞろいではなかったのに、1期生101人は、東大13人、医・歯学部21人合格という驚異的な結果を出します。

 実はその1期生の中に、私の教え子B君もいました。今回お会いした先生方はみなB君のことをよく覚えていて、彼が勉強や部活はもちろん、寮生活でもリーダーシップを発揮し、東大卒業後、いまは一流企業で活躍していることを、まるで我が子のことのように語ってくれました。

6年の寮生活を全うして東大や医学部へ

 ただ、「上流家庭の子弟は全寮制学校に進学するのが当然」という伝統のない日本で、高い学費を払って12歳の息子を、創立したばかりの学校に入寮させようとする保護者は決して多くはありません。

 進学実績も伸び悩み、リーマン・ショックの影響で受験生が減ったせいもあって、海陽学園は2011年に、入寮費以外の授業料や入学金などを全額免除する「特別給費生(いわゆる特待生)」入試(定員約20人)を導入します。その6年後に東大6人、翌18年には東大12人、国公立大医学部6人の合格者を出し、今年は卒業生105人に対して東大9人(現役8人)を含む国公立大39人という実績を上げています。

 「特待生頼みの進学実績」という批判や、中途退学者に関するネット上の風評なども耳にします。しかし、海陽の特待生は「6年間在籍すること」が学費免除の条件。成績が下がれば資格が取り消され、中途退学をすれば差額分の全額返済が義務付けられます。そんなプレッシャーの中で、学費免除というメリットだけで入学した生徒が、果たして中途退学せず6年間の寮生活を全うできるでしょうか。

 特待生に限らず、海陽生としての自覚と愛校心が育まれ、人間的にも学力面でも成長しなければ、難関大学に合格できるはずはありません。実際に現地に足を運び、教え子たちの姿と生の声を自分で見聞きしなければ、正しい判断はできない。そう思っていた私の背中を、ある「出会い」が後押ししてくれたのです。

母の愛情に気付き、思いやり育んだ元「問題児」

C君と一緒に食べた「汁なし坦々麺とエビチリ」。食堂の夕食は定食、丼、めん類の3種類から選べる
C君と一緒に食べた「汁なし坦々麺とエビチリ」。食堂の夕食は定食、丼、めん類の3種類から選べる

 それは昨年6月のこと。突然、卒業生のC君が母親と一緒に塾を訪れてくれました。海陽1期生のB君以来11年ぶり、2人目の海陽進学者です。

 C君は小学生時代、「超」が付くほどの問題児でした。もちろん親の言うことなんかまったく聞かない。親子とも寮生活を選択するのには何の抵抗もなかったようです。

 ところが入寮して数週間後、寮生活の必需品が不足しているという連絡を受け、母親が宅急便で送ります。「荷物が届いたことを報告しようね」とフロアマスター(後述)に言われて電話をしたC君は、母親の声を聞いた瞬間、「ある感情」が込み上げてきたそうです。

 「これまで僕は自分勝手なことばかりしてきました。でも、はじめて自分がこんなに愛されていたんだって分かりました」。そう言って電話口で号泣しました。しかも窓の外を眺めていたら、ちょうど流れ星が流れてきて、「今度のゴールデンウィークは家族と一緒に過ごしたいです」と星に祈りを(ささ)げたという、出来過ぎたドラマのような話です。

 今回の海陽訪問でも、授業後すぐにC君が駆けつけてくれて、案内役の教頭の加納啓次先生といっしょに食堂で夕食を食べ、C君の住む寮(イートン校にならって「ハウス」という)と個室まで見学させてもらい、いろいろな話を聞かせてもらいました。

 実は、入学直後の「流れ星事件」のあと1年近く、毎晩母親から電話をしてもらわないと眠れない日々を過ごしていたそうです(母の愛情に気付いて、ホームシックになったのですね)。今はすっかり立ち直り、廊下ですれ違う先生たちは、「回収したノートを抱えていると、『先生、手伝いますよ』と言ってくれる」「後輩の面倒見がいい」「入学前に問題児だったなんて信じられない」と口々にC君を絶賛してくれます。

 C君は学校や寮生活の説明をしながら、「海陽に入学してよかったこと」とともに、「不満に感じていること」(一緒に食べた食堂の「汁なし担々麺」はおいしかったのですが、ときどき出る「中身がよく分からない魚のムニエルは無理」とか)も、率直に話してくれました。その話しぶりからも彼の成長が感じられて、本当にうれしかった。それだけで海陽を訪れて良かったと思うほどでした。

頼りがいある「兄貴分」に社会生活を教わる

ハウスの1階は「パブリックラウンジ」になっている
ハウスの1階は「パブリックラウンジ」になっている

 海陽学園には4階建ての生徒寮「ハウス」が12棟あります。1階は「パブリックラウンジ」、2~4階に4畳半の個室20室があり、1棟に最大60人の生徒が共同生活をしています。

 モデルとしているイートン校は、「ハウスマスター」の監督下、成績優秀で選ばれた「監督生」にサポートされながら、異なる学年の生徒たちが寮生活を送っています。ただ海陽では、1年生(中1)から6年生(高3)までが同じ棟で暮らすのは、夜間学習などの生活スケジュールが異なるため難しく、現在は「1年生」「2~3年生」「4~5年生」「6年生」の学年別に分けてハウスを編成しています。

 他方、イートン校にはない海陽独自の試みが「フロアマスター」制度です。出資企業の若手社員が、海陽学園に1~2年間出向し、生徒たちと寝食を共にしながら、集団生活の基本を教えるとともに、悩みを聞き、社会経験から学んだことを語ってくれます。海陽OBもいるので、生徒たちにとっては本当に頼りがいのある「兄貴分」です。

 これは今年入学したD君の母親から聞いた話ですが、「フロアマスター」たちは週末になると、「ちょっと潮干狩りにでも行こうか。参加したい子はいる?」みたいなノリで声をかけ、ホタルを見に行ったり、野球観戦に行ったり。その様子が写真付きで毎月メール送信されてくるのを、ママたちは心待ちにしているそうです。ちなみにD君は1年生のフロア長として活躍し、成績も生活態度も優秀だそうです。

規律正しい生活、ホームシックも「成長の一過程」

 ハウスの平日のスケジュールは、かなりハードです。午前6時半に起床し、全校生徒が集まっての朝食。それから授業(高2になると10時間目まで授業がある日も)、そして部活があり、夕食後はハウスごとに清掃と夜ミーティング、2~3時間の夜勉強。自由時間は2時間ほどで、その間に入浴や洗濯をすませなければいけません。集合時間の遅刻は厳禁で、「寮生活の規則の厳しさを知らずに入学した子には、かなりつらいと思います」とD君の母親は話します。

 海陽に限らず、保護者と本人が学校見学や寮生活の体験もし、「覚悟」を決めた上で入学することが大前提。それでも、海陽では700人もの男の子が6年間寮生活をするのですから、いさかいやトラブルが起こるのも当然です。ホームシックも成長の一過程ですし、もし中途退学することがあっても、それもまた一つの貴重な人生経験と思うべきだと私は思います。それは通学制の学校に通う場合でも同じでしょう。

 他方で、寮生活から脱落する生徒が出ないように、学校側もいろいろな工夫をするとともに、教員やスタッフが生徒と同じハウスや敷地内の職員寮に住み込み、24時間ずっと真剣に子供たちと向かい合っていることも、今回の訪問で感じ取ることができました。

 D君のほか、海陽のもう1人の新入生に、私の教え子であるE君がいます。塾の授業では手を挙げることもできず、幼くてちょっと暗い性格の子でした。しかし今では、授業中に元気な笑顔を見せ、「食堂の皿洗い体験」で大量の皿を洗った後、ハウスの夜ミーティングに「皿洗いで遅れました」とハキハキした声で参加していました。その姿を見て、「ああ、この子は自分の居場所を見つけたんだな」と思い、彼を見守り育てくれた先生方や仲間たちに、心の中で手を合わせました。

 海陽学園はまだ設立14年目。イートン校の歴史のわずか40分の1ですから、これからも多くの課題に向き合っていかなければならないでしょう。しかし、少なくとも私の塾の3人の教え子たちは、順調に、いや想像をはるかに上回って成長していました。海陽に託したのは大正解だったと思っています。

 他にも報告したいことはあるのですが、それは次回以降、他校と比較しながら語ることにしましょう。

プロフィル
後藤 卓也( ごとう・たくや
 啓明舎塾長。1959年愛知県生まれ。東京大学教育学部博士課程修了。1984年の啓明舎設立当初から時間講師として勤務。2年間の西ベルリン(当時)留学経験の後、再び啓明舎へ。94年から塾長。主な著書に「秘伝の算数(全3冊」(東京出版)、「新しい教養のための理科(全4冊)」(誠文堂新光社)など。

無断転載禁止
742866 0 マナビレンジャー 合格への道 2019/08/21 05:21:00 2019/08/21 05:21:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/08/20190809-OYT8I50019-T.jpg?type=thumbnail

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