女子校の校風ギャップ…辛酸なめ子<21>

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校風を調べずに進学、その結果

イラスト・辛酸なめ子
イラスト・辛酸なめ子

 「私はあの学校に行ったことを後悔しています」と遠い目で語るのは、新聞記者のYさん。何度かお世話になり、すごい仕事ができる女性という印象でしたが、どこか親近感を覚え(ジャニーズ好きという接点以外にも)、共通点がありそうだと思っていたら、あとで女子校ご出身だと知りました。Yさんが通っていたのは神奈川県屈指の名門女子校。もちろん性格的に合う女子にとっては良い学校ですが、Yさんには厳しすぎる校風だったようです。

 「今の子は口コミサイトとか情報が豊富で羨ましい。昔はせいぜい偏差値と学費、進学率くらいで、それだけで志望校を決めてしまっていました。校風を調べなかったのをあとで後悔しました」

 そして入学したミッション系の女子校。そこでの学園生活は、想像以上に抑圧感があったようです。

 「私は何でもイージーゴーイングなんですが、その学校の校風はまじめで融通がきかない。プロセスを重視してやたら話し合いをしたり。私は結果オーライなのですが、こうじゃなきゃいけない、みたいな価値観と合いませんでした。みんなまじめで頭が良くて世間知らず。なんでこの人こんなにまじめなんだろう……っていう人が多かったです。生きてて楽しいのかな、と思ってました」

 どの女子校にもまじめグループが生息していますが、いてもクラスの四分の一くらい。学校の品位と進学率を保ってくれる存在です。でもYさんの話を伺う限りでは、その女子校は四分の三くらいの比率でまじめ女子だったのかもしれません。年齢的にも反抗期を迎えたYさんは、学校の儀式にもなじめませんでした。

 「毎朝礼拝があったんですが、私は歌わなくてめっちゃ怒られました。反抗したくていつも口パクだったんです」

 私の通っていた学校も毎朝礼拝がありましたが、何の疑問も抱かず歌っていました。口パクという発想は当時なかったです。眠くて時々意識が飛ぶことはありましたが……。

 「礼拝や聖書の授業の意味がわからなくて、宗教の試験があることがすごいムカついたんです。でも周りの同級生は疑問にも思わず勉強していて、聖書の中の好きなフレーズを言い合ったりしていて平和でした」

 「ある時、聖書の試験で解答用紙に『神なんかいない』と書いたら、速攻呼び出されました。聖書の先生に病んでいると思われ、カウンセラーを薦められたんです」

 その言い切り……逆にかっこいいです。中二病というカテゴリーにはおさまらないスケール、将来大物になりそうな予感すら漂う解答です。先生の心配する気持ちもわかりますが……。

 「それから病人扱いのようになって先生に妙に優しくされました。私はとにかくキリスト教の校風が合わなくて全てに反発していたんです。さらにくそまじめな同級生とも合わず、ほぼ一匹(おおかみ)みたいな感じでした。なんとなく(しゃべ)る子は3、4人いましたが、変わり者っぽい子たちでした。他にジャニーズ好きの女子も見つからず、KinKi Kidsのコンサートとか隠れて行ってました。告げ口されそうで誰も信用できなかったんです」

 キリスト教との相性については、ご先祖をたどると何か因縁があったのかもしれません。もしくは神への畏敬の念の裏返しだったのでしょうか。その女子校はジャニーズどころか男子校との付き合いもほとんどなく、「なんでみんな男子に興味ないんだろう? どうなってるの?」と、Yさんは疑問に思う日々だったとか。親御さん的には娘さんを入れたらすごい安心できる学校です。

 「校則も厳しくて『手すりに触らないでください』というのがあったんですよ。校舎が文化財に指定されているとかで。何のための手すりなんだと思いました。寄り道も禁止です。先生が見回りしていてCD屋でSMAPのCDを買おうとしたら『ちょっと何してんの!』って先生が横から出てきた時は怖かったです。生徒手帳を取り上げられ、翌日HRの時間に皆の前で()るし上げですよ。あとルーズソックスが全盛期でしたが、もちろん禁止されているので、家から学校の最寄りの駅のトイレまでの一瞬だけはいている子がいました。時々検問があってルーズソックスが見つかったらそれも皆の前で見せしめに吊るし上げられて……。本当に窮屈でした」

 抑圧されればされるほど、反動で卒業後に遊びまくってしまう女子が出そうなのが心配です。

留学先の女子校でブレイクスルー

 結局Yさんは校風がどうしても合わず、学校を辞めることを決意。学校も厳しくしすぎたことで、有望な生徒と数年分の学費を手放すことに……。Yさんはオーストラリア留学をすることになり、メルボルンの名門女子校、フィントナ・ガールズスクールに入学。女子校と合わないと思って海外に行ったら、結局また女子校に……。でも校風は180度違って自由そのものだったそうです。

 「入学する時も、語学学校に3か月通ったあとに、その女子校の校長先生とちょっと話したら、いきなりOKが出て、えっそんなノリ?と驚きました。でも最初は校風の違いに慣れなくて、ついまじめな女子校時代の癖が出てしまったんです……」

 長年、先生に隠れてコソコソしていたYさん。メルボルンの女子校で、ある時MDウォークマンを聴きながら廊下を歩いていたら、向こうから先生がやってきたそうです。

 「先生に見つかる!と焦って、イヤホンを外してバーッて隠したんです。日本だと一発没収ですから。でも先生は『何してんの? 聴けばいいじゃない』って。耳を引きちぎる勢いで外して隠した自分が恥ずかしくなりましたね。先生が聴きたいと言ったので聴かせたら、ジャパニーズポップはいいわね、って言ってくれました」

 そんなフレンドリーな展開になるとは……。南半球はやはり空気がおおらかなのでしょうか。私もちょっと前にメルボルンに行ったのですが、街中の人が多幸感にあふれていたのが印象的でした。

 「あと、休み時間にお菓子を食べていたら、先生が入ってきたので、急いで口に入れました。そうしたら先生はキョトンとして、『おなか()いたんなら食べればいいじゃない』って。がんじがらめになっていた日本の習慣がしみついていたようです。フィントナ・ガールズスクールは、自由だけれどそこには自己責任という考えがありました。やることをちゃんとやっていれば、自由が認められていたんです」

 全く違う校風を体験して、ある程度自由を与えられることで、自主性が生まれるというポジティブな循環に気付いたそうです。

 もしかしたら常に自由すぎると、フリーダムでKYなキャラになってしまうかもしれず、Yさんの場合、前半は厳しい女子校、後半は自由な海外の女子校、という組み合わせが才能と個性(そして語学)に良い結果をもたらしたのかもしれません。日本人の奥ゆかしさと繊細さに、オーストラリア仕込みの大胆な個性を兼ね備えられれば最強です。最初(つら)かったからこそ、その後の楽しさが倍増……経済的に余裕があったらこんな進路も良いかもしれません。

プロフィル
辛酸 なめ子( しんさん・なめこ
 漫画家・コラムニスト。東京都生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。近著は「大人のコミュニケーション術」(光文社新書)、「おしゃ修行」(双葉社)、「魂活道場」(学研プラス)など。

無断転載禁止
822169 0 マナビレンジャー 合格への道 2019/10/02 05:21:00 2019/10/02 05:21:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/09/20190930-OYT8I50034-T.jpg?type=thumbnail

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